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世界の端へ行こう  作者: のじか
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プロローグ

 中学2年生のある日、芦野辺颯太( あしのべそうた)は学校に入れなくなった。


 その日はいつものように朝食を食べ、いつものように家を出て通学路を通った。

 

 特段変わった事は無かったのだが、学校が近づくに連れ体が重くなり、さほど暑い日でも無かったのに、校門に着く頃には全身汗をかいていた。


 学校の敷地に一歩踏み入れようとする右足は、まるでそこだけコンクリートで固められてしまったように地面から離れない。


 (もうこれは一歩も動けそうにないな)


 颯太は焦るでも無く、どこか他人事のようにそんな事を考えた。

 

 ゆっくりと振り返り、来た道を速足で戻っていった。


 校門へ向かう生徒たちとすれ違いながら、自分だけが透明なガラスの壁に囲まれているような気がした。







 1か月後、夏休みに入り颯太と弟妹、そして母親は共に祖父母の家に来ている。


 あれからは颯太は学校に行っていない。

 行けない理由は自分でも分からないままだ。


「お昼のニュースです。先日、少女が自宅から救急搬送された後、死亡が確認された事件について警察は傷害容疑で父親を逮捕しました。父親は容疑を否認しており……」


 テレビから無機質なアナウンサーの声が流れてくる。


「イヤねえ、世の中暗いニュースばっかりで」


 そう言って祖母はカステラをほおばる。颯太は逃げるようにリビングを出て、2階へと階段を上った。


「はあー……」


 夏の青空に向かって大きなため息をついてみても、体に広がるこのイライラは少しも出ていかない。

これでもかというほど鳴く蝉の声も、煩わしさを助長しているように感じた。

 

 颯太は空を見上げながらベランダに寝そべる。

足は錆びついた柵の隙間に投げ出して、空中をプラプラさせている。

裸足に感じる風が心地いい。

 

 昔から祖母が少し苦手だった。祖母は大変よく喋る人で、殆どは愚痴や他人の悪口である。


 3年前までは颯太達家族もこの家に住んでいた。引っ越してからは長期休みなどの際によく遊びに来ている。


 1人で自宅に残りたいと颯太は母に訴えたが、


「こうゆうのは家族一緒に行くものだから」


という颯太には意味の分からない母の理屈で片づけられしまい、結局今年も颯太はここに居る。


 小学生の間は良かったのだ。その頃はまだ生きていた祖父がお小遣いをくれて、この町に住む従兄や、以前通っていた小学校の同級生と遊ぶことも出来た。


 しかしそれも徐々に無くなっていった。受験や塾、習い事など誰しもが忙しい。


 仰向けのまま、空を背景にスマホを覗く。時刻は午後2時を少し過ぎたところ。


 通知は特に何も無い。


 「ガチャッ」


 1階で祖母がリビングのドアを開ける音がする。続いて廊下を歩く音。

恐らく洗濯物を回すのだろう。


 颯太にはその後の流れが予想できた。


 まず洗濯物が終わったところで、干すのを手伝えと言われる。

そしてこのベランダで洗濯物を干しながら、祖母は颯太の知らない誰かの悪口を長々と喋るのだ。


 勢いをつけて上半身を起こし、また深くため息をついた。

重い腰を上げて立ち上がる。同じくらい心も重い気がした。


 柵に手をついてベランダから見える風景に目をやる。高台にあるので、割と遠くまで眺めることが出来るのだ。


「どっか行けるとこ無いかな……」


 この辺りは小さな町で、3年前からさほど景色が変わっていない。目新しいものは何もない。


 当てもなく視線を泳がせると、颯太が以前通っていた小学校が見える。あれだけ毎日通っていたのに、今は自分と何の繋がりもない建物をこうして見るのは、とても不思議な気分だった。

 

 少し感傷に浸っていると、唐突に妙なものが颯太の目に入る。


 細く長い、煙のような黒い何かが青空に浮いているのだ。


 明らかに他の風景とは違う、異質な物だった。


 それは生き物のようにうねうねと不規則な動きをしている。

まるで蛇のようなそれをよく観察してみると、空から地上へ向かって下りてきているように見えた。


 一瞬、颯太は何が起きているのか理解出来なくて、自分の目を擦ってみた。


(そういえば最近、目が少し悪くなった気もする)


もう一度目を開けてみると、黒い何かはやはりそこで動いているし、それが進んでいく先を見ると、颯太の知っている場所だった。


小学校と颯太のいる場所からちょうど真ん中あたりに、住宅に囲まれながらこんもりと木が茂った場所がある。


 古い稲荷神社の敷地だ。

 

 黒い何かはそこに向かっていた。


 次の瞬間、


「えっ!?」


驚いて短く声を上げている間に、黒い何かはしゅるしゅるとすごい早さで神社に吸い込まれていった。


それはほんの数秒の出来事で、辺りがすぐに何事も無かったようにいつもの風景に戻っていた。


 颯太の心臓は鼓動が聞こえてくるような気がするくらい、激しく脈打っている。


(もしかしてUFOか、それとも幽霊みたいな奴?)


そんな事が頭を過ぎった自分が馬鹿馬鹿しかった。

しかし、今みた光景は確かに目の前で起こったことだ。


 先ほどまでもやもやとしていた颯太の心は突然晴れ、妙にあの黒い影に惹きつけられている。


(とにかくあの神社へ行って確かめたい)


急いでベランダから部屋へ戻ろうとすると、危うく転びそうになり、1階へ下りる階段はギシギシと勢いよく音を立てた。


  「ちょっと散歩行ってくる」


普段より大きめの声を出し、そのまま玄関へ向かい、靴を履いてドアを開ける。背中越しに祖母がどこに行くのと聞いてきたような気がするが、そのままドアを閉めて足早に家を出た。


あの黒い何かが恐ろしいものだとしても、今ここを出るきっかけになるのであれば、何でもいい。


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