18・おっさんは喜んだ
狩ったマグロを巾着に仕舞って帰途に着くおっさんとエミリー。
「ダイキさん、来る時にやってはいけないって言ってませんでした?」
当然の疑問を口にするエミリー。おっさんは古老から聞いた話とギルドで常識となっている定説の違いについて口にした。
「鳥魚は普通に川を泳いでるんだ。村の連中は常に飛んでるもんだと思い込んでるから話がおかしくなってる」
ギルドにおける鳥魚の情報は、北から飛んできて湖や川の生き物を食い尽くすというモノ。
確かに間違いではない。数百、数千の群れで飛来して来るのは事実である。そんな群れが飛来すれば、当然、他の生き物は減ってしまう訳だが、全く居なくなる訳でもない。
さらに、飛来したマグロは餌を食べつくしてすぐに飛び立ち移動するとされている。
なので、マグロを釣るには群れを見付けて捕食中に針を紛れ込ませる。いわば一本釣り漁のような方法なのだが、漁として大規模にやることは出来ない。相手は人の背丈と変わらない大物なので、一匹を吊り上げるのに数人掛かりで竿を支えて時に数時間も格闘して引き揚げる必要がある。
その竿も高価で、専用の釣り糸に釣り針なのだから、正直収支は赤字である。だから、マグロ釣りは道楽だと言われている。
では、古老もそうしていたのか?
否。
たしかに、始めた頃はそうだったらしいが、ある時、群れが飛来していないにもかかわらず、少数の鳥魚が湖面から飛び立つのを見たという。それ以後、冬になれば様々なところでマグロ釣りを試み、いくつかのポイントを発見する。
そのポイントに共通するのはマグロの餌になりそうな魚が群れて居そうな木陰ができる様な地形の入り組んだ場所であり、そこで釣り糸を垂らせば、三割程度の確率で釣り上げる事ができるという話だった。
そして、そこには禁止事項がある。まず、無暗に撒き餌をしない。撒き餌をしても集まって来るのは地元の肉食魚であり、マグロでは無いので、「エサ盗り」や「ザコ」を増やすことに繋がる。
次に、複数の竿を仕掛けてはいけない。確率が三割なら多く仕掛ければ良いと思うだろうが、相手は人の背丈はあるマグロである。複数に掛かっても対応など出来るはずがないのだから、高級な道具をムザムザ失うリスクを冒す必要はない。
さらに、大きな音を立てたり、物を投げ込んではいけない。これは当然である。そんな事をすれば餌となる魚が逃げてしまうし、鳥魚が居た場合には飛び去ってしまうのだから。
最後に、ポイントを人に言いふらしはいけない。せっかくの稼ぎである。定期的に持ち込めば信頼度も上がる。せっかくの飯のタネを人に教えるバカが居るものか。
「俺の獲物は弓。どうあがいても水の中の魚を釣り上げる道具じゃない。なら、『釣りの際にしてはいけない』ことでも、弓で狩るならその限りじゃないだろう?」
得意げに言うおっさんだったが、エミリーはどこか白け顔である。
「もう一つ、ダイキさん。なぜ、あのパーティにその話をしたんです?それこそ『してはいけない』じゃないですか」
と、より問い詰められることになった。
だが、おっさんにも言い分はある。
ウサギ狩りの際にも、あえて飯のタネである狩り方を他のパーティに教えている。おっさんはそこに定住する意思が無かったので、転居した後にも自分が定期的に持ち込んでいた獲物を持ちこむことで、ギルド飯のメニューを維持したかったからだ。久しぶりに訪れたら、「アンタが居なくなったからもうやって無いんだよ」なんて言われたら、悲しいではないか。
マグロについても同じような理由である。おっさんの甲冑を作れる量のウロコは確保できた。おっさんが村にいる間はマグロ料理が食べられる。
では、他へ移動した後はどうだろうか?せっかくの甲冑材料とギルド飯が無くなっては、気まぐれに訪れた時に悲しいではないか。
「普通の冒険者はそんなことは考えませんけどね」
と、呆れた様な。それでいて、どこか目がキラキラしているエミリーの姿に、おっさんはちょっと鼻が高かった。
「古老から聞いた話を信じるか信じないかは、アイツら次第だがな」
おっさんのそんなキメ台詞を華麗にスルーし、マグロ猟の今後に話題を向けるエミリーに、ちょっと悲しいおっさんであった。
それから数日おきに川や湖のポイントを巡っては発破漁を試みる。全てが上手く行く訳ではなく、やはり外れのポイントもあった。中には、陸側ではなく反対へ飛ぶマグロまで居て、たしかに、「やってはいけない」事だと苦笑いする事もあったが、わざわざ冬の寒い最中に川や湖に出向くのは、マグロ釣りをする道楽者かおっさん達だけのため、問題にはなっていなかったのは幸いだ。
大きな湖、どれくらいだろうか。一日では一周できないほどの距離はあるので、霞ケ浦や琵琶湖並みに広いのは確かだ。しかも、巨大河川の途中にあるようで、川の一部と言って良いかもしれない。
そんな連続した地形をしているので例のマグロ釣りパーティには出会っていない。もしかするとおっさんの話を信じていない可能性もあるが、それもそれで仕方が無いと考えていた。おっさんは川を遡上する魚の一部が、実はニジマスと言う川魚と同じ種類だと聞いたことがあったので、きっと居残って泳いでいる鳥魚も居るんだろうと踏んで、川へとやって来ていたのだから。
おっさんは古老の話を信じ、こうしてマグロ猟を成功させている。例のパーティがどうするかは、残念ながら彼ら次第である。
「おっさんの話し、マジだったんだな」
そして、とうとう年も暮れという頃になって、ギルドで顔を会わせた例のパーティからそう言われ、数日に一匹のペースでマグロを持ち込めている事を聞くことになった。
「ああ、だから言ったろ?」
おっさんは彼らが話を信じてくれたことがうれしく、にこやかに会話を行った。
その際、おっさんが三日と空けずにコンスタントにマグロを持ち込んでいる事に驚かれることになるが、それは方法が違う事による差異であり、魔弓が使えない事には真似ができないと知り、件のパーティを落胆させる事にもなった。
そうしたマグロ専門冒険者を遠巻きにするその他大勢からしてみれば、時折少数で飛来するマグロを目撃しているため、あまり疑問に思われておらず、おっさんも敢えてギルド内にマグロの生態を周知しようとは思わなかった。
だってそうではないか。せっかく高値が付くマグロなのだ。大勢が釣ってしまえば値崩れを起こし、マグロ釣りパーティに迷惑が掛かるし、なにより、厚意で飯のタネを教えてくれた古老の顔を潰すことになってしまうとおっさんは考えていた。