12・おっさんは防具を依頼する
翌日、おっさんは久々に休む事にして、解体師の言っていた職人を訪ねる。
別に着いてくる必要はなかったのだが、エミリーもついて来た事に苦笑するおっさんだった。
「あの店ですね。王都と違って何でも扱ってるみたいです」
エミリーが言うように、王都の場合は金属製の剣や槍、プレートアーマーの類いは鍛冶屋の領分、革や布製は服飾の領分と明確に分かれていた。
しかし、ここの店には剣や槍、更には木工のハズの弓や杖まである。もちろん防具類や魔法系の品々も。
「いらっしゃい。見ない顔だね」
店主なのかな年かさの女性がふたりを見てそう言った。
おっさんは王都から来た事、昨日のウロコを使った甲冑を注文したい旨を伝える。
「そうかい。王都からね。で、カッチューとはまた、召喚者みたいな事を言うね。得物はなんだい?」
そう聞いてくるので、弓を出現させる。
「弓ね。しかも、伝説でしか聞いた事のない魔弓だって?アンタ、召喚者だったりするのかい?」
と聞かれたおっさんは素直に頷くと、女性は目を見開いて驚く。
「ホンモノかね!こりゃあ、凄い話だよ。なら、鳥魚も狩り放題だね。魚に弓矢ってのはおかしな話だけど、伝説の魔弓使いは銛みたいな矢をサクサク突き刺して狩ったって話があるからねぇ」
と話す女性。鳥魚にサクサク刺さる矢を想像したおっさんは乾いた笑いしか出なかった。(どんなバケモノだよ、それ)
ひとしきり世間話をした女性は奥へと声を掛け、程なくふたりの職人風の男女が現れた。
「カッチューなんて新規の製作は何年も前の話だからねぇ。このふたりと話しな」
そう言って番台横を指す女性。
召喚が行われるのは東の森に強大な魔物が発見された時や魔物が西へと移動する、いわゆるスタンピードが生じた場合だと聞いているおっさん。
今回は前者だと城では説明を受けており、召喚者は最低限の人数で個人スキルが高い者達が選ばれたとのことだった。
今のおっさんはたしかにスキルが高く、魔物を討伐出来ている。もっと城で必要な知識を得ていれば無双も、とおっさんは考えたが、実際のところ、魔弓使いは千年前の伝説の英雄譚にしか登場しないため、実用性のある知識や技術を教える者など城にすら居なかったのだが。
「カッチューには大きく分けて、騎馬用とカチ用があります。カチは馬や騎乗魔物を用いないカッチューです」
そう言ってサンプルのイラストを見せられたおっさんには違いがよく解らなかった。騎馬用とは、大鎧をモデルとした甲冑で、カチ用とは、当世具足をモデルとするのだが、説明する側も詳しく理解していないので説明のしようがない。
ここ200年ほどは召喚の話もなく、見栄で甲冑を依頼する冒険者や、パレード用に依頼する貴族しかおらず、甲冑の機能を正確に理解している職人も居ない。
頼む側も素人ならば、受ける側も様式以上の理解がない。傍目から見たエミリーは(大丈夫かな?これ)と疑問が頭を掠めたが、分からない事に首を突っ込むのは控えた。(ダイキさんの国の防具だから知ってるだろうし)と、過大評価をしながら。
当のおっさんは大河ドラマをはじめとする時代劇やサムライ映画のイメージしかない。どちらかと言えばシューティングゲームに出ていた各種防弾チョッキの方がまだ理解出来たので、とりあえずのイメージで話を進める。
「兜は飾らなくて良いです」
様々な飾りたてられた兜のデザインを見たおっさんは飾り気のない、おっさんからしたら無難なモノを選ぶ。
「袖?ああ、肩の。これは騎乗用が。胴もウロコで強度は確保できますか?ああ、盾に使われる性能なら、全てウロコで」
と、袖以外はほぼ当世具足に準じた形に収まる。
「では、色はどうします?ウロコはほぼ透明なので塗りや縫いでどんな色にも出来ますが」
と聞かれ、悩むおっさん。冒険者はだいたいが地味な色合いで、革の防具などは地の色だし、服も派手な者は見たことがない。
対して城には貴族や宗教関係者の様な派手な装いの者が多く居た。騎士も派手な色合いだった。
おっさんの思い描く甲冑は源平の赤や金の派手な甲冑、戦国の赤備えや黒にワンポイント的に金が入ったデザインなどだが、それを冒険者が身に着けて良いのか分からなかった。
「エミリー、冒険者が着てはいけない色とかあるのか?金や銀はそのランクしかダメとか」
と、エミリーに助言を求める。なにせおっさんは鋼級以上の冒険者など知らず、冒険者の仕来りも知らないのだから。
「とくに無いですよ。色については、ランクではなくメダルの色を気にする人は居ますね。緑や黄色のメダルなのに赤い装飾を持つのは誤解を生むなんてケチをつける様な人が偶に居たりします」
との事で、おっさんの場合は赤を超えてピンクなので、甲冑にピンクを配色するというのか?と、若干引き気味になったが、そう深刻に考えるのは止めた。
少し悩み、職人にも聞いてみると、冒険者は無難に黒を基調にする事が多く、貴族は派手さを好んで白や金を基調にするらしい。
おっさんはそれを聞いて奇をてらった配色ではなく、黒系でまとめてもらう事にした。そしてもう一つ注文する。
「氷風狼の毛皮で防寒具を作ってもらえないだろうか?」
職人たちはそれを快く引き受ける事を伝えると
「毛皮は持ち込ませてもらうから二人分を」
というおっさんの言葉を聞いてエミリーが驚く。
「え?私は構いませんよ。そんなに活躍している訳でもありませんし」
と遠慮するが、おっさんが
「パーティーなんだから遠慮することはないんじゃないか?」
と言われて返す言葉が無かった。
甲冑の方はこれから製作に取り掛かっても三ヶ月は掛かるという。年を越すことになるが、村で春まで腰を据えると決めているので問題ないおっさんだった。防寒具は10日もあれば形になると言われ、そこから少々細かな手直しは試着後だと言われ、店を後にする。
結局その後は時間を持て余し、気が付けば訓練場へやって来たふたりは、おっさんの思い付きでエミリーが魔力探知か熱探知を修得出来ないかとアレコレ試してみることにした。
「人や魔物の色?ですか。そもそも魔力はこう、目の前にもあるものだと言われているもので、人や魔物がそれぞれ違う魔力を持つとかでは無いらしいんですが」
おっさんが披歴したラノベやゲームの知識はまったく通用せず、エミリーに否定されて終わった。この世界では魔法ごとに色分けがあるとか、強弱や種別ごとに違いがあるといった概念や理論は無く、おっさんの知識による魔力探知の修得は諦めるしかなくなった。
熱探知は焚火やランプなど、火と光に関する説明を行い、そこから少し練習すると、20メートル程度なら、その熱に対する探知が可能になった。
「私でも出来るんですね!」
と喜ぶエミリー、おっさんからすれば少々物足りなさはあったが、暗視の一種と考えればそれで良いかと納得する事にした。




