スキル『視聴者』の団結
『15年後、この世界を瘴気が覆う。それを祓い世界に再び平穏をもたらす者、それが勇者。勇者は別の世界から召喚される。スキル「視聴者」は勇者の成長を見守るためにある。別の世界でどのように生きているのか、それを見届けよ。』
まさかこの年になって新たなスキルに目覚めるとは、人生とはわからぬものじゃ…。『視聴者』とはいったいなんのことであろう。首をひねる皇太后の手元にいきなり石板が現れた。『そこに映る赤子が勇者だ。その石板に触れ勇者の様子を見る、それが視聴者だ。視聴者のそばにいる者も見ることができる。』・・・ふむ。勇者の生活を見られるスキルか。この赤子が15歳になったらこちらに召喚されるということか。…それにしてもなんと愛らしい赤子じゃ。声も聞こえるようだな。「イナイイナイバア」ほう、手で顔を隠してみせるのか。このようなあやしかたがあるのじゃな。我が子にそのようなことをしたことはなかったのう。乳母も我が子を笑わせていたのであろうか。「ヨウチャン」なるほど、この赤子はヨウチャンという名であるか。ヨウチャンヨウチャン。赤子とはすごいものじゃ。つい微笑んでしまうのう。それにしても瘴気が覆うとはどういうことか?調べさせねば。
はてさて『視聴者』とは。勇者が召喚される。召喚魔法とは禁忌ではなかったか?それほどの危機だということか。召喚するのは聖国であろうか。要調査。…しかしこれは見入ってしまいますね。予定が詰まっているというのに時間を忘れてしまう。ヨウチャンの笑い声で疲れが癒えるようです。
これはいったいどうなってやがる。これは魔法の石板か?壊して調べる…わけにはいかねえか。それにしても、ヨウチャンの頭の上で回っているやつ、あれはどうなってんだ?回るたびにヨウチャンは大喜びだ。きっと別世界ってところにゃこっちには無いいろんなもんがあるんじゃないか。生産者組合の奴らにも見せてえな。ヨウチャンは赤ん坊とはいえちょっとそこらにはいないような美形だ。きっとみんなデレデレしちまうな。
うわぁびっくりした!しょうきってなんだろう?っていうか、ヨウチャンかわいい。うちの弟も赤ちゃんのときはかわいかった。いまは生意気でケンカばっかりだけど。でも弟よりヨウチャンの方がずっときれいな顔。お布団だってふかふかじゃない?貴族様なのかな。ヨウチャンのママ?が食べてるケーキ?すっごくおいしそう。お父さんつくってくれないかな。おとーさーん、これ見てー!!
召喚だと?どういうことだ?瘴気に覆われる?冒険者たちに調べさせるか。15年後にいきなり瘴気が、なんてことはないだろう。人の立ち寄らない森だとか洞窟の奥とか。気づきにくいところから広がるんじゃないか?しかしかわいい赤ん坊だな。やっぱり勇者ってのは見栄えも大事なんだろうな。今度のギルド長の集まりで見せてやるか。俺1人で見るのはもったいないぜ。
国の上層にいる『視聴者』の働きかけで国同士の連携は強化され混乱の芽は出る前に摘み取られた。会議では5歳になったヨウチャンを皆で和やかに見守る。「赤子のときもかわいらしかったが、近頃では凛々しさもあるのう。」「いかにもさようですね。しかし先日のように駄々をこねるところなどまだまだ子ども、健やかに育っているようでなによりです。」「そのとおりじゃ。ヨウチエンで他の子どもと遊んでおるときなどなんと楽しそうなことか。それにしても群を抜く美形よの。」「おっしゃるとおりですね。さすがは勇者。ところで、このヨウチエンや兄の通うショウガッコウですか?この仕組みは取り入れてみたいですね。小さいうちに読み書きに加え簡単な計算までできるようになるとは。」「まったくじゃ。貴族というわけでもなさそうだしのう。平民も知識を身につけるとはたいしたものじゃ。」「こちらにも活かせそうなことは試してみましょうか。」
生産者たちはヨウチャンの周りの様々なものに驚いた。家の造り。赤ちゃんのおもちゃ。哺乳瓶。服。電化製品。車に電車。毎日毎日、試行錯誤が続けられた。「俺たちのかわいいヨウチャンがこっちにきて困らないようにしてやらねえと!」「俺たちの、ってなんだい!アタシたちのヨウチャンのために頑張るよ!!」料理人たちもヨウチャンの日々の食卓からヒントを得ている。衛生観念も浸透してきたようだ。「ヨウチャンに美味しいもん食べさせてやりたいからな。」「こっちの世界も負けてないって教えてやらねえと。」生活文化は確実に向上した。
冒険者たちは世界の隅々まで回った。淀んだ池は浄化する。不作に苦しむ村には援助をし生活を立て直す手伝いをする。瘴気とは妬みや恨みなど陰の心持ちから生まれる、とのことだ。「元々オレたちの世界の問題だ。できることはやらねえと!」「ヨウチャンだけに面倒かけられないわ。」冒険者たちの強さも質もあがった。
14年経った。ヨウチャンは反抗期だ。「うるせえ!」お母さんに怒鳴る。けれどその後、自分の部屋で「お母さんごめん…」などと呟いている。『視聴者』たちはそれぞれ自分のことを振り返る。
「母上に声をあげるなど…あまり話したことすらなかったのう。我が子とももっと話すのであった。皇太后と国王という立場でしか話すことがないというのも残念なことじゃ。いまさら遅いがの。」
「貧しい村を飛び出して冒険者になっちまった。知らせたくても字も書けなくて、ようやく会いに行けたときにゃすっかり年取って小さくなって。」「みんな同じようなもんさ。ショウガッコウがうまくいけば自分の無事を伝えやすくなる。」
「あんたもついこの間までヨウチャンみたいだったね。」「もう、恥ずかしいから言わないで!…ヨウチャンの母さんもわかってくれてるのかなあ」「大丈夫、きっとわかってるさ。」
ついに15年。世界は瘴気に覆われることなく、それどころか国家間から庶民の暮らしに至るまで、いままでにない安定をみせている。勇者召喚の必要が無くなったのだ。「ヨウチャンがこちらの世界で困らないように」とやってきたことで「ヨウチャンはむこうの世界でそのまま幸せに暮らせる」ようになったのだ。『視聴者』たちはヨウチャンが大好きだ。もちろん会いたい。しかしヨウチャンの家族がどれだけの愛情をヨウチャンにそそいできたか、ヨウチャンが家族にどれだけの愛情をもっているか、そのことを知り尽くしているのも『視聴者』たちだ。この世界の民たちは勇者を召喚しないことを選んだ。
ヨウチャン…陽太は幼い頃から誰かに見守られていることに気づいていた。陽太が楽しいときは誰かも楽しそうだったし、陽太が悲しんでいれば慰めてくれているような気がした。それはおばあさんの声だったり男の子の声だったり。
でもいつも支えられていた。それは陽太が大人になったいまでもかわらずに続いている。






