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15・おっさんは撃退する

 おっさんが一頭の氷風狼(ブリザードウルフ)を射抜いたことをきっかけに、辺りは吹雪に見舞われることになった。


「おい、やられたら逃げるんじゃなかったのか?」


 

 おっさんはミツヨシにそう怒鳴るが、答えはあっけなかった。


「もう俺たちは罠の中なんだよ!一頭や二頭殺ったって退きやしねぇ!」


 そういって警戒体制をとるミツヨシ。おっさんはこれまでの話しぶりからオオカミがそうとう臆病で慎重な魔物なのだと思っていた。自分が倒した群れは若気の至りだったのだろうと。しかし、どうやらそれは誤解であったと、どこか諦めるおっさん。もちろん、楽観論や希望的観測が裏切られた経験など、アラフォーのおっさんともなれば両手では足りない。


 気を取り直してこれまで以上に僅かな温度変化も見逃さない様に周囲へと視線を走らせるおっさん。


 先に反応したのはエミリーだった。


「イヤァ!」


 そんな掛け声とともに槍を突き出すと、見事にオオカミを捉えており、飛び掛かろうとして喉を衝かれたオオカミが落下する。

 おっさんも負けじと周囲へと視線を走らせ、動く物体を発見し、弓をいつぞやの小型コンパウンドボウへと変化させ、矢を放つ。

 オオカミも負けじと反応はした様だが、誘導機能が付与された矢を躱すこと叶わず腹へと深々と刺さり、おっさんへと飛び掛かる直前に力尽きた。


 ふたりが熱感知によってオオカミを発見できているのに対し、そうしたスキルを持たないミツヨシはただ警戒するだけで一頭も見つけられずにおっさんとエミリーの内側へと後退する。


「まだ三頭だ。こんなに少ないはずはない」


 おっさんはそう言ってさらに周囲へと視線を這わせ、少しでも変化を見つけ出そうとしていた。


 おっさんはちょうど電動エアーガンが本格的に発売され出した頃に、それを手に遊んだ世代である。当時は後の厳しい規制はなく、藪を簡単に貫通してBB弾が飛んでくる恐ろしいゲームが行われており、物音ひとつ、僅かな草の揺れの違いひとつを見逃せば弾が飛んできた。

 そんなサバゲーを若気の至りで楽しんでいたおっさんである。聞きかじった軍事知識は断片的にしか覚えていないが、体で覚えた索敵はこうした危機に自然と蘇って来る。(そうだったな。こういう時こそ、僅かな変化、違和感を見逃しちゃいけない)


 おっさんは自然と口元が緩んでいたが、自分の顔は見えないので気付いていない。エミリーやミツヨシもそれどころではないので見ていない。


 おっさんは雪の中で僅かに揺らめいた影を見逃さなかった。少しその影を見つめ、明らかに雪から浮いている事に気付くと、すかさず弓を引き、矢を射かけると、そこに居たオオカミが反応した時には避ける術がなく、鼻の上から頭にかけて矢が貫通し、その場でとめどなく鼻から流れ出る血溜まりを作り出して雪を赤く染めていく。


「ミツヨシさん!」


 エミリーが叫んで槍をミツヨシの右腕のすぐ横へと突き出すと、そこにはオオカミの口が出現し、そのまま喉へと槍が吸い込まれ、ミツヨシに触れる頃にはオオカミは息絶える。


 そうこうしている間にもおっさんは大きな熱源を発見するが、同時に最も嫌な予感も頭をよぎった。(連中、友釣りの餌だけ頂いたな?)つまり、ワザと逃がした被害者パーティの生き残りに食いついたオオカミが居るのだと踏んだ。


「正面に大きな熱源。生き残りがやられたかもしれん」


 そう口に出しながらも、更の入念に辺りへと視線を這わせ、他に見逃したナニカが無いかを探っていくと、遠ざかろうとする影を発見し、すかさず矢を放った。

 おっさんに見つかったオオカミは餌として追い込んだ冒険者の「おいしい部分」だけを噛み千切って逃げるところであった。注意はおっさんより咥えた極上の餌である。そして、その餌をもってこの場を去ろうと走り去るうちに意識が消失し、雪を赤く染める目印と化すことになった。


 おっさんが遠ざかる影に矢が命中する感覚を得て数舜の後、吹き荒れていた吹雪は嘘のように消え去り、先ほどと変わらない穏やかな大雪原が視界に飛び込んで来た。


 変わった事と言えば、いくつもの赤いアートが三人の周りや少し離れた場所に描かれているだけだった。 


 「やったのか?」


 おっさんがフラグのように呟くが、残念ながらフラグは自ら折った後である。あたりを見回し、遠くに一つ、それとは違う場所にも一つ、赤い目印を見つける。

 さらにそれらとおっさんたち三人の間には、より大きな血溜まりがあるのを発見し、そこを目指して歩みを進めた。


 ミツヨシがソレに対して何か感想を言うよりも早く、おっさんは久々に吐いてしまう。さすがに魔物の解体には慣れた。少々グロかろうと、所詮は金になる素材か食糧である。もはやカネか食材にしか見えていない。なんなら、マグロ同様に、イノシシやシカを見たら「おいしそう」と反応するくらいには毒されてしまった。


 だが、ソイツはダメだった。


「奴ら、ついさっきまでは生かしてやがったんだな。クソが!」


 ミツヨシが怒りを覚えるのも無理はない。遺体は確かに冷えて来ているものの、抉れた腹は未だ体温を残しており、千切れてさらけ出されたモノが体の周りや雪の上にいくつも落ちているのだから、慣れなければ吐いて当然だ。

 が、慣れないのはおっさんひとりだった。おっさんからすれば子供でしかないエミリーも表情こそ悲痛なのだが、そこ止まりである。


「オオカミに襲われるとこうもむごたらしくなるんですね。カメに踏まれたり、ヤギに蹴られたよりも酷いです」


 そういうエミリー。もう何年もポーターをやっている彼女は、ポーターとして、冒険者として、そう言った現場を幾度も目にし、時にはそうした遺体の回収も行っていた。ここは異世界であり、おっさんの常識は通用しない。


 そんな事を、遺体からできるだけ目を逸らしながら考えていたおっさんは、ミツヨシが大きな布袋の様なモノを取り出しているのを見た。


「ダイキ、慣れないのは分かるが、これも冒険者の仕事の内だ。仲間がやられたら、丁重に弔ってやらないとな。連れて帰るぞ」


 やさしくおっさんに声を掛け、袋に遺体を収容するのを手伝えと促す。


 おっさんもさすがに嫌とは言えず、出来るだけ腹部を見ない様に遺体を袋へと移動させるが、その時顔が見えてしまった。

 まだ若い、エミリーとそう違わないであろう少年であった。どうやらおっさんが顔を背けている間にミツヨシかエミリーがやったのだろう、目や口は閉じられており、映画や漫画で見るようなおどろおどろしさはない。死んでいるとは思えないほど普通の顔に思えたおっさんは、ようやく平静さを取り戻す事ができたのだった。

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