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17、地底からの留学

 火山が噴火してマグマが噴出して、地底生物が地上にやってきた。

 地底生物が地上に来てすぐに見たのは、

「おまえは何をしに来たのか」

 という人類の学問所の石碑だった。

 地上に来ることは学問をするためである、と地底生物は思い立ち、そのことを仲間に伝えた。

 私は何をしに地上へ来たのだ。地底生物は考える。それは、旅であり、探検であり、仕事であり、狩猟であり、探求であった。地上の学問は何を教えてくれるのか。地底生物は考えた。

 私が地上へ来たのは、ただの漂流であり、運命の偶然である、と地底生物は考えた。それが本当であろうか。地底生物は熟考する。

 地底生物はなぜ地上に漂流するのか。それは、大地の対流に逆らえないためである。地上の学者はこの設問の答えを知っているのだろうか。知っているなら、教えを乞いたいものだ。

 学問所で、地底生物は人類の学徒と一緒に考えた。なぜ、我々はここに来たのだろうか。ここが学問の修行場であることを知らずに、どちらもここへやって来たのだ。だから、なおさらわからない。我々はなぜここに来たのだ。なぜ、我々が訪れる場所に学問のきっかけが待っているのだろうか。何物が我々の学問を誘導しているのか。我々の学問を誘導するものは、学問の答えを知っているのだろうか。それとも、知らずに、ただ探求姿勢を促しているだけなのだろうか。学問を誘導しているものは、ただ、学者に考えさせてその発想を盗みたいだけなのかもしれない。学問の利益は考えた者が守らなければならない。

 我々はなぜここに来たのか。我々の学問を誘導するものは、遥か太古に存在したものなのだろうか。それとも、我々と同時代に生きて、我々の思考の少し先をゆき我々を誘導しているだけのものなのだろうか。もし、学問を誘導するものが同時代の生物だというなら、どのようにして、地上の学問所に地底生物がやってくることを予期したのか。火山の噴火に備えて、このような石碑を建てて待ち構えるほど、地上の生物は狡猾なのだろうか。

 地底生物は考える。我々は何をしにここまで来たのだろうか。地底生物の漂流を操る存在に想いをめぐらす。人類にはそれは無理だ。人類はそのような技術は持っていない。人類の学者は、非人類の知性体の中に、地底生物の漂流を操る存在を発見しているのだろうか。それはどこまで賢い生物なのか。

 私は何をしに来たのか。地上に師を探しに来たのだろうか。地上に師がいるのだろうか。

 地上ではどんなことが教えられているのだろうか。それを知りたい。地底生物は、地上の学問に興味を持ち、地上の学問の翻訳を始めた。むさぼるように読んで、見て、体験して、そして、それを地底言語に翻訳した。巨大な地底図書館が造られ、地上の学問を地底に伝えた。私が地上に来た理由を発見しなければならない。私が地上にたどりつくに足りる理由が地上の学問に見つかるだろうか。地底生物は地上の万学を踏査して、それを詳細に検討した。あまりにも激しい地底への理解の欠如がその学問のおおよそであった。地底生物はその理由を考えた。

 私は、地上の生物が地底のことをほとんど知らないことを発見するために地上に来たのではないだろうか。他者の無関心を発見するために、私は地上に来たのだろうか。いや、待て、そう決めるのは早すぎる。地上の学問に伝えられているのは愛である。地上の学問は、他者の無関心の中から愛を発見することをいいたいのだ。私が地上に来た理由を発見するには、他者の無関心だけでは不足である。地上の無関心の中から愛を発見するところまでして、初めて、地上の学問を習得したことになるのだ。誰が私を探しているのだろうか。誰が私を待っているのだろうか。

 地底を愛するものをどう探したらよいのだろうか。そのために私はここに来たのだ。人類の精神の主流派では地底生物を愛するには足らない。人類の精神の主流派を探していても、地底生物への愛は見つからないだろう。探すべきは異端。人類の異端の中に、地底生物を愛するものが見つかるだろうか。私が触れれば、焼け落ちてしまう人類の体。その体の中に私を愛するものがいるだろうか。地底への愛のために死んでみるぐらいの犠牲的愛情を持つものでなければ、それは見つからないだろう。子をなすことと同一視される他者への協力精神を人類は愛と呼んでいる。地底生物と人類では子は作れないので、協力精神を湧き上がらせるには、地底への愛が必要である。そのような倒錯した人類がいるだろうか。

 私はなぜ、人類の倒錯者の中に愛を探すのだろうか。わからなくなってきた。私はなぜ地上へやってきたのか。地上で我々が訪れる場所に学問のきっかけを作って待ち構えているものは何物なのか。「おまえはここへ何をしに来たのか」の石碑ひとつで、私が地上の人類の異端の中に倒錯者を探すところまで、それを作ったものは予測していたであろう。おそろしく高度な知的営みだ。それを体験したのは、地上へ漂流しただけの価値がある。私は私の学問に満足している。後は、地上で私への愛を探すだけだ。

 地底への無理解があふれる地上で、私は愛を求めて探し歩いた。学問所の同輩たちは、私のことを少しずつ理解し始めていて、最近、地底からの留学生が増えていることを喜んでいた。地底生物のための宿泊所を建設してくれている。地底生物たちは、地上に学問をしに来ている。学問の目的はただひとつ「おまえはここへ何をしに来たのか」の答えを知ることだけである。

 まだ、地上で愛は見つからない。大地よ、どうか、私を見捨てないでくれ。愛にたどり着くことなく、力尽きてしまうであろう私への慰みに適うものを与えてくれ。地上で熱いマグマを発見した夢を見た。地上で温度を維持する怪奇現象だった。その夢が現実なのか幻なのかわからない。

 地底へ、地底へ帰ろう。私の力が尽き始めている。私はここへ何をしに来たのか。その答えにたどり着くことなく、地底へ帰って行くことを許してくれ。私の学問は道半ばで終わってしまった。地上へ漂流したことから始まった学問であったが、有意義なものだった。学問の仲間も増えた。地底からやってきた生物は何度もあの石碑を見るだろう。そのたびに何を考えるのだろうか。

 これが私の留学記である。


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