10.契約
怒涛の1日を終え休もうとしたらオーナーから着信が…
"ブルブル…ブル"
2分近く放置するも鳴りやまない着信。電源を落とそうとスマホを手にしたら切れた。ほっとしてベッドにも潜り込むと…
"ブルブル…ブル"
「はぁ⁈また!」
恐る恐るスマホを手に取ると知らない番号だった。これまた無視すると直ぐに切れて、ショートメールが入る。それを確認すると相手は遊園地の水川さんで、話があるから電話に出て欲しいと書かれていた。
そしてまた着信が入る。もう辞めたのに何の用だろう。出ない方がいい気はするが、短い間とはいえお世話になった人を無下に出来ず
「…はぃ?」
「良かった出てくれて。大丈夫?突然の事で驚いたわ」
「ご迷惑をおかけしました」
いつも通りの水川さんの声に胸をなでおろす。そして近況を話していると驚く事を言われ固まる。結果から言えばバイトはまだ辞めた事になっていなくて、お休みしている事になっているそうだ。それに
「支配人とオーナーは続けて欲しいそうよ」
「いや…その…諸事情で無理で…」
詳しい事は話せないので茶を濁すと…突然!
「伽奈さん?」
「へ?」
水川さんの声が突然イケボに変わり脳がバグる。固まっていると
「個人的な事情を挟まず、今から話すお話は”仕事”の交渉なので切らずに聞いて欲しい」
「あの日に辞めると言いましたが」
「伽奈さん契約書の控は持っている?」
「えっと…確か…」
起き上がり机の引き出しを漁るとアルバイト契約の書類が出てきた。それを手にし話を聞くと
「あ…本当だ」
「そういう訳で後1ヵ月は勤めてもらわないと契約違反になるんだよ」
そう契約書には辞める場合は最低1か月前に、辞職の意をオーナーに申請し許可を得る事になっていた。オーナー曰く取りあえず事務所に行き退職届を出さないといけないらしい。でもオーナーに会いたくなくて困っていると
「本心は直ぐにでも伽奈さんに会いたい。しかしこれはビジネスで私情は挟むべきではない。だから伽奈さんが遊園地に出勤する時は、私は遊園地には近づかない。だから…」
オーナーは遊園地での接触はしないと約束した。オーナーの件が無ければ最高のバイトなのだ。案外着ぐるみを着て子供たちに愛想を振りまくのは楽しいし、スタッフさんはいい人達ばかりで待遇もいい。
それに幾ら貯金額が9桁近く有っても人間は少しでも働いた方がいい。私の性格だと働かないと堕落し、直ぐ貯金を使い果たして老後は破産しそうだ。
色んな事を考え込み沈黙すると、オーナーがゆるキャラの現状を話し出した。現在ゆるキャラは修行の旅に出ている設定でお休みしているそうだ。そしてゆるキャラがお休みの遊園地の来園客が減り、支配人が悲壮な顔をしているそうだ。そんな状況に少し前から従業員からもゆるキャラの復活を切望されているらしい。
自分自身じゃないけど必要とされている事が嬉しくて思わずニヤついてしまう。部屋で一人ニヤニヤしていると
「次の週末にゆるキャラの名前を発表するイベントを行うんだ。願わくばその時は出勤して欲しい…子供達からも手紙を沢山もらっているんだよ」
どうしようかと…悩んでいるとオーナーはイケボで
「私には貴女が必要だ…」
オーナーは自分の声がイケボなのを知って武器にしている。オーナーの声は低くは無いが響くいい声をしている。耳が幸せを叫ぶ中、絆されないように気を引き締める。そして座り直し
「少し考えさせてください」
「ありがとう。いい返事を待っているよ。後この件があるからこれからは私の着信は無視しないで欲しい。この番号は仕事用だから。それにこれで連絡する時は口説かないと約束するよ」
「分かりました。きちんと就労契約した事なのでちゃんとしますから」
こうしてオーナーとの電話を切りベッドに寝転がる。天井を見ながら濃すぎる1日に脳が興奮して眠れそうにない。スマホで好きなバンドのMVを見ながら頭を空にする。しかし中々眠れず新聞配達のバイクの音を遠くに聞きながら眠りについた。
「伽奈~起きれる?」
「う…ん」
「もうお昼よ。そろそろ起きなさい」
片眼を開けて枕もとのスマホをみるとお昼の1時を過ぎていた。怠い体を引きずりリビングに行くと、テーブルにお父さん特製のホットサンドとゼリーが置いてある。そしてお店からいい匂いが漂い腹の虫が大声で鳴いた。キッチンからおばあちゃんがアイスコーヒーを運び目の前に座った。こうして遅めのお昼を食べる。
「伽奈ちゃん。食べ終わったらおばぁちゃんの部屋においで」
「何?怖いんだけど」
そう言うとおばあちゃんは微笑んで席を立った。恐々おばあちゃんの部屋行くと、手を出す様に言われ差し出すと
「ブレスレット?」
「違うよ数珠だよ」
そう言いおばあちゃんは私の左手に薄紫の数珠?を嵌めた。おしゃれアイテムでは無さそうだけど…
「見つかっちゃったからね。御守りを増やす事にしたの」
どうやら面が割れてしまい彼らに付き纏われる可能性がある為、おばあちゃんが新たに御守りを用意してくれた様だ。この数珠を着けると巫女の香りを抑え気配を隠せるそうだ。
「ただ目視されたら逃げようないから、行動は注意しなさいね」
「注意しょうがないよ」
そう言うとおばあちゃんは笑った。ちなみに家は雅の力で護られているらしく、家の場所は虎谷家と鬼頭家には知られているが、目眩しの術で近づく事が出来ないそうだ。
「これが有れば逃げ切れるのね」
「だといいけど…」
また遠い目をするおばあちゃんに嫌な予感がしたが、お母さんに呼ばれておばあちゃんは部屋を出て行った。部屋に戻りスマホを見ていたらバイト先のピザ屋から着信が入る。気のせいか嫌な予感しかしない。無視するとショートメールが入り
『急だけど月曜にシフト入っていた愛菜が体調不良で休むから、伽奈入ってくれない?』
ショートメールは店長からだった。ピザ屋は虎谷家や鬼頭家とは全く関係がない。だから大丈夫だと判断し、入れると返事をする。
こうしてまたベッドに寝ころがる。少しづつ日常を取り戻しつつある。曲名は忘れたけど
”何もない日常は幸せだった感じる”
のフレーズに共感しつつ残りの休みをダラダラと過ごした。そしてよく月曜日…
「はぁ⁈ 週明け朝一に待ち伏せって!」
校門の前に停る黒塗りの外車に固まり、腕の数珠を強く握った。
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