22・おっさんは命名者を疑う
おっさんが目覚めると女の子の顔が近くに見え、一瞬パニックるが、もう一度見直せばエミリーだったので、何とか自分が今どこに居るのかを思い出し冷静になる。
夜明け前なのに目覚めたあたり、さすが中年のおっさんである。エミリーとポーターの少女は未だ夢の中。
一度目覚めたおっさんだったが、ただ睡眠が浅くなって夜中に何度も目が覚めるという老化現象からそうなっているに過ぎない。
次におっさんが気付いた時には、ポーターの少女は既にテントを出て作業を行う音が聞こえ、エミリーも朝食の準備か外と会話している所だった。
「あ、ダイキさん。おはようございます」
エミリーが気付いておっさんに声を掛けると、おっさんも返事をしてのそのそ起き出す。若くないおっさんは召喚ボーナスとして身体能力が強化されたものの、すでに身に付いた中年仕草が抜けることはない。今の純粋な身体能力ならば、現役プロスポーツ選手と引けを取らないほどだが、今おっさんの側に居るのは、身体強化を行う事で物語に出てくる武道家や忍者級の能力を持ち合わせたエミリーである。客観的な比較対象が存在しないため、召喚ボーナスを自覚できないおっさんであった。
いつもの宿舎と変わらずのそのそ支度を済ませ、外に出ると驚くほどの寒さにパッチリ目覚めたおっさん。そして、胡散臭い店主がなぜこのテントを勧めたのかを実感するなり慌てて氷風狼の防寒着を羽織にテントへと戻る。
改めて外へ出ると、極寒の中でうまく朝食を温めているポーターの姿があった。
「おはようです。昨日の残りにちょっと足したから、朝食には十分だと思うよ」
そう言って来るので返事をしながら鍋を覗くと、なるほど、ちゃんと量が増えている。きっと火を止めると見る間に冷えて凍り付く気がするが、それは今は考えないでおこうと思うおっさんだった。
缶詰やレトルト食品なんてない異世界。そこが不便で仕方ないが、おっさんは缶詰の作り方なんか知らないし、レトルトパックをこの世界の素材と技術で再現できるとは思っていない。(誰かが作ってひろめてたら残ってるだろうしなぁ)と、他力本願にそう考えていた。
朝食が終れがテントを片付けて大山猫の捜索である。
オオカミ以上に慎重な性格という事で、野営したこの周辺にはまず居ない。という共通認識をもってポーターに道案内を頼むおっさんとエミリー。
おっさんは昨日から熱探知でいくつもナニカを発見しているが、望遠で見れば大体はシカかイノシシであった。一度オオカミを目撃したが、こちらを遠巻きにしているだけだったので敢えて無視している。
「ちょっと橋を渡って向こう岸へ行ってみよう」
というポーターの勧めに従って橋を渡る。かなり斜度のある五連アーチの石橋。モデルとなった錦帯橋は木造だが、おっさんは得意気に説明する変人の話を覚えており、1950年の台風で流出した後の復旧の際、コンクリート製にする案があった事を思い出していた。
「村近くの橋もそうなんだけど、この橋も岩から削って据え付けたのかな?」
と、石橋なのに全く石組が見られない橋の姿に疑問を口にするエミリー。
「削り出したんじゃなくて、召喚者が生み出したらしいよ。土魔法で地面を盛り上げるじゃない?あんな感じで、石たくさんくっつけてこんな形にしたんだって」
と、結局エミリーの質問への答えになっているのか怪しい説明を行っているが、まあ、大体そんなもんだろうと思うおっさん。建築はよく分からないおっさんだが、インスタントセメントでちょっとした補修はしたことがあったので、(きっと魔法で砂やアレやコレやを水と混ぜてコンクリートを作ったんだろう)と結論付ける。
実際のところ、零下30度からプラス30度という内陸性気候のこの地域に数百年耐えるコンクリート建造物を造る技術は、相当の専門知識と技術を要するが、おっさんはそこまで知らない。そもそも、この橋はポーターの言う通り、魔法で石を集めて融合させて作っているので、エミリーの推測も間違っていなかったりする。その上、橋脚と橋桁は別構造なので、おっさんの想像通りの作り方であれば、長年の温度変化に耐えられず、すでに崩落していただろう。
その橋を渡って東岸の地へと足を踏み入れる。そこも特に変わりのない景色が広がり、おっさんが熱探知で探ってみれば、やはりシカやイノシシくらいしか辺りには居なさそうだった。そこでふと、おっさんは大事な事を思い出す。
「タマって夜行性だったりはしないのか?」
そう、ネコ科と言えば夜行性のモノが多い。もちろん、昼は全く動かないと云事もないが。
「昼も普通に行動していたみたい。ギルドの資料にもそのような注意書きはなかったし、昼でも狩れていたって」
との事で、慎重に探り続けるおっさんだった。
そして、特に何も狩らずに昼を迎える。下手にシカやイノシシを狩って警戒され、避けられても困ると考えたからだ。
もうだめかと思った頃、オオカミ風な見え方をする熱源を見つけたおっさん。気付かない風を装って望遠で見れば、白く毛の長いライオンのような猛獣が慎重に歩いている姿を見つけた。こちらを気にするには遠いのだろう。今のところ警戒している様子はないと見て、大型のコンパウンドボウを作り出して引き絞る。
カメに使用した威力重視のタイプではなく、距離を飛ばせるタイプだ。地球においてもコンパウンドボウの飛距離は1kmを超える。おっさんの誘導付与があれば、スナイパーライフル顔負けの狙撃も問題なく可能となる。
おっさんは望遠で標的をしっかり監視しながら、長く重量のある矢を作り出し、しっかり矢へとホワイトライオンを覚え込ませて放つ。
放った矢が音速を超えたのだろう、ドンッという衝撃音を残して飛んで行った。望遠でずっと追い続けているおっさんは、まだタマらしきホワイトライオンが矢に気付いていない事を見て取る。
ふと辺りを気にするタマの仕草が目に入ったおっさんだったが、行動に移す直前、首へと矢が刺さるのを確認した。
「やったぞ」
おっさんの奇行を不思議そうに見ていたエミリーとポーターにそう声を掛けるが、理解していない。
「何言ってんの?」
と、ポーターには普通に返され、エミリーも口にはしないが首をかしげる。流石に落ち込むおっさんであった。
それからおっさんは事のあらましを説明し、驚くポーター、目をキラキラさせて褒めまくるエミリー。
そんな二人を抑え、方向を示してポーターに道案内を頼んだ。
さすが、道なき雪原を一キロ近く歩くのは時間が掛かり、危うく冷めていくタマの体温を見失いそうになった頃、なんとか現場へとたどり着く事ができた。
「ちなみに、このデッカイ魔物が大山猫でいいんだよな?」
再度確認するおっさん。頷くポーター。おっさんには、コレをテイムした召喚者の命名基準が理解できなかった。どう見ても虎かライオンにしか見えない。性別は分からないが、たてがみ風な首周りの毛がライオンっぽさを主張していた。