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世界の端へ行こう  作者: のじか
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コッチの世界へ

広大な森の中で、耳の短いうさぎに似た生物が、透けるように薄い羽で飛んでいた。

森の上空に浮かぶ雲をよく見ると、細く長い角を生やしたアザラシのような生物が、綿あめのごとく雲をむしゃむしゃと食べている。


そのどれもが、この世界では日常のことだ。


ここは颯太のいる世界とはちょっと違う、不思議な生き物たちと少しの魔法が存在する場所。


豊かに広がる深い森から少し離れた丘の上には、巨大な欅が1本そびえ立っていて、青い空に大きく枝を広げていた。

その欅の根に包まれている淡い黄色の石造りの家からは、今日もモクモクと白い煙が立ち上っている。

 

ケヤキの家と呼ばれるその家の中では、黒い大釜が竈の上に並べられ、竈の中ではくべられた薪が、轟々と燃えている。


ひと際巨大な釜の前に、一人の少女が脚立に立っていた。


 飾り気の無い、黒いワンピースにエプロンを付け、長い髪を一つに括った彼女は、両手に分厚い手袋をし、釜を見下ろして木製の長い棒のようなものでかき混ぜている。


 釜の中には山吹色の液体が、たっぷりと入っていた。

 

 「ココ、ただいま。追加のトキの羽根もらえたよ」


 ふうふうと息を付きながら、そう声をかけて小柄な老婆が入ってくる。

背中には体の倍はありそうな籠を背負い、手にはこれまた大きい金色の羽根を2本握っている。


 その肩には真っ白くふさふさな尻尾を持つ小さな鼠が乗っていた。


 ココと呼ばれた少女は握っていた棒を大釜の横に置き、手袋を外した。


「イロばあちゃん、ヤマネ、二人共お帰り。羽根を2本なんてすごい! これで十分なイロが作れるね」


 ココは自分の腰ほどの身長しかないイロばあへ視線を合わせるように少し屈んだ。


 白い鼠、ヤマネはひょいとココの肩へ飛び移り、その頬にすんと鼻を寄せる。

ココはそれに答えるようにヤマネを撫でた。


 ふと、イロばあの背負っている籠に何かが入っているのに気づく。


「イロばあちゃん……また何か拾ってきたの?」


「今日のはねえ、凄いのよ」


 満足げに、そしてどこか誇らしげに微笑みながらイロばあは籠をどしりと床へ降ろした。


 ココは籠をのぞき込み、目を丸くする。


「これは……誰?」


 籠の中には、膝を抱えて眠る小さな男の子が入っていた。





 颯太は夢の中で、あの稲荷神社の鳥居の下にいた。


 そこにいる颯太は小学4年生で、誰かを待ちながらずっと自分の靴先を見ている。

緊張と期待が渦巻いて気恥ずかしくなり、それが顔に出るのが嫌で下を向いているのだ。


 夢の中でも蝉がうるさく鳴いている。


 ふいに道路を走ってくる足音がして、相手がすぐそこに来ている気配がするが、颯太はさらに身体が固くなって顔を上げるのを迷っていた。


 意を決して顔を上げようとした時、閉じた瞼の上から日の光を感じ、颯太の意識が夢から引き揚げられていく。


 そして何かを思い出した。


(そうだ、あの神社に行かなくなったのには理由があった気がする)





 寝返りを打つと、体は柔らかな毛布に包まれていた。どうやらベッドの上で眠っているらしい。


 目を開けると、鮮やかなステンドグラスの窓が見え、その全く見覚えのない光景に颯太の頭は混乱した。


 先ほどまで自分が居たはずの、稲荷神社の痕跡はどこにもない。

 

「あ、気がついた?」


 凛とした声と共に頭を撫でられる感触がする。

思わず颯太はそれを避けるように体を起こし、声の主を見つめた。


 ベッド横の椅子に座っていたのは、17-18歳くらいの少女だった。


 日の光を浴びたその瞳は、限りなく黒に近い深緑をしており、腰まである長い髪も同じ色をしていた。

 

「私の名前はココ、宜しくね。気分はどうかな」


ココは穏やかに微笑み、颯太はその表情に一瞬、不思議な懐かしさを感じる。


(誰かに似ている気がするけど、誰だったかな。……いや、今はそんな事より)


「えっと……多分なんとも無いです。あの、ここって何処ですか? 俺、近所の神社にいたはずなんだけど」


「 それがね、ちょっと説明が難しいの。とりあえずあなたの言うジンジャって場所では無いかな」


うーん、とココは首を傾げて悩んでいる。


「病院って感じじゃないですね」


 颯太は改めて部屋を見渡してみた。


 ベッドの他には小さなテーブルとイス、そして棚が置いてある。全て中々年季を感じさせる木製の家具で、草木の模様が彫られていた。

 青々とした蔦が、石の壁を這うように生い茂っている。


 他にも様々な草木が花瓶に生けてあったり、鉢植えに植えてあったりした。

草花の匂いが優しく香って、颯太の鼻をくすぐる。部屋の中のはずなのに、まるで森の中にいるようだ。


 病院どころか、日本とも思えない家の作りに颯太は焦った。


「あの、とりあえず住所とか教えてもらえますか。自分で調べるんで」


 しかし言いながら颯太は、微かな記憶の中で、握ったスマホを落としてきた事を思い出す。


 あの時神社で一体何が起こったのだろう。

何かに体を後から掴まれて気づいたらここに居た、それだけ考えると誘拐である。


 しかしこの家やココの暖かい雰囲気と、「誘拐」などと言う物騒な言葉はどうしても颯太の中で結び付かなかった。


「ジュウショってよくわからないけど、私たちはこの場所をケヤキの家って呼んでいるの。君のことは何て呼べばいいかな?」


颯太は思わずココを訝しげに見た。


(この人、高校生くらいに見えるけど住所がわからないってどうゆうこと?)


「あー・・・颯太って言います。ケヤキの家なんて聞いたことないけど何かの施設ですか? 俺どうやってここに?」


颯太は少し早口にココに問う。

意識がはっきりしたお陰で、今度は山ほど聞きたい事が頭の中に溢れでてくるのだ。


 「ソータね。君はトキの崖近くにある洞窟の前で倒れていたらしいよ。それでイロばあちゃん・・・後で紹介するね。イロばあちゃんて言う人が籠に背負って運んできたの。驚いたよ、アッチの世界の人を見るの私は初めてだから」


ココの話で、ますます疑問が湧いてくる。


(トキの崖も全然意味がわからないけど、それよりもアッチの世界ってどう言う事だ)


 颯太の疑問を読み取ったように、ココは続ける。

 

「驚くと思うけど、今ソータのいるコッチの世界はね、颯太が住んでいるアッチの世界とはちょっと違う世界なの」


 そこまで聞いて、颯太は自分でも分かるほどに、眉をひそめて思わず唸ってしまう。

 先ほどからココの言っていることは、妙なことばかりだ。


 あっと何かを思いつき、颯太は口に手をやる。


 (そうか、てっきり夢から覚めたのかと思っていたけど、俺はまだ夢を見ているのかもしれない)

(そうだとすると、自分でも恥ずかしくなるくらい随分とファンタジーな設定の夢だな)


 現実の自分は、もしかしたら神社で何らかの原因で失神して倒れているのかもしれない、とも考えた。


 とにかく早く目を覚まして現状を確認したいが、どうやったら目が覚めるのか?


 颯太は妹である(ひびき)の言っていた事を思い出した。響はとてもお喋りで、それは祖母にちょっと似ている気がして、最近の颯太は出来るだけ彼女のお喋りを聞き流しているけれど。


 ある時、響はこんな話をした。


「もうね、夢ってすぐわかるの。夢って気づいてからは自分でちょっと夢を変えたり出来るし。あとね、夢の中だと痛いことしても痛くない。これで絶対夢ってわかる」


 そう言って響は、自分の両頬を自ら引っ張り上げて、捻って見せる。痛い、と言いながらケラケラ笑った。


 まさか(ひびき)の無駄話が役に立つ事があるなんて、と颯太は複雑な気持ちになったが、他に方法が思いつかない。


 仕方なく試しに自分の右手の甲に、左手の爪先を思いっきり立てて捻った。


「痛っ、普通に痛い!」


「急にどうしたのっ大丈夫?」


 ココが驚いて颯太の手を取る。


想像以上の痛みへの驚きと、突然のココの手のぬくもりに恥ずかしくなり、颯太は急いで手を掃って、大丈夫、とぎこちなく呟いた。


(本当にどうなってるんだろう、夢じゃないってこと?)


颯太の思考は一層混乱していた。


(兎に角今はこの状況についてもっと把握したい)


「ちょっと手が痒かっただけ……それより、アッチとかコッチとか……つまりどうゆうこと?」


「私もコッチの世界しか知らないから上手く説明出来ないけど……コッチの世界の方が、アッチの世界よりずっとずっと小さいし、住人も環境も全てアッチの世界と繋がって存在しているらしいよ」


 颯太の脳内ではますます疑問符が浮かび上がる。ココは続ける。


「他にも色々違いがあるけど、一番は魔法があることかな」


「魔法?」


「ちょっと見せた方が早いね」


そう言ってココは、エプロンのポケットを軽く触る。


ポケットは丸く膨らんでおり、ココが触るともぞもぞと動きだした。


そしてすぐにひょっこりと小さな動物が顔を出す。

 

「この子はヤマネ。風の力を借りられるんだ」


受け皿ようにしたココの手の上でヤマネは後ろ足で立ち上がると、スンスンと颯太に向かって鼻をぴくりと動かした。


颯太に挨拶をしているように見える。黒光りする瞳はしっかりと颯太を見つめていた。


「ねずみとかリスみたいだな」


白い体とふさふさの尾をみて颯太はそう比喩した。


ココがヤマネを口元まで近づけ、何かを語りかけた。


ヤマネは手の中でくるりと一度身をひるがえし、宙を見上げる。

その瞳は先ほどとは違い、ルビーのような深紅色に変わっていた。


すると、


 「ビュウッ」


と言う勢いのある音と共に、突然室内に風が巻き起こった。


それは部屋中にある、色とりどりの葉や花びらをかき集め、轟々と音を立てながらヤマネの見つめる天井へと渦巻いていく。


それがシュルシュルと竜巻のような形になって降りてくると、ヤマネはそこに飛び込んだ。


 そままヤマネの体は風に乗って、草花と同じようにくるくると宙を泳きだした。

 

「何これ……」


 颯太は自分の服や髪が、その渦へ向かう風にそよぐのを感じながら唖然と天井を見つめた。


 草花の桃色に黄色、緑色に青色などが鮮やかに天井を彩る。


「すご……」


 颯太は胸が高鳴るのを感じた。


 ココは花見でもするかのように綺麗だねえ、と手を叩いて喜んでいる。


 ヤマネも風に舞いながらどこか誇らしげだ。


「出来ることはみーんな、違うけどね。魔法だけじゃなくて植物とか生き物とか、他にも色々とソータの住んでいる世界とはちょっとずつ違うと思うよ」


「いやちょっとじゃなくて全然違うと思う」


 颯太は大きく瞬きをしながら、ヤマネがまたココの手の上に着地するのを見守る。


いつの間にか風も止み、其処ら中に花びらや葉が落ちてきた。

颯太は自身に降ってきたそれらを掃おうと髪や服を触る。


ふと、そこで自分の体がいつもとどこか違うことに気づいた。


(なんだか……肩が小さい?それに着てる服が今朝までと違う?)


 慌ててベッドから降りてみる。


 足を床に着けようとすると、随分と高低差を感じた。両足を着地させ、ココを見上げて身長差に愕然とする。


 ただココの身長が高い、という事ではないようだ。


 嫌な予感がする。


「か、鏡!鏡みせてっ!!」


 突然そうたたみ掛ける颯太に戸惑いながら、ココは部屋の隅にある大きな鏡を指さした。


 颯太は恐る恐る鏡に近づいていく。


 映っていたのは、どう見ても小学生、おおよそ8歳程度にしか見えない子供の姿をした颯太自身だった。


 颯太は全身からサーっと血の気が引くのを感じた。

 

「なっ……何なんだこれは……」


そう振り絞るように呟くと、そのままフラフラと床に倒れ込む。


「ソータ!?」


驚いたココが駆け寄るが、放心状態の颯太の周りを、ヤマネと共にオロオロとするしかなかった。


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