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42、自主独立における具体と抽象

  1、具体的確認の挫折


 具体とははっきり実験観察されていることで、抽象とはまだ実験観察されていないことから推測することである。社会秩序は、この二つを組み合わせて構築される。

 私は、幼少の頃から、自主独立の精神を重んじ、みずから具体的根拠を維持でも確認してことを成し遂げることを目指してきた。具体は科学精神の現れである。みずから具体的根拠を確かめるために、教師のあいまいさを問い詰め、万物をみずから再確認しようとした。しかし、その試みは人生を通しては失敗してしまった。若い頃は、具体を求める渇望に成功の原因の手応えを感じ取っていたものの、長く生きるうちに、具体を確認することを拒まれ、具体を確認することがとても贅沢な行為であることを思い知らされた。人生で具体を確認できなかったことは、徐々に、確実に増えていった。そして、ついには、何事も具体的根拠を確認して実行しなければならないという信念をやめるように社会的圧力に屈服させられた。具体的根拠を確認できないことは屈辱である。なぜ、具体的根拠を市民は知ることができないのか、その理由について考察する。


  2、遵法は抽象判断である


 具体的根拠による判断が常に望ましいが、それが行われない場合がある。例えば、法律に従う場合である。市民が具体的経験に乏しい事象、市民には深い理解の難しい事象、万が一にもまちがえるわけにはいかない事象については、法律が用意される。法律に従うことは、常に市民の義務である。

 自主独立の精神を重視する近代人権思想において、自分で根拠を探し、自分で目的を設定し、自分で考え、自分で実行することは望ましい生き方である。しかし、そのような個人の判断基準にも限界があり、それを補うために法律が用意される。法律は他人の考えたものであり、市民にとっては、抽象的思考ということになる。しかし、抽象的思考であっても、法律に従うことは市民の義務である。

 法律がまちがっている場合は、手順を踏んで、立法機関により法律を修正する。

 市民は、自分で法律について考え、施行されている法律と同じようにするべきだと個人の判断力で至った場合は、積極的にその法律を守る。しかし、すべての法律の根拠を個人で判断することは不可能であり、法律に従うことは抽象的判断となる。


  3、司法の実行力


 法律には、従わない市民が存在する。非合法の市民すべてを取り締まることはできない。法律は、警察の実行力の範囲でしか実行されない。例えば、二十一世紀初頭の我が国において、傘泥棒は取り締まられない。

 法律は、司法の実行力を準備して施行されるのである。司法の実行力の足りない法律は、市民の善意によって実行されるが、悪意ある市民の非合法活動は、善意の市民を押しのけ、非合法活動に利益をもたらす。

 司法の実行力は、その国家の実力だといえる。市民がどれだけ合法活動を行い、非合法活動を避けるかは、その国家の市民の選択である。法律は、国家が公正に幸せになるように作られていて、非合法活動で幸せになることは公正な国家の破綻を目指す行為である。


  4、具体概念を隠す四つの原因


 市民は、具体的に判断して行動すべきである。しかし、社会秩序における判断根拠の具体をジャマする場合がある。少なくても、五種類の具体的根拠の隠蔽原因が存在する。

 ひとつ。悪人の犯罪行為をジャマするために、具体を隠す場合である。悪人にとって、具体的事実を確認することは、犯罪行為の成功のきっかけであり、司法などの国家は、悪人の発生をさまたげるために、市民から具体的判断材料を奪う。これは、国家の統治の技であり、具体的判断材料を奪われた市民は、抽象論に従い、社会通念と呼ばれるものなどを参考に、確信も自己決定権も持てないまま、行動しなければならなくなる。

 ふたつ。市民の怠惰により、具体がわからない場合である。具体的事実を理解するのに、書物一冊を読み理解する必要があるとする。市民のたいていは、一ページの要約しか読まないため、具体的根拠を理解できない。この場合、市民は具体を離れ、抽象的判断により、行動せざるをえない。

 みっつ。専門家の利益のための隠蔽により、具体がわからない場合である。具体的事実を確認するのに、二十年かけた実験を行う必要があったとか、乱雑な数百冊の書物を整理する必要があったとか、専門家の独創性が数億人に一人の貴重なものであるとか、そういう場合、具体的根拠は、専門家しか知らない。専門家は、自分たちの利益のために、具体的根拠を非公開にする。専門家は、それを公開すれば社会が暮らしやすくなるとしても、決して、具体的根拠を公開しない。専門家は、その具体的根拠を調べることが仕事であったので、仕事をすることが優先される。このような専門知識はたくさん存在して、市民の具体的思考をさまたげる。専門家が何らかの条件により、隠蔽していた専門知識を公開した場合、社会は暮らしやすくなる場合がある。

 よっつ。未知なる事象であるために、具体がわからない場合である。人類にとって、未知である事象については、具体的判断をすることができない。二十一世紀初頭において、量子力学、時間概念、空間概念などや、動物言語、植物言語などである。この場合、大衆は、正解を知らず、抽象的思考によって宇宙の真理について考えるものである。これらの抽象的思考は、とても哲学的で、面白いものであるが、具体を踏まえた思考とはいいづらい。

 さらに、社会科学の未知なる事象についても、わからないことはたくさんあり、市民は具体を知らず、抽象的判断によって行動している。

 このように、近代人権思想の普及した現代においても、自主独立の精神を持っていても、なかなか社会を具体的判断だけで生きることは難しい。実に多くの抽象的判断が実行されているのである。これで良いのか。しかし、上述した理由から、市民は抽象的思考を行わなければならないものなのである。それゆえに、市民は抽象的思考のコツを考え出し、抽象的思考のコツを使って、なんとかこの困難な現代社会を生きていくのである。


  5、文明の崩壊


 自分ですべての具体的根拠を確認しようとする過激派は、文明を崩壊させる危険がある。その過激派の個人的判断基準がまちがっていたら、再構築された文明が歪むからである。


参考文献:ハイエク全集[Ⅱ―4]哲学論集


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