19・おっさんは誕生日を祝う
ポイントを変えながら鳥魚狩りを続けるおっさんは、発破漁で逃がした鳥魚がたまに小さな群れを作って別のポイントへと移動する姿も目撃している。
その行動がさらに古老の話を裏付ける確信となる。
ギルドで言う小群の飛来とは、住み着いた群れの移動を指していた。
それら情報はマグロ釣りパーティとは共有したが、そこから拡げる事はしない。
そんなおっさんとエミリーのパーティも、毎日マグロばかり追い掛け続ける訳ではなく、時折は村の巡回に参加したり、マグロが狩れない日にはシカやイノシシを探したりもするうち、年末を迎える事になった。
年末ともなると寒さはさらにキツくなって来るが、氷風狼の防寒着の効果は高く、おっさんとエミリーは凍える事なく過ごせている。
あれからさらに靴や帽子も防寒仕様のモノを製作してもらい、これから春までの厳冬期にも活動出来る態勢を整えた。
召喚が行われた王都近辺はまだ寒さも緩く、東へ進むごとにキツくなると聴いていたおっさんだが、その寒さは太平洋岸に住んでいたおっさんの予想をはるかに超えている。
おっさんの中では、せいぜい山陰や長野あたりと予想し、寒さより雪対策を考えていたが、訪れた村の積雪はヒザ程度。積雪だけ見るなら日本海沿岸ほどではない。
しかし、寒さに関しては、東北は東北でも、日本の東北地方ではなく、中国の東北地方に匹敵する。サウナを出て少し歩けば、濡れタオルが凶器と化す寒さなのだから。
中国北部やロシアの人達が何で毛皮の帽子を被るのか、肌で理解したおっさんだった。
「明日は新年なので、今日明日はギルドも休みですよ?」
いつもの様に起き、ダラダラ仕度を終えて宿舎を出るおっさんを見付けたエミリーが不思議そうに声を掛ける。
「そうなのか?」
朝の宿舎が静かだった理由を今さら理解するおっさんであった。
いつもの様に起きたにも関わらず、廊下の人通りが少なく、少々疑問には思いながらも、この世界の常識に疎いおっさんは日常の生活リズムでここまで来ていた。
「はい。今日は今年最後の日なので、みんな休んで年越しに備えて準備をするんです。ギルドを拠点にする冒険者は大半がただ休んでるだけですけど」
と、説明エミリー。
おっさんも、年末年始なんてそんなもんだよなと納得して部屋へと引き返そうとして、足を止める。
日本の迎春準備みたいに何かやるのかをエミリーに聞かなければ、明日困るかもしれなかったからだ。
「特に無いですよ。日が暮れたら酒場で宴会を開くので来てくださいね。村の人達も今日明日は仕事をしていないので、行くところもありませんし」
というエミリーの言の通りなら、彼女は何をしているのかと不思議に思ったおっさん。
どうやら村のポーター達が酒場の飾り付けを手伝うのだという。おっさんも参加しようと口にするが、今やギルドの稼ぎ頭であるおっさんが飾り付けをするのは憚られると断られてしまった。
仕方なくおっさんは部屋へと戻り、時間を潰す。酒場も年越し宴会まで準備中との事なので、予備の保存食を齧る事しか出来ないおっさんであった。
それから一度、村へ出てみたおっさんは、本当にいつもと違う村の姿に驚き、諦めて部屋で日暮れを待った。
日没頃、宿舎の廊下を歩く足音が俄に増えてくる。酒場へと向かう冒険者たちが移動をはじめた事から、おっさんもその流れに乗って酒場を目指す。
その冒険者たちの中には、日本で言えばクリスマスの様な格好をした者、ハロウィンにでも行く様な仮装をした者が混じり、これは何なのかと首をひねる事になった。
到着した酒場もまた、よく分からない折衷様式になっており、この国、或いは村の神様を奉る神棚っぽい飾り付けがあり、その下には樽が置かれていた。
それ以外の壁にも飾り付けが施され、祭り、宴、式典、儀典の様々な様式が混ざり合っている様に、きっと過去の召喚者が伝えた風習が混ざり合ったのだろうと考えたおっさん。
「あ、ダイキさん、こっちへどうぞ」
村の年少者を中心とした法被の様な羽織り物を着た人達が配膳や案内をしており、エミリーもその一員であるらしい。
どうやら村のポーターは多くが猟師の兼業で、純粋にポーターをやる年少者の数は冒険者に比して少ないらしく、彼女をはじめとした若者が飾り付けや宴会の準備に走り回っている。
そして出された料理は、日本のクリスマスを模しているのか、オードブルである。
特に誰かが音頭を取るでもなく自然に宴会が始まり、食べて飲んでいるとエミリーもやって来た。
おっさんはマグロ釣りパーティと一緒に飲んでいたので、ムサいところに彩りを添える形になる。
パーティの連中からふたりの関係を聞かれたり冷やかされたりするが、エミリーの様子を見ながら曖昧な返答に終始するおっさんである。
なにせ、日本でならばまだ中学生。この世界においても親子に等しい年齢差であるが、案の定、稼ぎのある冒険者は一夫多妻な場合も珍しくなく、親子ほどに年の離れた事例も普通にあると知ったおっさんは(前田利家か?いや、豊臣秀吉かな?)などと考える。
ひと通り食べて飲んでを終え、オオカミ討伐で知り合ったパーティにも声を掛けに行ったおっさんは、顔を見ない猟師たちは猟師たちで集まり他所で宴会をしていると知った。
この世界の習俗をよく知らないおっさんは、祭りだから皆が集まるモノだと思っていたが、そうではない事を知る。
そして、中には寝出す者が現れだした頃、ギルドの置き時計を見た誰かが声を張り上げる。
「新年だぜぇ!」
その声を契機に木槌を持って樽の前に集まる冒険者達。おっさんは何が起きるのか分からなかったが、エミリーに促されて樽の周りへと向かった。
「せぇ〜の!」
木槌を持った者達が樽の蓋を割り、柄杓のような物を手にした冒険者が皆のコップへと中身を注ぐ。
「ほら、稼ぎ頭なんだから、こっち来なよ」
すでに出来上がってそうな赤ら顔の女冒険者に絡みつかれて樽の前に引き出されたおっさん。
樽の中身は白く、何やら粒まで見える。
「ほら」
女冒険者に促されるままにコップを差し出し、ソレが注がれたコップに口をつけると、甘酒の様な味に驚くおっさんであった。
「アタシは今年24、あんた幾つになったの?」
と、聞かれたおっさんは素直に40と返す。
「ウソでしょ!どう見てもまだ30ちょっとじゃない!」
と、ケラケラ笑われ、周りにもそれが伝播していった。
「私は16です」
と、エミリーも隣に来て答える。
この国では誕生日という考え方はなく、皆が一様に新年と共に歳を重ねる。そのため、年越しの宴会は誕生日パーティーをも兼ねる事になり、様々な様式が混ざるのだろうとおっさんは納得するのだった。
因みに、新年誕生日パーティー用に用意されるのは甘酒ではなく、普通にアルコール度数の高い酒である。油断して飲んでいたおっさんが、元日を二日酔いで過ごしたのは言うまでもない。