34・おっさんは考える
おっさんの朝は遅い。久しぶりの個室と言う事で気を張っていないというのもあるだろう。
王都を出発してこの方、個室でノンビリ気兼ねなく夜を過ごせたことが少なく、ここ最近はテントでぎちぎちで眠る日々が続いていた。
当初ほどキャリーが文句を言ったり嫌がったりはしなくなったが、それでもさすがにおっさんは気を使っている。
今朝は一度周りの物音で目を覚ましたものの、テントではない事も手伝ってそのまま微睡んで過ごしていた。どうせそのうちエミリーが起こしに来るのがいつもの日常である。
そんな状態で過ごす事しばし、ドアをノックする音が聞こえ、エミリーがおっさんを呼ぶ。
「ダイキさん、起きてください、朝ですよ」
宿場町の常駐だろう冒険者たちが皆部屋から出払った後、朝食に現れないおっさんを起こす。王都や北の村でそうだった日常の光景に、エミリーが行動した結果だった。
のそのそ起き上がったおっさんは、とりあえず支度をして食堂へと顔を出すと、人だかりができているのを目撃する。
どこのギルドでも、朝はパーティがかたまってその日の行動について打ち合わせているのでそう珍しくはないのだが、それにしては人が多い。数パーティが集まっているような人数に、おっさんも興味を惹かれて近づいて行く。
すると、その中心に居たのはコータだった。
他のメンバーを探せば、離れたところでキョーコとキャリーがポツンと食事をしており、おっさんはそちらへと歩みを変えた。
「おはよう、おふたりさん。ところで、あれは何だ?」
おっさんが二人に声を掛ければ、キョーコはどこかニヤニヤと、キャリーは呆れたように返事を返してきた。
「コータは昨日の事でまた聞かれてるんですよ」
結局、コータの事に答えたのはエミリーだった。
パーティ内で一番に食堂へと顔を出したのはエミリーで、昨日のコータのやった魔法について更に聞きたいと言われたらしい。
もうすぐ起きて来るからと断りを入れ、待つ事しばし、二番目に顔を出したのはコータだった。
コータは昨日のメンツに取り囲まれ、魔法ではなく催眠術であることを説明したらしいが、そのまま話が盛り上がって今に至るらしい。
「どうすんの、あれ。アタシは休息日って事にしてもらった方が助かるんだけど」
と、不満そうに答えるキャリー。
「私は早く武器が見たいけど、疲れてるのはその通りだから、カオリさんに一票」
というキョーコ。
「連絡路方面がこの宿場町にとっての狩場らしいので、原因探索がこのギルドの手に余る様なら、応援が来るまで数日、あの人たちはあの調子だと思いますよ。コータは一応、男だと言ったみたいですけど」
おっさんは思う。こんな場末のギルドなら、話の合うネタがあって長話が出来るなら、男だの女だの関係ないのだろうと。
今日はコータ次第で此処に留まるのもありかとおっさんも考え、朝食を注文しに向かった。
朝食メニューは二種類あったが、すでにパンの方は売り切れ、選択肢はひとつだったおっさん。
北の村や王都の様な場所であれば、いくつものメニューが常時存在しているが、このような中継地点でしかない小さな宿場町のギルドともなると、食事が摂れるだけでありがたい存在であり、複数のメニューなどと言う贅沢を求めてはいけない。この場合、おっさんが早起きしなかったことによる自業自得なので、誰にも文句は言えないのだが。
出された皿にはシリアルらしきモノが盛られ、ヨーグルトの様なナニカがかけられていた。飲み物も存在し、コーヒー牛乳の様な液体でコップが満たされていた。
ヨーグルトがかかったシリアルだろうと口に運べば、食感は煎餅を砕いた様なパリパリで、かかっていたヨーグルトはどうも乳製品ではない食味だったので、聞いてみることにしたおっさん。
「ああ、それかい?南で穫れる麦のミルクだよ。ちなみに、そっちのは焙煎麦で煮だした茶とミルクを混ぜたもんだ」
と言われ、驚くおっさん。こんなへき地にもミルクを出す動物が存在するのかと思ったら、植物性だった。
しかも、どうやらこれまで当たり前に飲んで来たコーヒーらしき飲み物は、すべてこの穀物コーヒーであったと知り、さらに驚くことになった。
つまり、今おっさんの前にならんでいる食べ物、飲み物は全て同じ穀類を原料としている。
それを知ってさらに良く味わってみたが、同じ穀物からできているとは思えないおっさんだった。
おっさんが材料が同じと聞いて全くそれが実感できずに悩んでいる所へとコータがやって来た。
「ダイキさん」
その顔を見たおっさんは、どうやら連絡路へ行くように誘導されたんだなと思う。
「僕らで暴音蝙蝠の討伐に行きませんか?」
予想通りの言葉にまず反応したのはキャリーだった。
「ちょっと!何言い出すのアンタ!!」
それはそうだろう。出来れば休みたいと先ほど言っていた。それなのに、休むどころか討伐へ行きたいというのだから怒るのも無理はない。
「どうして、討伐に行きたいんだ?」
おっさんは冒険者たちに乗せられたんだろうと半ば予想は付いていたが、かと言ってそれだけでもないとも思っていた。
誰だってそうだ。他の誰にもできなかったことを自分が成し遂げたなら、その力を使って活躍したいと思うだろう。今のコータがそうだとも思っていた。
「催眠術が通用するなら、相手も倒せると思うんだ。他の誰でもなく、僕が」
やはりそうだと思うおっさん。
「でも、呪われた人を治せただけで、コータが呪われない術を持ってるの?」
どう声を掛けるべきか悩むおっさんより早く、エミリーが問いかける。
「それは・・・・・・」
おっさんの予想通りであった。相手がどのように催眠を掛けるのか分かっていないのに、防護手段などあるわけがない。
「耳を塞いでも、相手がコウモリなら超音波で鼓膜に届けて来ると思う。場所が特定できていないからどこから耳を塞げばよいも分からない。判断を誤れば私たちもああなる」
キョーコがおっさんが何か言うより早くそう言った。
「だけどさ。解けるんだったら防げるって!」
コータはどこか必死にそう訴えかける。
この三人を受け入れてからここまで、コータはキャリーやキョーコの陰に隠れた存在であることが多かった。
キャリーは投擲によって中距離で戦える。近距離ならば同じく槍を扱うエミリーと被る。僧侶としての能力が活かせたことすらなかった。ようやく、この宿場町に来て自分が活躍できた実感を得た事だろう。そうおっさんは考えた。
「わかった。受けてみようか。俺も索敵はするが、今回、前衛として先頭に立つのはコータだ」
一歩引いていたコータがやる気になったのだから、やらせてみよう。おっさんはそう思った。




