20・おっさんは失敗する
元日を二日酔いで過ごしたおっさんは、三が日などと言う考えのないこの国で、新年2日目にはちょっとした冒険へと出かけることにした。
ただし、今日はいつものマグロ猟でもなければ、シカやイノシシを狩りに行く訳でもない。二日酔いの元凶となった酒のモトをとりに行く。そのため場所に詳しいポーターを雇っての出発である。
「面白い事を言うね。たしかに酒の原料だから採取はするんだけど、他に使い道なんてないのに、本当に食べる気なの?」
そう聞いてくるポーターは、エミリーと宴の準備をしていた女の子。今年15歳だから冒険者登録が可能なのだが、魔力が青と最低ランクに位置し、この村でやっていくには低いという事で、農場作業や食品加工と言った裏方に回るという。
とはいえ、雪深い今は畑は作業できないので農作業や加工の人手も余り気味。しばらくはポーターとして稼ぐしかないとの事だった。
開拓ギルドの職域の広さのおかげで、農業知識もポーターとして最新のものを教わる機会があり、なおかつ家族の土地を分割することなく、ギルド所有の共同農場への就職が叶う事から、開拓地に起こりがちな土地問題もかなり軽減される仕組みが整備されている事におっさんは感心しきりであった。
こうした仕組みは長年かけて洗練されてきたものではあるが、その土台を作り上げたのが千年前に召喚された日本人だという事はハッキリしている。その召喚者たちも、おっさんの居た時代から召喚されたのだろうと思えるギルドのシステムや習慣。しかし、召喚が起きたなどと言うニュースが日本で流れたことがないという疑問も同時に浮かんできた。
では、おっさんは日本へ帰れるのだろうかと考えると、それは無理だろうとも結論付けていた。
これまで数度の召喚者に関する伝承や記録を見れば、永くこの世界で何らかの事業に従事した事が分かるし、東征村以東の開拓地を差配している領主であるとか、拡大後に分裂した周辺国の貴族の中に、過去の召喚者の子孫が居ることを教えられている。
いわば召喚モノで良く語られる「魔王を倒したら王女と結婚させてあげる」的な事例が実際にあるという訳だ。
そんな話や記録に接し、自分が日本へ帰ることが可能だと考える方がどうかしている。と、おっさんは結論を出している。しかし同時に、今後どうなるか、自分の将来の展望も見いだせないのも確かだったが。
閑話休題
そんな彼女に案内されて訪れたのは林の中。米っぽかったので湖畔か川岸に生えている草なのかと思ったら、実は木の実だというので驚いたおっさんである。
あの甘酒の様な風味から米が食べたくなって聞いてみた結果がコレ。かと言って、「稲じゃないならいいや」とも言えず、何ならラノベで異世界飯には突飛な発想の食材があるのを思い出し、もしかしたらと現物をとりに来たという次第だ。
まさか真冬にもあるとは思っていなかったが、なかなか落ちない木の実であるらしく、下手をしたら数年実がついたままという事もあると聞かされ、別の不安を覚えるおっさんだった。
「あれがそうだよ」
林に入って少し、背の低い木が横へと枝をひろげ、その枝にポツポツと見える大きな瘤のようなモノ。それが探している実なのだというが、おっさんはどう見ても瘤にしか見えなかった。
「こうやってもげば、ほら」
少女がひとつの瘤を両手でつかんで捻るように動かすと、ポロっと簡単にとれた。おっさんとエミリーもそれに倣って瘤に手を伸ばした。見た目通りに硬いソレを右へ回すと簡単に動き、そして、ズシリと重さを感じ、手を下ろすと実だけが枝から離れる。おっさんもエミリーも驚いた顔をして実を改めて見つめる。それはサッカーボールくらいの大きさで、重さはスイカほども無いと感じたおっさんである。
「この一つでコップ一杯分くらいの材料にはなるらしいよ?」
と言われ、おっさんは6つほど実をもいだところで早くも帰ることにした。味の分からない未知の実である、調子に乗ってとりすぎてもあとで困る。そう考えてのことだった。
持ち帰った実は宿舎の自炊用厨房へと持ち込み、ポーター少女の指導の下で割って種を取り出す。
かなり分厚い皮の内側には硬い果肉部分があり、真ん中に目当てのタネが詰まっていた。形は長細い種であり、コメの形にも似ているのだが、透き通るような透明感は無く、うるち米というよりもち米を思わせるモノだった。
「これを煮たり蒸したりして食べることはないのか?」
お茶碗一杯に足りるかどうかという量の種を前に、おっさんはそう聞いてみた。
「食べられなくはないと思うよ?あの甘い白酒になるんだから」
と、どこか曖昧な返事が返って来て不安を覚えるおっさんである。
とりあえず持ち帰った実をすべて割り、その種を取り出す。まずは酒を造る下準備と同様の方法で水に漬けて一晩寝かせる。
翌日も狩りにはいかず、コメもどきの続きを行うおっさんとエミリー。
水を適度に吸った種を軽く研ぎ洗いした後、水を捨てフライパンへ。酒造りでは無いので大量仕込みに使う鍋や蒸し器などは使えない為、本場ピラフみたいな調理法を採用し、肉や魔草と共に炊き上げてみる。
炊きあがったものを見ると、確かに色や形は米である。しかし、当然ながらニオイに違和感を覚えることに気付いたおっさん。
おっさんは恐る恐るスプーンを突っ込み掬い上げ、口に入れてみる。
「コレジャナイ」
見た目はどう見てもピラフに見える。しかし、食感に柔らかさを感じない。モチモチでもなければ、パサパサすらしていない。いうなれば湿気た米菓子と言えばよいだろうか。明らかに失敗した事を悟って落胆するおっさんであった。
その後、エミリーが失敗作に水を足してさらに味付と調理を試みたところ、とりあえず食える程度にはなったが、おっさんの求めた食べ物には程遠かった。食感はお粥や雑炊の類ではなく、ふやけ切ったシリアルであった。
おっさんは諦めきれずに酒の作り方を教えてもらい、仕込み前の状態で再度試食してみることにしたが、やはり白米でもなければ、おこわでもなく、多少マシな湿気た米菓子程度にしかなっていなかった。
酒はコレを仕込んで発酵する事で作られる。その際にしっかり柔らかくなった種ならば、甘酒に入ったコメの様な食感を得られるようになる。という話を聞いて、何とか思いを断ち切ることに成功したおっさんであった。
こうして三が日を休日として過ごしたのであった。