21.変えたい
久しぶりのバイト。楽しいような…怖いような…
久しぶりのバイトは楽しく勤め最後のパレードを終え控室に戻ってきた。控室には鬼オーナーからの差し入れがテーブル一杯に置かれている。とりあえず水川さんに手伝ってもらい着替えとシャワーを済ませた。
そして差し入れに手を付けたところで隼人が来た。ゆるキャラの付添いは案外さまになっていて、子供にやさしく接する隼人の意外な一面が見てとれたのに、私の前では相変らず仏頂面の隼人はテーブル一杯のお菓子と飲み物を見て溜息を吐き
「帰るぞ」
「えっと…鬼オーナーが話があるらしくて…」
「応じる必要はない。荷物を持て」
おばあちゃんからボディガードを命じられている隼人は鬼オーナーとの接触を避けようとしている。でも話を聞く約束をしてしまっているし、私は約束事はちゃんと守りたいタイプだ。約束してしいる事と口説かないと言質取った事を伝え、30分だけ待って欲しいとお願いする。舌打ちをした隼人はまた不機嫌になってしまい気まずい。そして気まずさからお菓子を食べ現実逃避していたら
「分かった」
「あっありがとう。出来るだけ早く済ませるから」
「俺も同席する」
「へ?」
鬼オーナーとの話に同席すると言い出した。それは流石に不味い気がしてやんわりと断ると、更に不機嫌になり泣きそうになる。すると真っ赤な薔薇の花束を持った鬼オーナーが控室に来た。そして隼人と一瞥し、私の元に来て跪いて花束を差し出した。
恋愛漫画のワンシーンみたいで少し萌えたが、鬼オーナーの背後の隼人が目に入り秒で覚めた。花には罪は無いのでありがたく頂いておく。
花束を受け取ると立ち上がった鬼オーナーは隼人に視線を送り、退室して欲しいと願った。勿論隼人は拒否をする。すると鬼オーナーは話す事はとても重要な事で巫女以外の人に聞かせることができないと言い、再度隼人を退室をさせる様に私に願った。もう泣くレベルの顔をした隼人に私がそんな事言える訳がない。困っていたら
「貴女は巫女で彼は従者で主が絶対。故に伽奈さんが退室を命じればいい」
「…」
そう言い再度隼人の退室を私に願った。
『そんな怖い事を私に言わせないで!』
心の中でそう叫ぶと絶妙なタイミングで支配人が隼人を呼びに来た。次週以降ののシフトの確認があると言い渋る隼人をひぱっていった。きっとシフトは口実で鬼オーナーの指示だろう。
こうして鬼オーナーと控室で二人きりになってしまう。口説かない約束があるからピンチにはならないと思うが、念のため数珠を握り逃げれる様にしておく。すると鬼オーナーは私の前の席にすわり頬杖をついて微笑みおべんちゃらを並べる。
「雑談に来たのなら帰りますよ」
そう言い早く本題に入って欲しいと伝えると、鬼オーナーの表情が冷たく変わり思わず身震いしてしまう。そして鬼オーナーは
「今のままでは稀衣家は永久に結界を張らなければならない。我ら妖はただ祖国を取り戻したいのです。そのためには雅の怒りを治めなければなりません。そのためには雅の子孫である貴女の協力が不可欠だ」
「怒りを治める?」
鬼オーナーはそう言い妖界を取り戻す手伝いをして欲しいと願った。予想もしていなかった提案に驚く。おばあちゃんの話では先祖返りから、妖も獣人も巫女との縁を求めているのだと思っていた。
「父や祖父は巫女との間に子を儲ければ、その子が妖界を救ってくれると信じています。しかし歴史と先人の記録を調べると、それでは妖界は浄化できないと分かったのです。まずは巫女の怒りを治めねばならない。そうする為には結界を張れる強大な神力が必要なのです」
鬼オーナーはそう言いその力が私にあると言う。そんな事を言われても自覚も無ければ力が発現した事も無い。無理だと伝えると鬼オーナーは力を発揮するには【引金】が有るはずだと力説する。思ってもいなかった話に困惑していると、鬼オーナーは妖の大学院の書庫と国営の図書館の記録を突合せ、その事実に行き当たったと話しその仮説に自信があるようだ。
鬼オーナーの仮説を聞き、確かに何もしなければ永久に獣人界と妖界の汚染が人間界に来ない様に結界を張り続けなければならない。ゴールが見えない道の先に安住はあるとは言えない。
「確かに根本を正さないと何も変わりませんね」
鬼オーナーの言っている事が理解できた私は、もっと鬼オーナーの話を聞こうと身を乗り出すと鬼オーナーに手を握られた。鬼オーナーの手はとても冷たく驚き顔を見ると、手に反しとても熱い眼差しを向けられる。
「口説かない約束ですが、貴女の聡明さに惚れ直しました。きっと我々が力を合わせれば、きっと妖界を取り戻す事が出来るはずです」
「えっと…今日話したかった事はそれだけでしょうか?」
口説かないと約束したがその約束が反故にされるのも時間の問題だと感じ、取りあえず今日は帰ると告げる。すると席を立ち距離を取った鬼オーナーは
「口説かないと約束しても、先祖返りからか貴女を欲してしまう。私はまだまだ未熟のようだ」
そう言い私に手を差し伸べた。危機感が無い私は鬼オーナーの手を取ると、引き寄せられ抱きしめられた。自分でも驚く事に抱きしめられて嫌悪感は全くない。でも恥ずかしさが猛スピードでやってきて
「はっ離して下さい。これはダメ」
そう言い抗うと鬼オーナーは私の額にキスをした。突然の事で声に出ない。固まっていると腕を解いた鬼オーナが扉に行き
「そんな怖い顔しなくても疚しい事はしていませんよ。それに君は余裕が無さ過ぎる。そんな殺気立っていては伽奈さんが何も言えなくなる。もっと女性には優しく接しなさい」
「妖に言われたくない。お嬢帰るぞ」
苛立っている隼人はワザと鬼オーナーに肩を当て、私の元に来て荷物と私の手を取り早足で出口に向かった。隼人に引っ張られながら、振り返って皆さんに退社の挨拶をすると鬼オーナーが微笑みながら
「獣人は思考が単純で突発的な行動が多い。護り手の君。伽奈さんをよろしくお願いしますね」
意外な発言に驚いていると、舌打ちした隼人は鬼オーナーを無視して従業員出口へ向かう。この後帰りを急ぐ隼人に急かされ、早足で…いやほぼ駆け足で帰宅する事になった。
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