7.祖先-2
ご先祖様の話は続く
翌朝。いつもより早く目覚め天井を見つめながら、昨日聞いた環の話を思い出していた。環…いや鬼達が俺に接触した理由は人の子種が欲しいからだ。
基本 人が張った結界を獣人や妖は通る事は出来ない。しかし人に悪意を持っていなければ獣人であろうと妖であろうと通れる。昔から友好的な者は人界に渡り、人と交流を持ち 異類婚姻譚をした者もいる。だが人界の資源と住処を広げたい妖は人界の結界が疎ましかった。人界を侵略する気満々の妖が結界を通れる訳も無く、そこで俺に目をつけたわけだ。
俺は人界でも神力が強く自慢じゃ無いが俺より強い者は…いやいるなぁ。それは妻の雅だ。混血の者は結界の制限を受けない。恐らく獣人も妖と同じ目的で雅を攫ったのだろう。
昔から獣人と妖の欲深さに辟易していた。獣界で最も力のあるのは虎人で、次期当主は男で適齢期のはずだ。そして妖で一番強いのが鬼で現当主の子が環だ。目的が明確になり他の男が妻に触れると思うだけで怒りが込み上げる。連れ去られ約1か月。妻の力なら獣人如きに負けるわけない。しかし…
『今の雅は身ごもで体調も万全ではない。雅が穢される前に出来るだけ早く助けに行きたい』
こうして日が昇るまで床の中で獣界に渡る為にシュミレーションを何度もし、いつもの時間に起床し朝食の席に向かうといつも通り過ごす。食事を済ますとお茶を飲みながら環が
「準備は出来ました。この後直ぐに獣界の境にお連れ致します」
「貴女も一緒か?」
「勿論ですわ」
そう言い微笑むが魂胆を知った今、環の微笑みは不気味にしか感じない。ここで一芝居を打ち…
「ここまで良くしてもらったのに大変失礼なのは分かっていますが、境界に向かうのは貴女だけにしてもらいたい」
そう言うと環のお付きの物が無礼だと声を荒げると、環が手で部下を制し眉を顰めてたが少し考えて
「聖がしたいようにすればいい。しかし私の立場上護衛は必要。だから離れて待機させるが、それでいいか?」
これ以上は無理と判断し了承する。こうして直ぐに境界に向かった。
2時間ほどかかり例の場所に着く。環の言った通りここの結界は緩んでいて弱い妖力でも破れてしまいそうだ。俺は環の行動を注視しタイミングは計る。すると環は懐から
「これは体臭を一時的消す薬。我ら妖が獣人を相手にするときに使う物。獣人どもは鼻が利く故使うといい」
環の手の平には黒色の小瓶がある。昨日話していた媚薬だろ。
『媚薬だ。ここで出すか…』
中々受け取らない俺に苛立ち顔が歪む環。そして俺は媚薬を手に取り結界に反対の手を翳し結界を破る。そして…
「今まで世話になった。しかし俺の番は雅だけだ。お前の様な女を抱く気はない。これで他の鬼か妖に相手をしてもらえ」
「なっ!きゃぁ!」
俺は小瓶を環に投げつけた。小瓶は環に当たり地面に落ち割れ媚薬が床にこぼれ出す。すると悲鳴を上げ環はその場なら走り去った。俺は直ぐに開けた結界から獣界入り直ぐに結界を張り直す。妖界側は騒がしいが無視し協力者からもらった獣界の地図を広げ位置を確認する。
『ここから一番近い街には夕刻には着くだろう』
とりあえず雅の情報を得る為に獣人が沢山集まる場所に移動する。バレない様に辺りを警戒しフードを目深に被り人目を避けて森の中を進む。先ほど環が言った様に獣人は鼻が利きこのままだと直ぐに見つかってしまう。
「準備して置いてよかった」
昔から人界に生息する"シビル"という花がある。この花は人の体臭を消してくれ、神官や巫女が結界張る時に身に着けるものだ。乾燥させたシビルの花びらが入った巾着袋を直ぐに首にかけ森の中を走る。急ぎたいのに獣人が意外に多く、避けて進む為に中々前に進めない。
そして目的の街に近づいた時に獣人の会話が耳に入る。
「親方様はそろそろですかね?」
「明日の昼にこちらに来るそうだ。しかし親方様らしくない。早く人の女子をまぐわい服従させればいいのに」
「まさか、女子に情が湧いたのではあるまいな」
『!』
雅がこの街に明日来る。それより親方様とは誰だ?そして情が湧いた?
はっきりしない情報に苛立ちながら身をひそめる。そして日が暮れ出し街の広場から獣人がいなくなり、これ以上の情報を得れなかった俺は街の外れの空家の納戸に潜み夜を明かす。
どうやら"親方様"とは獣界の頂点の寅人族の長らしく、明日雅を連れてこの街にくる。
この街は妖界と人界に近く、人界が源流の大きな川があり獣界も妖界その水の恩恵を受けて栄えている。まだ何故ここに来るのかまではつかめなかったが…
「雅が来る…1か月近く離れ心配でならない。お腹の子は無事だろうか。まだ目立っておらず獣人にはバレていない様だ。早く助け出さないと」
そして髪を結っていた組みひもを解き手に取る。夫婦になる時に雅がくれ雅が念を込めながら編んだもので、握ると雅の香りがする。妻の香りに癒されながら夜を明かした。
そして翌朝。日が昇る前に広場近くの一番大きな木に登り情報収集をしていた。日が昇ると四方から獣人が集まり何かを始めた。どうやら長を迎える準備をしている様だ。
妖に比べ陽気な気質の獣人は作業しながら色々話をしている。大半は噂話や愚痴だが…
「聞いたか?攫った人の巫女は力が強く、親方様でも手を出せないそうだ」
「凄いなその女は!それにしても何故こんな外れの街に来るんだ?」
「あぁ…それな!村長に聞いた話だが、この聖流の元で契りを交わしその巫女と祝言を上げるそうだ」
『うっ!』
とんでもない話に思わず声を上げてしまいそうになる。木の下で楽しいそうに噂話する獣人達は巫女が長の伴侶になり子を宿せは、その子が結界を破れ人界に進出できると楽しそうい話している。
どうやら今回の誘拐は獣人・妖共に神力のある者の血を引く子を求め起こした事件だった。
さっき獣人達が話していた聖流とは人界から流れる川の事で人界ではありふれた普通の川だ。しかし他に水源を持たない獣人達は聖域として大切にしている。この川は水量も多く水は透き通り飲み水や農作物の栽培にもいかされ、妖界・獣界の命の水とされている。昨日から獣人達の話からこの川が流れ人界との境のこの街は獣界では重要な街とし年に数回王都から長が来る様だ。そして獣人達は水の恵みを受けれるように婚姻や出産はこの街で挙げる。
『だから今日くる長と雅が婚姻すると思っているのか』
状況が少しずつ分かって来たら、自警団だろうか帯剣した狼人達が街の中心に集まりだした。どうやら長が近くまで来ているようだ。そして懐から紙を1枚取り出して折り念を込める。すると紙は小鳥に姿を変え肩にとまる。
『雅に俺が来たと知らせて来い』
小鳥は飛び立ち街の反対側へ向かった。これで俺がここに居る事を雅は知るだろ。
『俺と雅が協力すれば獣人の目を眩まし、結界まで逃げれるはずだ』
こうして木伝いに辺の地形を確認し、もう1匹式神を作り人界に控える仲間に伝達を出す。
『後は雅の到着を待つのみだ』
胸元から雅の組紐を取り出し髪を結い気合を入れ広場を注視する。広場はどんどん獣人が増えまるで祭りの様だ。そして鈴の音が鳴り響き遠くに車が見えて来た。
「雅!」
車には真っ白な着物を着た雅と大柄な寅人が男がいる。男は雅の腰を抱き寄せずっと雅を見つめている。雅は式神を確認したようで、きょろきょろと辺りを見渡し俺を探している。
妻の姿を見て飛び出しそうになる自分を必死に抑え、その時を待っていた。
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