40・おっさんは魅入る
獲れた太鴨はエミリーが手早く解体し、おっさんは新たに襲撃して来ないか警戒を行っていた。
「終わりました」
エミリーが解体を終え、新たに狩ろうと足を進めるふたりだったが、太鴨たちは警戒して近づいて来ない。
しばらく粘ってみたが、埒が明かないのでふたりは帰ることにした。
持ち帰った太鴨を受付に見せると驚かれる。
「この短時間で無傷で5機を狩って来たのか!?」
まだほとんどの冒険者は帰っていない昼下がり、受付の声は静かな酒場にただ消えただけに終わった。
「魔弓使いってのはそこまでヤベーのかよ」
なかなか査定しようとせず、おっさんにあれこれ質問を続け、エミリーが注意したところでようやく解放された。
今日の成果だけで10日分を賄える報酬を受け取り、おっさんはまんざらでもない。
普通なら盾を構えて攻撃を避け、降下してきたところを複数で狙い撃ってなんとか1機仕留められたら成功。
太鴨の放つ小石の威力は矢と同等の威力を持ち、狩猟中の犠牲は付き物という危険な行為と言われていた。
それであっても一度食べれば忘れられないと言われるその美味しさから、多くの犠牲を出しながらも狩猟が行われているという狂った食材。
もちろん、理由はそれだけではなく、増えすぎると山へ向う街道や近くの村へと機銃掃射を加えて深刻な被害をもたらす事になる為、買い取り価格には食材だけでなく討伐報酬が加味され、高額に設定されていた。
肉は美味だがとんでもなく迷惑な鳥。夕食はそんな太鴨を注文したおっさんたち。
ギルド以外で食べたなら、数倍の値が付く焼き鳥も、ギルド補助のおかげで良心価格に抑えられている。
それでも高級店並の値がする焼き鳥を口にし、その味に納得するおっさんだった。
「何これ!塩だけでこんな凄い焼き鳥なんて日本にもないんじゃない?」
遠慮なく食べるキャリーが騒ぎながらそんな事を言い、太鴨の入荷を知った冒険者が殺到した事ですぐに売り切れてしまった。
明日はネコガラスープが味わえると聞き、テンションの高い夕食に満足したおっさん。
翌日、少し場所を変えて太鴨狩りを行う事にしたおっさんとエミリー。
湿地の太鴨はおっさんを覚えている可能性があったので、湿地に流れ込む川を探索して見る事にし、山脈方面へと足を伸ばした。
街を遠ざかる毎に緑が増え、背の高い木が増えていく。
さすがに林に入ってしまっては狩りが出来ないので南下はほどほどに、幾筋かの川を見て回れば、太鴨を見つける事が出来た。数はそこまで多い訳ではなく、数機の群れをいくつか見かけた。
遠距離から狩れなくも無いが、川の中へ取りに行くのが難しい。しかし、水辺から離れない太鴨たち。
「気づかせて狩るしか無さそうですね」
エミリーがそう言い、わざと見つかる様に近付いていく。
それを見た太鴨がエミリーへと攻撃を仕掛けようと飛び立った。
おっさんはすかさずその太鴨の首を狙い撃って墜とす。
昨日と同じ様にそれを見た太鴨が飛び立ったが、エミリーへ向かって来たのは1機のみ、他は逃げ出してしまった。
エミリーが解体している間、おっさんは先ほど逃げた太鴨たちが戻って来るのではと警戒したが、解体し終わるまで姿を現す事はなく、今回の成果は2機となり、エースになれなかったなと見当違いの事を考えていた。撃墜数5機を超えたおっさんは既にエースなのだが、日間MVPくらいに考えていた。
さらなる獲物を求めて辺りを探索するものの、今日はそれ以上の成果を得る事は出来なかった。
落胆したおっさんだったが、受付で連日太鴨を狩る姿に驚かれる事になり、なぜか今日も大金を手にして不思議がるおっさん。
昨日の大量の太鴨で買い手が多数手を伸ばしていた結果だった。
夕食は待望のネコガラスープである。
「何これ!なにこれ!」
キャリーだけでなくみんな大騒ぎである。召喚以来、ギルドで様々な料理を食べて日本を懐かしんだ面々だが、おっさんも日本で味わった事がないほどの極上スープを味わい、異世界の凄さを実感していた。
翌日は冒険者が出払った頃にエミリーが呼びに来た事で、おっさんが食事を摂る頃にはパーティメンバー以外誰も居なくなっていた。
朝食も昨日のネコガラスープを使ったお粥であった。それを食べ終えると早速キョーコが鍛冶屋へ行こうと言い出す。
「そんな朝から押し掛けても迷惑なだけだろう」
というおっさんであったが、キョーコはあれから鍛冶師はあの炉で鉄を溶かし、今頃は玉鋼の様な素材が出来ているだろうと語り出す。3日と言ったのはそう言う事だと力説するので、何も言い返せずキョーコの主張に乗っかるコータにも負けて鍛冶屋へと向かう事になった。
相変わらずボロい外観だが、入口から中を覗くと作業を行っているらしく、熱気の中に物音がしている。
誰も出迎える者がいないにもかかわらず、キョーコはお構いなしに中へと入り、追いかける様に中へと入ったおっさんが見たのは、赤く光る液体を壺に投入する鍛冶師の姿だった。
鍛冶師はその作業をしばらく続け、何やら壺に装置を取り付けるとおっさん達の方を向いた。
「そんなに待ちきれねぇのか?ようやく作業は始まったばかりだ、お前らの知ってる作業は明後日くらいからだろうな」
などと言う鍛冶師。
では面白いモノとは何だろうと考えるおっさんだったが、目に飛び込んできたのはその壺から立ち上る光だった。
おかしい事を言っているように見えるが、壺からは光が立ち上っていた。
「面白れぇだろ。今回は魔力の通りを良くすることが主眼だ。炎鉄鉱や雷鉄鉱の属性成分は不要になる。勿体無いが、こうやって不要な成分を抜いて使う時に出るのがこの魔力光って奴だ。狙った成分だけを狙った分量飛ばすのは聞いて分かるほど簡単な事じゃねぇからな。なかなか綺麗だろ」
という鍛冶師。確かに見入ってしまう綺麗さがある。
そして、取り付けた機械を更に弄り、光が出なくなる。それから少し経てば、今度は虹色の光が出て来たではないか。
「面白れぇだろ、脱魔処理ってぇ技術だが、これが出来るのはここと南の山脈のごく一部だけだ。これで狙った性質だけを残して、不要な性質を取り除くことで、それぞれの鉱石の持つ魔力親和性を残しながら、属性を抜いちまうんだ」
などと言っているが、おっさん達が訪れたのは偶然。しかし、稼働する竈はもう一つあるので昼頃にも同じ作業が行われるらしく、その頃に来ると踏んでいたらしい。
「そんなに見に来られても邪魔なんだがな。そうだ、必要な蛇革の素材でも獲って来てくれねぇか?」
と言い出す鍛冶師。もちろん、乗り気な二人が断るはずもなかった。