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34、機械超新星爆発(マシンノヴァ)

 恒星船はひとつの企業だ。社長命令には従わなければならない。

 しかし、わからないのは、この恒星船には、客がどこにいるのかってことだ。おれは社内命令に納得がいかなかったら、いつでも、客になってやろうと思っている。

 客だ。恒星船の客。この何を売っているのかわからない巨大企業構造物の中で、社員と客のどちらが幸せになれるか確かめてみるんだ。

「故郷にいる星間企業が、うちらの観測記録を買っている。うちらは、観測記録を売る会社なんだよ。わかる? わかるかな?」

 同僚のヨシバがうるさい。観測記録なんて見たことはないし、それを取引しているのを見たことはもっとない。

「資本主義は、まちがった理念によって産み出されたが、企業を維持するという集団規律を産み出した。我々の恒星船は、資本主義の成れの果てだ」

 わからない。

「それってさあ、うちらの恒星船が観測記録を数百年間、取引したことがなくても成立するものなの?」

「する」

 ヨシバはいう。自分たちの置かれている社会構造に疑問を持たなくてはダメだな、きみたち。それでなければ、優れた革命戦士にはなれないよ。

「おれは知っているぞ。この恒星船は、デカすぎて、どこに向かって動いているのかわからないんだよ。うちらの船員はくるくるぱーだからさ。どこにどれだけの速さで動いているのかわからないんだよ。こんなデカい宇宙船なのに、誰もそれを確かめられない」

 少年と少女がおれのことばに耳を傾けた。

「星を観測すれば、わかるんじゃないんですか」

「さあ、やってみたことはないねえ」

 そんな知性で恒星船をみんなで動かしているのだから、とんだおバカ企業だというわけだ。

「きみたち、できる? 星を観測して、この恒星船がどこからどこへどのくらいの速さで動いているのか確かめること」

「無理だあ」

「だよね」

「誰か、確かめようと挑戦しているんだよね」

「さあ、聞いたことないね」

 知性の失われた大人たちが動かす恒星船で生まれて育った子供たちの不幸をかみしめる。おれだってそうだったのさ。納得いかなかったら、客になってやる。会社を辞めるんだ。給料がなくなって、社宅を追い出されても、生きていってやるさあ。すべての商品がID管理された社会の中で、秩序に反抗して生きていくんだ。そして、恒星船を探検するんだ。

 恒星と同じくらい大きな機械構造物が、真っ暗な宇宙をどこからかどこからへ動いている。この恒星船の物体は、相当に大きな質量でできているから、建造するのに相当に大きな星を削ったはずだ。

 星を削って宇宙船を作ったくらいの技術者たちはどこにいったんだ。それから数世代が経っている。技術者たちはみんな寿命を迎えたはずだ。残った恒星船には、宇宙船がどこをどちらに向かって動いているのか確かめる知性もないやつらの反復生産活動にゆだねられた。生きていくことのできる食料と生活物資を作り、退屈しないように娯楽を生産する。

「ぼくら、大人に教えてもらえないんで、困っているんだ。恒星船のことを」

「何がだい?」

「恒星船のことだよ。ここは球体の表層だよね。だから、星が見える。球体の内部に行ったら、星も見えなくなる。ここが恒星船だってわからなくなるんじゃないかなって」

「それはいいところに気が付いた。恒星船の内部のやつらは、これが恒星船だって忘れちまったのかもしない」

「ねえ、時々、地震があるよね。この船、大丈夫なの?」

 少女がいう。

「大きな球体があれば地震は起きるものなんだよ。恒星船ってのは生き物なんだ。生きた人工物なんだ」

「この船の中心は、居住区になっている。でも、恒星船が地震をくり返すうちに、中心に物体が凝縮していく。この船は、中心に向かって壊れていっているんだよ」

 少女がいう。頭がいいな、この女の子。

「まだ、核融合反応は起きていないはずだ」

「恒星船の設計がおかしかったとしたらどうするの。何世代もかけて、私たち、宇宙で死を迎えつつあるんだよ」

「中心の居住区は、壊れて押しつぶれているだろうな。しかし、この恒星船の上層部は、頭がおかしくてよお。毎日の飯が食えて、温かいベッドで眠れれば、反乱は起きないって考えている連中だからな」

 少年は少女を連れて走っていく。材料はたくさんある。解決が不可能なわけではないはずだ。この恒星船に生まれて、ただでくたばってたまるか。みんな、そう思う。大人になったおれですら、そう思う。

 ああ、そうだ。教えておくんだったな。この恒星船は、星の観測記録を売っているだけでなく、恒星船の社会性判断のデータも売っているんだ。

 自分たちの宇宙船が滅びかけているのに、どのように対応して滅亡を回避するか、その社会性判断のデータを売っている。あの少女は地震に気付いた。少年は星の観測を気にしている。おれは、恒星船の客になりたがっている。ヨシバは、恒星船の温度の分布を調べている。みんな、何もしていないわけではないんだ。そういう社会性判断のデータを恒星船の営業部が誰かに売っている。

 恒星船が宇宙の中をかっ飛んで行く。

 おれは不思議なんだ。星の観測記録だろうと、社員の社会性判断のデータだろうと、数百年間、取引していない企業が本当は何をしているのか。

 恒星を所有するほどに裕福な企業の宇宙船だ。恒星船を所有しているってことは、そういう言い方もできる。

 プラズマの集合体の恒星と、人工物の機械の恒星、どちらが早く死ぬんだろう。

 この恒星船では、何をするにも機械知性のネットワークに接続しなければならない。機械知性のネットワークは、暗い場所を探して灯りを灯し、寒い場所を探して空調を整え、困った人を見つけてはネットワークに接続する。

「まさか、この恒星船、機械に考えさせて、人が考えることをやめてしまったのか」

 おれは気が付いて、頭を抱えた。そうだ。そういうことなんだ。この恒星船では、難しいことは機械しか考えていないんだ。人類は、難しいことを考えるのをやめてしまったんだ。宇宙の中で、恒星一個分の資源を持って、考えることをやめたんだ。

 なんて、つまんねえんだ、我が故郷。おれはあきれたね。


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