25・おっさんは帰還する
おっさんが取り出した二頭のネコ科魔物に驚くギルド長と野次馬たち。
「おい、こいつは黄銅級どころか、これだけで鉄級に十分な成果だ」
さらなるギルド長の呟きに周りは騒然となる。
まさかそんな大袈裟なと、おっさんはひとり笑っていたが、周りはそれどころではない。もう100年は狩った記録が無い魔物である。そんな魔物を狩る事自体、一つの英雄譚と言ってよかった。
「すぐに報告を出す。こいつも毛皮を王都に送ってやるからまず間違いなく昇格だ」
ギルド長の言葉に今さら驚くおっさんであった。
「マジなのか?」
そんなおっさんを咎めるエミリー。
「当たり前です。快挙ですよ!快挙」
周りの冒険者たちもお祭り騒ぎになっており、おっさんは宴会資金を出さなきゃなとため息を漏らす。
今日の処は希少種情報の報告料という形で報酬を受け取り、二頭の毛皮に関しては、王都の査定待ちとなった。
「ようし、宴会だ!」
誰とはなくそんな声で酒場へと向かう冒険者たち。
おっさんは流石に自分の酒量をわきまえ、マグロ料理に舌鼓を打つことに主眼を置いたので、今度こそ二日酔いを避ける様に努力していた。
鳥魚の料理に生ものは存在しない。淡水魚である事も大きいだろうが、それよりなにより鮮度の問題があった。マジックバッグが一般化している世界ではあるが、マジックバッグは容量拡張機能はあっても時間停止や温度調整機能はない。
それになにより、ここを訪れた召喚者が刺身や漬けを伝えていないのであれば、何らかの理由で生食に不向きであったとも考えたおっさんは、あえて冒険しようとは思わなかった。
おっさんは生レバーや牛肉のユッケを普通に食べていた世代である。そんな時、とある市場で食べた寿司のなかにクジラの握りというのがあった。それもやはり肉であった。そして、この地で獲れる鳥魚はマグロのような外観をしているが、その身は魚よりも鳥であり、おっさんの味覚が確かなら、鶏ではなく鴨に近い。もし、鳥魚の刺身や漬けがあったとすれば、やはり肉であり、マグロならばともかく、肉の刺身を是が非でも食べようとは思わないおっさんは、普通に煮込みや炒め物、ステーキとして食べていれば満足できた。
そして翌日、やはりおっさんは目が覚めると頭が痛かった。酒量をセーブしたつもりであったが、意外と脂の多いマグロ尽くしを堪能する間、飲み物も進み、気がつけば無自覚に飲み過ぎていたのである。
「いや、これは俺の体質にエールが合わないんだ」
無理やりそう責任転嫁するおっさんだったが、例の甘酒風なナニカで二日酔いになったことは都合よく例外扱いしていた。
「またですか?調子に乗って飲むからですよ」
なかなか現れないおっさんの様子を見に来たエミリーがそう呆れるのだが、こればかりは仕方がない。事実、酒量をわきまえるつもりでマグロ料理に集中したものの、気が付いたら祝いだ何だと集まる冒険者のノリに合わせて飲んでいたおっさんである。優良物件と見込んですり寄る女冒険者のあしらいついでに飲んだのも大きい。
「抑えていたつもりだったんだがな・・・」
頭を掻きながらエミリーには言い訳をし、午前中は寝て過ごした後、昼過ぎには練習場へと足を運んで群れに対応した連射術はないかと思案に暮れるおっさんであった。
連射性を求めた武器には連弩と言う物があり、その構造を弓に応用した変わり種が存在している事をおっさんは思い出していた。(連弩って無駄に手間が込んでる割に実用性が無いんだっけか?そもそも矢を番える必要がない魔矢には関係ないしなぁ)などと考えながら、次はラノベやアニメで時折目にする複数の矢を同時に番えるアレを思い出す。(まあ、あれって誰もが一度はやって見たくて、実現しないんだよな。重ねた二本目三本目の矢をどうやって支えるんだって話だ)と、浮かんだアイデアにため息を吐く。どうにも使えそうになかった。
結局、普通に小弓でコンスタントに連射するのが最適解だと結論を出すまでいろいろと試しては徒労に終わる繰り返しだった。
「現実はラノベやゲームみたいに上手くはいかないもんだな」
そんな独り言を言いながら、誘導矢の精度向上を目指すことに方向転換するおっさんだった。
翌日からは皆に交じって鳥魚駆除に参加し、湖畔を行ったり来たりと十日ほどそうやって過ごしていた。
「ダイキ!王都からの知らせだ。一度帰って来いとよ」
ギルド長の話によると、王都に速達で送った大山猫と縞大猫の毛皮に付いて直接聞きたいことがあるとの連絡が来たというのだ。それも出来れば急ぎでというので、渋々王都まで戻ることにしたおっさんである。冒険者は自由業の様でいて、昇級という首輪でギルドに繋がれている。結局、思ったほど自由では無いんだなと思うおっさんだった。
こうしておっさんとエミリーは王都へと戻ることになった。おっさんからすればわざわざエミリーまで戻らなくても良いのにと思ったが、「パーティですから」という返答に、納得して二人で戻る事にした。
鎧に関してはまだ製作に時間が掛かるというので、春にもう一度村へ来るからと断ってそのまま手持ちからさらに手付金の上積みをしていくことも忘れなかった。
東征村までの道程は降雪の影響で往路よりも時間が掛かったが、そこから王都までは雪も少なく、一日ごとに気温が高くなるのを感じるほどだった。
こうして帰還した王都は何の変りもなく、ギルドも以前の賑わいそのままだった。
「お、帰って来たね。ちょっと奥へおいで」
おっさんとエミリーの顔を見るなり、女性の受付が二人に声を掛け、受付の隣からギルド事務所の奥を指し示す。
ちょっと不親切な案内だとおっさんは感じたが、エミリーはなれたもの。何の疑問もなく歩を進めていくのでおっさんもそれに倣い着いて行った。
そこにはドアがあり、おっさんがノックをすると「入れ」と声がした。
おっさんが中へ入ると、屈強そうな壮年の男が大きな机に座っている。村のギルドみたいにギルド長自らが受付の手伝いをするという事は、さすがに規模が大きな王都のギルドではありえない事なんだなとおっさんは改めて思う。
「お前が大山猫と縞大猫を狩ったダイキだな」
ギルド長はおっさんを上から下へと眺め、「召喚者だから見た目ではないか」とつぶやき、説明を行った。
ギルド長曰く、ここ百年程度の中でタマとキジトラを狩ったことは大事件であり、毛皮は貴族向けに売り出すことになるという。金額も途方もないレベルになるが、それよりもおっさんの話を聞いた貴族が指名依頼をしたいと言っているというのだった。
「何、難しい事じゃない。他にも召喚者は居るんだろう?その者たちもギルドに向かわせるから、ダイキに面倒を見て欲しいそうだ。当面はアッチが支援するそうだから心配することはない」
おっさんからすれば何のことか分からなかったが、百年ぶりの偉業という事で、いきなり鋼級に昇級となり、新たに数名の召喚者を加えた大型パーティを率いろとの事だった。