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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

あの時からあなたは


 私は母を癒しながら生まれてきたらしい。この村での出産は教会で。出産の手伝いをする『お産婆さん』が教会に住んでいるので、変な話、いつでも産める。


 お産婆さんは私が生まれた時、それはもう悪い顔をして笑った、と教会の先生が教えてくれた。気をつけるんだよ、良さそうな話を言われたら、裏取りを忘れちゃいけないよ。


 裏取りの意味が分かる前にもう良い話を受けてましたよ。先生。背後を取るって意味じゃなかったんですね。


 まあでも、役に立ってはいると思う。出産の時の妊婦さんの傷を癒す仕事だから。今は雇われて働いているけど、物心がつく前から母に抱っこされて、もう仕事をしていたらしい。


 母は、兄と姉が学校へ通える分のお金を生み出してくれた、と私に感謝していた。もっと違う言い方があったとは思う。いつ誰が産気づくか分からないから、私は学校には行かなかった。


 その代わりお産婆さんが学校で習うような事を教えてくれた。計算方法は学校で習うものよりも高度な方法だったみたいで、兄姉より私の方が計算は得意だった。計算方法を教えてあげたら兄姉の方が上達して、なんか理不尽だった。理不尽という言葉もお産婆さんに習った。


 成長した私は一人で教会に通う。最近行き帰りでよく会う男の人がいて、お産婆さんに言ったら、私は教会で暮らす事になった。


 危ないからって言われたけど、私の事をちょっと距離がある所から見ているだけで声もかけてこないし、なんか見たことがある人だと言ったら、お産婆さんが捕まえに行った。


 連れてこられた男の人は、なんと失踪していた父だった。お産婆さんに強く言われて居心地が悪そうな父。商売に失敗して、母に会わせる顔がなくて家に帰りにくかったとか。


 私は初めて会ったから、父親ってなんだろう、という気持ちが強かった。母は父に会った時泣いて喜んだ。兄姉は父を覚えていたようで、抱きついて泣いていた。


 父になぜ教会で働いているのか聞かれた。お産婆さんは私の癒しの力を内緒にして、出産の手伝いをしてくれている、と言った。


 なぜ内緒にしたのか分からなかった母が私の癒しの力のおかげで、母は産後が楽だったし、兄姉も学校に通えた、と言った。


 その夜私は父に連れ出された。例の男の人が父なら危険は無い、と教会から家に帰ったその夜のことだった。薬を盛られて眠っている間に運ばれたようで、目が覚めたら袋の中だった。


 モゾモゾと動いていたら、袋から出された。

「この女が聖女だと言うのか?」

見たことのない人だった。綺麗な服を着ていて偉そうな人。それが第一印象だった。

「はい。出産率十割の怪しい教会を調べたところ発見しました。家族の話では生まれる時から癒しの力を使っていたそうです。」

私の父だったはずの人が説明した。


「見窄らしいな。風呂に入れてやれ。見た目だけは整えろ。不愉快だ。」

偉そうな人が一人の女の人に命令した。私は袋のまま運ばれて湯船に入れられた。そこで袋を外されて、汚いモノを見るような目で見られた。


 服を脱ぐように言われて、逃げようにも何も分からなかったから、嫌だったけど仕方なく脱いだ。その人は服を袋の中に入れてどこかへ持って行ってしまった。一応お気に入りだったんだけどな。


 頭からお湯をかけられて、ゴシゴシ洗われた。お湯が濁ったりはしてなかったから、そんなに嫌がらなくても良いのに、と思ったけどそんな雰囲気でも無く、言わなかった。


 体を拭くように言われて、ふわふわした綺麗なタオルを渡された。顔を拭いていたら不意に涙が出てきた。父に売られたんだと思った。本当に父だったかは、もうどうでもよかった。最初から私は父の事を何も知らない。


 白いワンピースを着せられて、髪を綺麗に結われた。

「見た目を変えたらそれなりだな。」

「本当にこの者が聖女様なのですか?」

「試してみれば良い。」


 その偉そうな男は、父だった男の腕を切った。

「ほら、治してみろ。お前の父親だぞ。隠れ住んでいた聖女を売っぱらった男だがなぁ。早く治さないと死ぬぞ。」


 血を見た私は無意識のうちに父を治してしまった。私の癒しの力はある意味制御不能で、誰を治すかは選べない。ある一定範囲内に怪我人がいれば治してしまう力だった。


 なぜそんな事を知っているかと言うと、実験されたからだ。騎士団の訓練所に連れて行かれて、どの範囲に入れば怪我が治るか調べられた。私の魔力が尽きて倒れるまで続いた。


 目覚めた時、家で使っていた物より粗末なベッドに寝かされていた。討伐に行った時より全然良いものだ、と騎士が私を睨んだ。言いたい事はたくさんあったが、賢明な私は黙った。


 毎日毎日魔力が尽きるまで調べられて、魔力が戻ったらすぐ実験。食べ物は貰ったが、美味しくない。

「討伐の時より美味しいんだから、我儘を言うな。」

また睨まれた。


 ついに私は戦場に連れて行かれた。私は全てがどうでも良くなっていた。私の仕事は味方の陣地の天幕の中で、決められた場所にただ居ればよかった。たまに怪我を治しにくる騎士の話から、戦いの相手は私が居た国だった。


 父だった男は隣国の騎士で、私が居た国に潜入。調査をするうちに母と出会ったらしい。私を馬鹿にするために、わざわざそんな事を言ってきた騎士がいた。


 隣国は戦果を上げて、私が居た国との国境近くまで陣を移した。私が居た国の国境が破られた。隣国の騎士たちは勝鬨を上げて一気に攻め入った。


「良かった!生きててくれた!」

突然目の前に見目麗しい男性が現れた。

「え?誰?」

「ああ、忘れてた。この姿で会うのは初めてか。」

その男性は腕輪を触った。

「お産婆さん!」


「詳しい説明は後で。今は逃げるよ。」

お産婆さんは私を縛り付けていた鎖を壊した。私は立ち上がれなくて座り込んでしまった。お産婆さんは男性の姿に戻って私を抱え上げた。


「ちょっとだけ我慢してて。」

私が居た天幕から出た。

「引くぞ!あとは手筈通りに!」

男性が指示を出すと、私が居た国に向かって騎士が動き出した。少数精鋭でここまで入り込んできていたらしい。


 私たちが国境を越えると、見目麗しい男性はまた指示を出した。

「結界を戻せ。残った兵は全員捕虜にしろ!」

それまで押され気味だった騎士たちが急に勢いを増し、既に勝ったものと攻め入っていた隣国の騎士たちは、結界が閉じていることに気づいて逃げ惑った。


 私の意識はそこで途切れた。次に目覚めた時は一時期私の部屋だったこともあるあの教会の一室だった。

「あ…」

声が出ない。そばに居た女性が水を飲ませてくれた。母だった。母の目は涙で潤んでいた。


「私のせいでごめんなさい。生きていてくれてありがとう。」

母は私に抱きついた。母も私も涙が止まらなかった。


 消化に良い食べ物を持ってお産婆さんが来た。

「まずは体力を戻そう。こんなに痩せてしまって。」

と言って涙ぐんだ。


 体の調子が戻るにつれ、癒しの力が強くなった気がする。以前のように出産の場で癒しの力を使う事からリハビリが始まった。体に魔力が溜まりすぎるのも良くないそうで、隣国での扱いのせいで、以前より魔力が増えているから気をつけるように言われた。


「ちょっと出かけないか?」

お産婆さんに誘われた。

「分かりました。」

「すっかり他人行儀だな。鐘塔で話そう。」

階段を一段ずつ登る。その間は無言だった。


 お産婆さんは見目麗しい男性の姿に戻った。

「ずっと騙していてすまない。出産の場に全然関係ない男が居るのは難しくて、苦肉の策で変身していたんだ。色々問題があるから言いふらさないでもらいたい。」


「大丈夫です。私も何を言われるか分かりませんから、絶対に言いません。共犯者って思われるに決まってます。」

「そうか。そういうものか。」


「お礼が遅くなってしまいましたが、助けてくださってありがとうございました。」

私は頭を下げた。

「こちらこそ遅くなってしまってすまない。最悪の場合を想定した作戦だったから、進みが遅くて。かなり焦れた。」


「私の家族はどうなりますか?知らなかったとはいえ、敵国の男の家族です。」

「君も君の家族もお咎め無しだ。捕虜として捕まった君の父親が、家族は何も知らない、と証言した。もちろんこちらでも調査はしていて、俺が保証した。君を雇った時からずっと観察対象だったから。」


「最初は父が調査の対象だったんですか?」

「そうだ。その中で君が奇跡を起こしながら生まれた時、君は保護対象になった。聖女で生まれてくれて嬉しかった。」

「それで悪い顔で笑ったんですね。」

私は思わず笑ってしまった。


「まさか父親が君を連れ去って隣国に行くとは思っていなかった。俺の油断のせいだ。本当にすまなかった。隣国の家族を人質に取られていたそうだ。」

「父には隣国に別の家族が居ると言った人が居ました。まさか事実だったとは思いませんでした。」


「そうか。その家族を盾に君を連れてくるよう言われていたようだ。君の父親はこの国と隣国に家族が居たから結界の管理が厳しくなった後も出入りができたようだな。」

「そうですか。父にとって私だけが家族じゃなかったんですよ。きっと。」


「君にはなんと詫びて良いか分からない。君はこれからどうしたい?どんな願いも叶えるよ。」


「今は何も思い付きませんが、もし可能なら、この街から出たいです。」

「そうか。ではひとまず俺の家に来ないか?」

「あなたの?」

「部屋は余ってるから好きに使うと良いよ。」

「分かりました。そうします。」


 私が連れて行かれたのは王城だった。

「ここが俺の家だよ。」

何と言って良いか分からず無言になってしまった。


 王城の侍女が、

「まあまあまあ。」

と言って近づいてきて、あっという間に磨き上げられてしまった。

「俺の兄夫婦を紹介するよ。」

「それってもしかして…」


「あらあらあらあら。やっと会わせてもらったわ。なぜ隠すのよ。可愛くて良い子な上に聖女様なんですって?」

やけに圧の強い人が現れたと思ったら、王妃様だった。


「やめなさい。やっと連れて来たんだから。」

王妃様を嗜めてるってことは王様。

「お初にお目にかかります。王国の太陽、王国の月。お二人にお会いできて光栄です。」

昔お産婆さんがふざけてやっていた挨拶を真似た。違ったらお産婆さんのせい。私は悪くない。


「あらあらあらあら。しっかりした娘じゃない!良いわー。」

「だからやめなさいって。」

王妃様を静かにさせてから、王様は私の方を向いた。


「隣国との争いに巻き込むことになってしまってすまなかった。私が様子を見たばっかりに… 周囲の者の助言通り、さっさと侵攻すればよかった。」

「いえ。親子の問題でもありましたから。」

私がそう言うと王妃様に抱きしめられた。


「ごめんなさいね。本当にごめんなさい。」

王妃様と私は引き剥がされた。

「義姉上は油断も隙もないな。さあ、疲れただろうから部屋へ行こう。」


「部屋?」

「しばらくはここでのんびりすると良いよ。癒しの力の範囲を測らせてもらう。隣国みたいなやり方はしないから安心して。あ、エステって受けたことある?」

気づいたら、私は抱き上げられて運ばれていた。


「まずは足湯からかな。今日はご馳走といきたいところだけど、段々慣らしていこうね。」

その日から三食昼寝付きの生活が始まった。


 私の魔力範囲はかなり拡がっていて、王城の傍に診察所ができていた。範囲外で診察して範囲内に移動して治療するらしい。私の負担にならないように配慮されてはいた。


「本当は自由に暮らしてほしいけど、聖女の力が凄まじいから、今はこの状態が最善だと思う。魔力を放出しながら過ごせるし。もっと元気になったら、いろんな所を旅してみないか?綺麗な場所を観に行こう。もっと食べられるようになったら各地の美味しいものも食べに行こう。」


「ありがとう。私、あなたと一緒に居ても良いの?貴族でも何でもないのよ?」

「今君の人気凄いんだよ?救国の聖女って言われてる。」


 それからしばらくして私は元気になった。以前約束したように、綺麗な景色を観にきた。丘の上に立って海を見下ろす。青と白が入り混じって美しい海。

「初めて海を見たわ。綺麗ね。」

彼は跪いて指輪を見せた。指輪の透明な石が輝いていた。

「僕と結婚してください。」


 あれ?

 その指輪知ってる。見た事がある。なんで?突然人生が巻き戻るような映像が見えて、私は思い出した。

奏太(かなた)!」

莉音(りお)!やった!思い出してくれた!」

奏太は私を抱きしめた。


 あの指輪、奏太と二人で選んだ指輪に似ているんだ。受け取れなかったあの指輪。前世で恋人同士だった私たちは旅行先で事故に巻き込まれた。前世の私の最後の記憶は、眩しい光から守るように私を抱きしめた奏太の姿。


「俺が思い出したのは、莉音がお母さんを癒しながら生まれてきた時だったんだよ。」

「そんな前から?」

「一向に思い出さない莉音を見ていて、このままでも良いかなとも思ってた。聖女で生まれた莉音はきっと無事に生きられる。安心してたら、それが理由で隣国に連れ去られて。あの時は絶望感でいっぱいだったよ。」


「奏太。かなり早く生まれ変わってたの?」

「うん。俺の方が早く死んだのかもな。そんな事よりも、ここどう?前世でプロポーズしようと思ってた場所とよく似た所を探したんだ。」


 奏太はもう一度跪いた。箱を開けて指輪を見せる。

「前より年齢差が開いちゃったけど、今度こそ結婚してください!」

「はい。」

私は頷いた。


 奏太が、私の左手の薬指に指輪をはめた。

「嬉しい。」

奏太が私を抱きしめる。私も強く抱きかえした。


 二人でベンチに座って海を眺める。

「そっか。奏太お医者さんだったもんね。」

「結局あまり変わってないってことかもな。今も変わらず莉音が好きだし。」

「私も好きよ。」


 夕焼けに染まって海が赤く染まる。

「前世で私を護ろうとしてくれた時も、隣国で私を助けてくれた時も、奏太はまさにヒーローだったわ。」

「子どもの頃の夢が一つ叶ったな。」


 それからの私たちは、国中を周って多くの人を癒した。たくさんの人を救いたいという奏太の夢がもう一つ叶った。










 

 


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