22、幻想性と史実性
宗教って、幻想的な実話をもとにした思想体系のことなのだろうか。
実話のはずの歴史書に幻想的な内容があり、その意味をめぐって、それをどう解釈するかの思想を書き連ねた人類の文化傾向を宗教というのだろうか。
たまたま、人類は、歴史書を文明の中枢に置いた。それは、事実の記録は歴史だったからである。文明の根拠は歴史だった。
人類の歴史書は、
史実的な歴史書を幻想的に解釈したり、
幻想的な歴史書を史実的に解釈しようとしたりして、
それが宗教となった。
これが人類に特有のことなのか、それとも、非人類の動物でも発生することなのかが疑問だ。事実の記録には誤謬が混ざるものなので、おそらく、動物の歴史書も幻想が混ざっていて、宗教となっているのだろう。
その1・ネズミの宗教
ネズミは、木の種を数える歴史書を作った。
始めに数え切れない数の木の種の記録があり、その帳簿板の数字傷によって世界の始まりが記された。
だから、ネズミは、世界は無限から始まったと考えた。帳簿板が神の奇跡の記であり、世界が創造された記だった。無限の木の種から世界は作られ、それを食べつづけてネズミの歴史があった。帳簿板を見れば、最初の帳簿板が無限の木の種の記録から始まっている。だから、世界は無限の木の種から始まった。それがネズミの宗教となり、世界の歴史となった。
ネズミは、万物は木の種から生まれ、木の種から作られると考えた。それで何の矛盾もなかった。
ネズミは、いつ再び無限の木の種が出現するかを話し合った。無限の木の種は、幻想的な期待であり、奇跡だった。
ネズミには、万物の創造主としての神という概念はなかった。万物は、無限の木の種から生まれた。無限の木の種を作ったのは無限の木だった。ネズミは、木の種が美味しいことから、自分たちが祝福された存在であると考えた。
ネズミは死後のことは考えなかった。
世界はやがて、木が枯れて終わってしまう。
それがネズミの宗教だった。
これが記録された非人類の宗教のひとつである。現実の記録の誤謬を幻想としてとらえて、実話であり幻想である宗教を自分たちの世界観の中心に置いて考えていた。
その2・イカの宗教
イカは、墨を吐いてエサ場の地図という歴史書を作った。
水中に描かれる墨絵は、数時間で消えてしまうため、歴史家のイカが数時間ごとに歴史書の墨絵を修復しつづけた。
イカは、エサ場の歴史書によって、効率よくエサを食べられるようになり、また、世界がどのように変化するのかを知った。イカたちは、エサ場の地図を修復しつづける歴史家がとてつもなく大きな知恵を生む大切なものであることに気付いて、エサ場の墨絵の歴史書を大事に修復しつづけた。
世界は、最初のエサ場の地図から始まった。ある場所に最初のエサ場があった。それは地形を確かめるための重要な基点であり、守るべき聖地になった。地図の描きやすい海域を好んでイカが移動し始め、地図の修復をするイカたちを中心に文明が作られた。
イカは、地図から世界を知った。地図が作られると行動の効率があがる。エサ場だろうとエサ場でなかろうと、作れる限りの地形の地図を作った。そして、世界が地形を作っていることを知り、海流の流れを知り、その速さや方向を歴史書として記録した。
世界は、最初のエサ場は、最初の墨絵が描かれた時にすでにそこにあった。墨絵の描かれなかった場所はいつ存在したのか。
歴史家は、イカは最初のエサ場で知恵に目覚め、混沌である外界に向かって探索を始めたとした。
歴史書はちゃんと最初のエサ場を保存しているのか。疑問を指摘するイカはどの世代でも現れた。記録に残されている最初の指摘者は<懐疑主義者エンカ―>だとされる。歴史家の墨絵の修復が間に合わず、最初のエサ場の地図は失われたと主張した。イカの歴史家は、歴史書は混沌にかき消され、新しく構築されつづけると主張した。
知恵は、混沌にかき消されつづける墨絵の修復によって生まれる。それがイカの宗教だ。最初のエサ場の墨絵の地図が残っていると、歴史家は主張しつづけた。これが記録された非人類の宗教の二つ目である。最初のエサ場の墨絵が残されていることが、イカの歴史書の幻想概念となり、これがイカの宗教となった。イカたちは、最初のエサ場と地図に記録されている場所が本当に記録された最初のエサ場だと信じているのだ。
その3・蚊の宗教
蚊は、美味しい人類のいる血の匂いを、その血を手足でいじって伝えて歴史書を作った。
血の匂いが歴史書だ。
血の匂いを伝えることが、美味しい人類がいる場所を伝えることであり、蚊の利益であり、蚊の娯楽だった。
蚊は、血の匂いを吐いて、手足でいじって匂いを調整した。美味しい人類のいる地図を匂いで伝えた。その匂いは世界地図になっている。美味しい人類がいる地域が蚊の手足でいじって調整した匂いで伝わる。
どこにどんな美味しい人類がいるか。その誤謬が蚊の歴史家の幻想性となって、蚊の史実に幻想性を加味した。ありえないほど美味しい人類の位置を示す血の匂い。ありえないほど怖い人類の位置を示す血の匂い。蚊の娯楽において誤謬となって伝わった幻想人類が蚊の歴史書に現れた。
天使のような人類。悪魔のような人類。それらの存在を示す血の匂いは、蚊の歴史書に登場する幻想概念だ。蚊たちは話し合う。果たして、そのような人類が一度でも本当に実在したのかどうかってね。
これが記録された非人類の宗教の三つ目だ。幻想性をもった人類を意味する血の匂いが蚊の宗教なのだ。蚊たちは、この歴史書に現れる幻想人類が実在するのかどうか、この歴史書が史実なのかどうか、この歴史書の通りに世界が幻想的なのかどうかについて考え、話し合うのだ。




