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31・おっさんは思い知る

「おや、遅かったね。何か依頼を受けたのかい?」


 ギルドへ戻ると商人が居た事に驚くおっさん。


「受けて無いなら、明日、帰るよ」


 と告げられ、余計に驚くことになった。


「急ぎの仕事が入ったからね。糸の仕入れに行かなきゃならないだろ」


 と言う商人。休日が欲しかったキャリーが嫌そうな顔をしているのだが、商人はお構いなしであるらしく、さっさと出ていってしまった。


「2、3日掛かるって言ってたじゃん」


 と嫌そうに言うキャリー。


「でも、私らの鎧に使う糸の仕入れだから嫌とは言えない」


 と、キョーコが言う。ちょうど目の前でやり取りがあったのだから気付かないはずもないおっさんだった。


「仕方がないよ。商人はああいうものだから」


 と、エミリーもどうやら慣れっこらしく、さっさと切り替えている。


 商人もさすがに手ぶらで帰るという事はせず、ギルドの輸送分を引き受けるために訪れていたため、おっさん達がどのくらい持てるのかを確かめられ、息つく暇なく帰りの荷物を収納させられたのだった。


 翌朝、朝食を済ませると足早に出発を促され、キャリーとコータは嫌そうな顔を隠そうともしていない。

 そんな中で生き生きしているキョーコの事が気になるおっさんだった。


「帰りこそ大物を見つけてやる」


 そんな意気込みで周囲を探しているキョーコだが、おっさんの経験上、そんな気を張って辺りを見回している時に出くわすことはないのになぁ~と、微笑んでしまうのだった。


 案の定、その日は気負ったキョーコが疲れた顔で野営準備をする姿を見ることになった。


 翌日のキョーコは弛緩していた。あまりに見つけられなかった事でため息ばかりついていたのだが、出発して少々の時点でおっさんがある事に気付く。


「キョーコ、シカだ」


 まだ遠いがシカを見つけたおっさん。どう頑張っても斬撃を飛ばして仕留められる距離ではない。キャリーとコータに至っては、もはや商人の前後をただ歩いているだけで使い物になりそうもなかった。


 出発前にエミリーが護衛依頼には集中の緩急が大事だと説明していたが、徒歩の移動自体が少ない日本育ちの初任務である。湖畔一周という経験があるおっさんだけならまだしも、王都から東征村へやって来て、日を置かずに護衛依頼を受けた3人には、とてもキツイ仕事であるのは明らかだった。

 そんな中でも獲物を求めるキョーコの気力が維持できているだけマシ、往路で気負い過ぎたコータが使い物にならないのは、おっさんにとっても意外だった。


 おっさんにシカの存在を知らされたキョーコがあたりを探し出す。すでにエミリーは場所を察知しているらしいが、攻撃してこなければ相手をする気が無いらしく、それ以上意識していないのを見て取ったおっさん。


 辺りをキョロキョロ見回すキョーコの気配を感じ取ったシカが、こちらに気付いて警戒しているのを見て取ったおっさん。


 しばらく放置してキョーコが発見するのを待っていると、ようやく気付いたらしい。


「居た!」


 キョーコが気付いて駆けだそうとした瞬間、逃げる姿勢を見せるシカに対し、おっさんが矢を放った。


 おっさんの矢は視線に誘導されて後ろ脚へと刺さり、逃げ足を殺してキョーコの接近を助ける形となった。


 駆け寄ったキョーコが斬撃でトドメを指して喜んでいる姿にホッとするおっさん。


「お疲れ様です」


 キョーコの行動で一塊になったとき、エミリーがおっさんへと声を掛ける。キョーコに華を持たせたことを理解しているのだと思ったおっさんは、優しく微笑み返した。


「これで豪勢になる」


 解体を終えたキョーコが肉を持ってそんな事を言う頃にはもう昼になっており、早速それを使った昼食が用意されることとなった。


「硬くはないけど、脂身ないし味もなぁ」


 焼けた肉を齧るキャリーがどこか不満げである。脂身の少ない鹿肉は、鴨に近い鳥魚(バードフィッシュ)と比べて淡白なため、日本の肉料理と比較すればとても味気ない。しかも、これと言った調味料やソースの持参もなく塩と胡椒モドキだけとなれば、ギルド飯と比較してもそうなるのは仕方がなかった。


「私のシカに文句でも?」


 それを聞いたキョーコは不満そうだが、さすがに狩った満足感がある立場と、惰性で東征村へと向かうキャリーのモチベーションでは落差が大きすぎた。 


 鹿肉がそこそこ多かったので東征村までの食料として役だった、以後はシカを狩った事でモチベーション高くキョーコも護衛に集中してもらえたことにおっさんはホッとした。


 東征村へと帰り、大量のウロコを納品し終えると、商人との交渉が待っていた。


 交渉はエミリーが担当し、おっさんは分かった風に隣で佇むだけだ。端から見れば若者を嚮導するベテランの図だが、この世界ではおっさんの方が初心者である。商人は道中の危険が無かったから値切ろうとし、エミリーは食事提供分の上乗せを要求する。相場の分からないおっさんには付け入るスキがないというのが実態で、ただ見守る事しか出来なかった。


「これからあんた等の糸も納品するんだ、マケてくれても良いじゃないか」


 と言う商人。


「糸はあなた方の問題であって私たちには関係ない話です。ウサギとシカを提供した分の狩猟代は追加してもらわなければ割に合いません」


 と言い切るエミリー。


 ラノベやアニメだと定価で気前よく払うか、ギルドに証明書を提出して依頼料を受け取る話になるのだが、なんでこうも揉めているのか、おっさんには理解が出来なかった。


 おっさん以上に面白くなさそうにしている3人にはもはや災難そのもので、さっさと休みたいのに付き合わされているのが顔にありありと浮かんでいた。


 結局、交渉には一時間近くを要し、何とか当初の依頼料でケリがついた。


「護衛依頼って、こんなに難しいもんなのか?」


 おっさんは激闘を終えたエミリーに聞いてみる。


「そうですね。王都から東征村へ向かうだけなら相場も決まっているのでこんなに揉めることはないですが、東征村から外へ向かう場合は出来高払いになるので、こうやってその都度決めないといけません」


 疲れた様子でそう言うエミリー。


 北の村は比較的安全で距離も近いため、商人からすれば値切れるだけ値切りたいという気持ちがあり、護衛する側からすれば、準備の悪い依頼者から、食事や荷役の代金を取れるだけ取りたいというのが本音だ。

 これが東の開拓地となれば危険度が増すので冒険者優位になり、南の町へ向かう場合は、街道の整備が最も進んでいるので商人優位な状況だという。


「南へ行くときは護衛依頼で相乗りとかは止めた方が良さそうだな」


 おっさんは声に出してそう言った。

 ファンタジーものであれば、街道が整備されていれば隊商の護衛などで馬車に乗ったり食事の負担を軽減できたりするのだが、エミリーの言から考えて、依頼料より高くつきそうだと思ったおっさん。


「そうですね。剣や槍を買い付けに行くのなら、護衛をしていては余計な負担を強いられると思います」


 エミリーの返答は簡潔だった。

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