1・おっさんは追放される
「どうやら貴殿は実戦で鍛えた方が良いらしい」
城の城門前でそう声を掛ける騎士を前にしたおっさんは思った。
(知ってるぞ、これは体の良いお断りだってな)
その予想通りに城を出て冒険者ギルドへ向かう様に勧める騎士。説明の言葉は丁寧だが、端々から漂う追放臭を見逃すおっさんではない。
「なるほど、確かにここでの訓練だけでは無理そうだからな」
もうすぐ40になるおっさんは物分かりよく騎士に答え、説明と共に差し出されたカネと装備を受け取りその場を立ち去って行く。
「物分かりの良い青年で助かったな」
別の騎士からそんな声を掛けられた担当騎士は頷いて口を開いた。
「まったくだ。召喚者ってのはもっと傲慢で野蛮なものだと身構えていたが、アッサリしたもんだったよ」
そう言ってホッとため息をつきながら城を出て行くおっさんを見送る。
騎士は20代半ば、何ならおっさんよりひと回り近く年下だったが、ラテン風人種が一般的なこの国の騎士から見たおっさんは、よくて30、もしかしたら同い年くらいに見えていたのだ。おっさんからみた騎士は老け顔に見え、30過ぎだと思っていた。もちろん、どちらもその事は知らなかった。
「さて、楽に厄介払い出来たんだ。残ってる勇者方の修練に戻ろうか」
二人の騎士は城内へと歩みだした。
勇者召喚の儀が行われたのは二ヶ月ほど前の事。下校時間を迎えてとある県立高校の生徒たちでにぎわう私鉄の最寄り駅でのことだった。
突然幾人かの足元に魔法陣が光りだし、たまたま居合わせたおっさんもその召喚魔法陣に巻き込まれてしまったのだった。
突然景色が変わって驚く学生達と、場違いなおっさん。
周りを見れば荘厳な服を着込んだ男女が取り囲み、高い位置には着飾り冠を頭に載せた壮年の男女も見えた。
二人の脇にはフルプレートアーマーの騎士まで居る。
「諸君、召喚に応じてくれて嬉しく思う」
冠を乗せた男の隣にいた壮年の男がそう口を開き、テンプレートな説明を口にするのを聞いて、騒ぐ学生達とは違い、脱力していたおっさんであった。
「マヂか。終わった」
それから、これまたテンプレートな鑑定が始まったのだが、すんなり進まない。
「ミコです」
「ミコ?ミコミコ・・・・・・、おお、聖女ですな」
「ケンキャクです」
「ケンキャク?ケンキャク、ケン、ケン・・・・・・、おお、戦士ですな」
「ポーズです」
「ポーズ?ポーズ、ボーズ・・・・・・、おお、神官ですな」
こんな具合に鑑定師らしい水晶を持った人物の言葉が要領を得ず、辞書らしき分厚い書物を持った人物がついてまわる。どうやら水晶に出る結果は日本語に準じた名称であるらしく、その音だけが表示され、意味が分からない状態であるらしい。それを過去の召喚における事例と照らし合わせ、この世界のスキルへと訳す作業が必要になる。
「チューニビョーです」
「チューニビョー?チューニビョー、チューニビョー‥‥‥、はて、その様なスキルは見当たりませんな」
と、困惑する荘厳な服を着て書物をめくる人物。
「中二病って、コレか?」
鑑定を受けた本人は右目の前でブイポーズをしている。
「お前、それだったら魔法が使えるんじゃね?」
と、周りの学生に誂われている。
「そちらの国でチューニビョーとは、魔法使いの事ですか?」
などと真面目に聞いてくる翻訳者。
「ああ、そうだよ。っても、魔法の無い世界だから単なる妄想だけどなぁ」
と、笑いながら説明する学生。
「ならば、魔法使いでしょうな」
と、それで良いのか翻訳者。と、誰もが思い、鑑定された学生はもちろんの事、周りの学生やおっさんも引いていた。
「あなたは、マキュツ、カイ?」
「マキュツ、カイ、マキュツ、カイ‥‥‥。これも無いですな」
と、翻訳者はおっさんを見る。周りの学生も何のことか分かっていない様子で首を捻っているばかり。
おっさんはふと思い付いた事を口にした。
「魔球の事か?投げたボールを変幻自在に操る能力とか」
そう説明した。もちろん確信はない思い付きにすぎないが。
「魔球使いってことか。おっさんは高校球児だったとか?」
と、ひとりの学生が聞いてくるが、「いや、アーチェリー部だった」と返すおっさん。
「ボールですか。では竜騎兵の様なモノでしょうか?」
と、翻訳者も半信半疑である。
「実際にやって見れば分かるでしょう」
と、水晶を持つ男が言ったので、翻訳者も納得し、次の学生へと向かった。良いのかそれで・・・・・・
以後も日本語の様なモノが飛び交い、それを翻訳してスキルを確定させていく。
それらが終わると確定したスキルに合わせた訓練が始まった。
中二病と言われた学生は見事な魔法を放てるようになり、ダイミョーと言われた学生は見事に剣と魔法を操る勇者として覚醒してみせた。
しかし、おっさんは何を投げても召喚バフによって上積みされた筋力以上の能力を発揮出来ていない。
やはり歳のせいで肩を傷めてしまうので、オバーチャッコと言われた治癒魔法師のレベル上げに貢献する事が唯一の成果と言えた。
そんな結果が伴わない二ヶ月を過ごし、遂に追放となり城を出て言われたように道を進むと現れた剣と盾を重ねた看板のある建物。冒険者ギルドである。
「冒険者登録ってのは年齢を問わないのか?」
騎士から言われていたが、さすがにアラフォーともなると気になる事である。受付に座った筋肉質な青年に聞いてみる。
「ああ、っても、30そこらではじめる奴は多くないけどな。無理さえしなきゃ、食いっぱぐれることはねぇよ」
受付の青年の返答にホッとしたおっさんであった。
「じゃあ、登録したいんだが」
そう言って渡された木の板を見て首をかしげるおっさん。
「ああ、そこからか。その木に手を置いて魔力を流してみな。ほんの少しでも流れたら反応するからよ」
そう言われ、城で習ったように魔力を流す。すると木はみるみる色を変えて黄色から赤、そして白みがかった色に染まった。
「んなに流さなくても良い。つか、今まで何やってたんだ?こんな魔力持ちなら騎士や魔術師としてやれてたんじゃないのか?」
そう聞かれたおっさんは少し言い淀むが、召喚が少し前にあって、その時召喚された一人であることを告げる。
どうやら召喚の儀が行われて召喚者が現れた事は周知であったらしい。青年は驚くでもなく、どこか納得顔でおっさんを見る。
「そうか、例の話しの。だったら話は早い。スキルは何だって?」
と聞かれたおっさんは、「実はよく分からない」と伝え、青年は少々困り顔で水晶をカウンターへと置いた。
「まあ、召喚者のスキルってのは向こうの言葉をそのまま映し出すから俺らには意味が分からないんだったよな。じゃあ、手をかざしてみてくれよ」
青年が言う通りに手をかざすとおっさんにも水晶の中に浮かぶ文字が読めた。