33・おっさんは逃げ腰になる
ブツブツうわ言を呟く冒険者たちを見たコータが彼らへと歩み寄り、はじめて見る魔法を使う。
「ディスペル」
仄かに冒険者たちが光に包まれた気がしたが、すぐに消えてしまった。
「あんた、ヒーラーか?」
取り囲むひとりがコータに声をかける。
「はい、僧侶です。一応」
そう答えはしたが、顔は困惑したままだった。
「って、オレンジメダルだと!」
件の冒険者はコータのメダルを見て驚きの声をあげる。
「終わりだ!この町のヒーラーより上なのに解呪できねぇとか、どんな呪いなんだよこれ」
そう、冒険者たちは変わらずうわ言を呟くばかりで改善した様子がまるでなかった事に、おっさんも驚きを隠せなかった。
「それで、どうして彼らがこうなったか状況は分かりますか?」
コータが周りの冒険者に尋ねるが、誰も何も分からなかった。
彼らは問題となっている現場から少し外れたところを彷徨う姿が発見され、宿場町まで連れてきたそうで、取り囲むメンツにパーティメンバーや目撃者が居るわけではなかった。
そもそもおっさんには手に負える案件では無さそうだったのでスルーしたかったのだが、これまで何の活躍も出来ていないコータが得意分野っぽい状況に首を突っ込んでしまったと、心の中で嘆いていた。
しばらく考え込んだコータであったが、おもむろに人差し指を立てた。
「皆さん、こっちを見て!」
虚ろな目をした冒険者たちがまるでゾンビの様な緩慢な反応を示し、指へと視線が集まった。
「はい、あなたはこの指を見ている。これから指が見えなくなって、手を叩く音がしたら、夢から覚めます!」
などと、何かの催眠術の様な事をやり始めたコータ。
呆れた顔で眺めるキャリーに、興味津々なエミリー、半眼で半顔のキョーコ。おっさんはどうでもよさそうな顔で眺めていた。
パチン!
静かな空間に手をうつ音だけが鳴り響いた。
「あれ?いつの間にギルドに帰ったんだ?」
「さあ?お前ら、どうしたんだよ。あの戦いは?」
「え?俺の美女が居ねぇ!」
驚いた事に、冒険者たちはあんな催眠術で正気に戻ってしまった。
「スゲェーじゃねぇ~か、嬢ちゃん!」
取り囲む冒険者のひとりがそう言ってコータの肩を叩く。
おっさんもびっくりして冒険者の間違いなど聞こえていなかった。
ワイワイ騒ぐ冒険者たちの中で、コータのつぶやきは誰にも聞こえていなかった。
「ウソ、なんで高校生になって小三時代の黒歴史が掘り出されるの?」
誰にも聞かれず、訂正のタイミングすら失ったコータは、冒険者たちに聞かれるがまま、先ほどの魔法が何かを解説する。
「魔法じゃなくて催眠術だよ。本当に掛けたり解いたりしたのははじめてだけど」
などと答え、冒険者の輪に絡め取られてしまった。
「なあ、エミリー。催眠術を掛ける魔物とかって居るのか?」
おっさんがエミリーにそんな疑問を投げかける。
「真っ先に思いつくのは肉食キノコですかね?」
あまりな名前に驚くおっさん。
「いえ、キノコが口を開けて噛みついてくるんじゃないですよ?周りに幻覚を見せるニオイを放出して食べさせるんです」
もちろん、食べた魔物や人間はキノコの毒で死に、苗床となるという。魔性植物だと聞いて、ビビるおっさん。
「いや、今回はキノコじゃねぇな」
聞いていた冒険者が口を挟んでくるので、エミリーがその理由を聞く。
「まずは、キノコが育つ環境じゃねぇ。ここに来るまでの道を考えてみろ」
冒険者の言う通り、乾燥していてキノコが生えるには適していない。
「それにだ、コイツら3日前に出発してる。1日は彷徨ってたハズだ。それなのに死んでないだろ?」
それを聞いて頷くエミリー。
「そうですね。キノコの毒なら、2日も生きているのはありえません」
と、エミリーも同意する猛毒キノコ。
「だとすると、暴音蝙蝠の変異種でしょうか?」
おっさんにはまるで分からない新たな単語だった。
これに反応したのはキョーコ。
「エルラッドって、クソでっかい音で鳴いたりする?」
なんて聞いているので余計に分からないおっさん。
「そう。暴音蝙蝠は音魔法を使うコウモリだよ。よくわかったね、キョーコ」
おっさんも驚いた。
「だって、米軍の音響兵器の名前だよ?それ」
キョーコが単なる歴女ではなく、さらに幅が広かった事に尚更驚いたおっさん。
「ベーグンは分からないが、あのコウモリの音魔法は兵器だぜ」
と、別の冒険者が口を開くので、耳がスピーカーになったコウモリを想像したおっさん。
「だが、アイツだったらこうはならんだろ」
と、その冒険者が続ける。
「確かに。暴音蝙蝠なら、音で動けなくなる事はあっても、こんな幻覚症状は聞いたことありません。だから、変異種だと思います」
と推測したエミリー。
それから冒険者達の議論が始まるが、おっさんとキャリーは蚊帳の外。キョーコが盛んに音響兵器対策法の話をしているくらいで、コータは男だと明かすタイミングを逸し、被害を受けた冒険者たちに囲まれたままだった。
終わりの見えないこの状況に手を差し伸べる神はギルド職員だった。
「お前ら、いつまでダベってんだ?」
カウンターから出て来た職員がこちらへとやって来てそう言った。
「ほら、正気に戻ったんなら部屋へ行きな。お前らも、話し合うなら明日にしろよ。そろそろメシの時間も終わるんだ。食うならさっさと注文しな。お前らはこっち来い」
ギルド職員はそれぞれにそう声をかけ、おっさん達をカウンターへと誘う、
ようやくたどり着いたカウンターで、個室に余裕があった事から5部屋を押さえ、そそくさと夕食を注文しようと頭を切り替えるおっさんだった。
しかし、先ほどの冒険者達も席についており、パスタと思しきモノを食べていた。
おっさんも日替わりメニューのそれを注文する。
しばらく待つとやって来たパスタは、パスタ?と首をかしげる、ミートなのにトマトっ気のない肉味噌が載せられていた。
「どうした、あんちゃん。水が貴重なこの辺りじゃ、これが一番のごちそうだ」
そういう冒険者の言葉を聞いて口にすると、旨味が口に広がり、後から辛さが襲ってきた。
見た目、盛り付けはパスタだが、その中身は四川担々麺、あの汁なしに近い食べ物に思えたおっさん。
冒険者の説明によると、南の町で栽培されているイモが原料で、その粉から作った麺は乾燥に強く10日程は日持ちするとかで、こうしてひき肉そぼろと油、薬味を混ぜればまるで普通の麺として食せるごちそうであると聞き、おっさんは味わいながら食べるのだった。