シャイニーのお料理教室?
コロナ禍で飲食店が大変そうだと思ったことから、飲食関係で書いてみたのですが、グルメ要素はゼロでした。
昼時である。雲一つない晴天の高い位置に太陽が差し掛かり、サンサンと陽光を地上に投げかけている。今日一日はこのまま降水確率ゼロ%に違いない天気だった。
そんな太陽の下に、真新しい家が一軒あった。リンゴを模したような建物で、童話の中に出てきそうな可愛らしい外観である。熟れたリンゴのような赤い屋根は、遠くからでも人の目を惹くものであった。家の前に立てられた看板から、ここが店らしいと分かる。しかし、準備中と扉に掲げられたプレートから察するに、まだ開店はしていないようだ。
ただ、人が中にいるようで、時折話し声のようなものが漏れ聞こえていた。
「……ここを、こうすれば……」
「シャイニー、何しているの?」
客からは見えない店内奥の厨房で、じっと何かを作っていた唯一の従業員に、店主であるシャルトゥールは声をかけた。外とは打って変わった陰鬱な雰囲気のシャイニーという少年は、名前とは正反対の降水確率百%の顔で笑う。
「……ちょっとした試作です。シャイニースペシャルと言います。見ててください」
「前に作ってたのと、また感じが違うね」
怪しげな雰囲気を気にすることもなく、シャルトゥールは優しく見守った。良くも悪くも素直なのがシャルトゥールのいいところである。
シャイニーは、長い前髪に隠された瞳に好奇と知的の光をたたえて、キラキラした謎の粉を取り出した。そして、キッチンには似つかわしくないビーズで作った花の上に降りかけていく。ちなみに、シャイニースペシャルと名のつくもので食べ物が出てきたためしは、ない。
「椿の花だね。再現が見事だなぁ。シャイニーが作ったの?」
双子の兄が花屋を営んでいる関係で、花に関して少々の知識をもっているシャルトゥールが尋ねた。
それに対して視線を向けることはせずシャイニーは首肯し、粉をかけ続ける。
「……はい、これは、とても重要な役目を果たすはずなので」
シャルトゥールはキラキラと煌めきを増していく椿を見た。よく見ればキーホルダーの形になっている。
「……出来上がりには、まだ少しかかります。そろそろ、ホールの方へ戻った方がいいですね。みんなが待っています」
「あ、そうだった。昼時だし、みんなに何か作れないかと食材の確認に来たんだった」
言うが早いか、シャルトゥールはテキパキと冷蔵庫や厨房内にある食材の確認をしていく。雰囲気や性格に似合わず、こうした作業の効率がとてもいいのが彼の料理人としての素質を物語っていた。そうして、必要な物の確認を終えるとホールの方へと戻っていく。
だから、椿のキーホルダーを振り返ったシャイニーの呟きは誰にも届かなかった。
「……これだけ魔力を込めれば何とかなるでしょう。あとは、彼女の想い次第・・・・・・」
「はぁ、腹減った~」
店内のホールから、声と同時に切なげな音が響いた。
ここは、喫茶『シュクル』。スコア国の最大の州であるリオ州に新しくできたばかりのカフェである。オープンを近日に控え、開店時のシミュレーションの真っ最中だ。並べられたテーブルや椅子、建物からは新しい木の香りがして、居心地がいい。
「お待たせ。休憩にしようか。メニューあるよ。開店前の練習にもなるし、何か注文してくれるかな?」
お昼時となり、テーブルの前で空腹を訴えるキーツに、カウンター内からシャルトゥールが声をかけた。この店の主であるシャルトゥールは、いつも笑っているように見える眼鏡の奥の瞳を優しく細めて、手にしたメニューを渡してくれた。店内の食材を確認してきたらしく、今作れるメニューを次々と教えてくれる。
キーツと呼ばれた青年は、愛嬌のある顔を空腹で情けなく歪めながらカウンター席に座り直し、早速メニューに目を通し始める。よほど、お腹が空いているのだろう。見る目が真剣だ。
そんなキーツの隣に座り、ジェスも横からメニューを見た。アメジストを溶かし込んで、蜂蜜でとろみとツヤを出したかのような吸い込まれそうな色をした珍しい瞳が写真や文字を追っていく。
「結構メニュー豊富なんだな……ん?」
「どうしたの? なになに、シャイニースペシャル、個別注文で承り中?」
キーツが目を留めたページを同じく眺めたジェスは首をひねる。なんだかとっても危ない予感。
「……ご注文、絶賛承り中です」
「うおわっ!」
いつの間にやってきたのか、シャイニーが背後から声をかける。
驚くキーツを横目にジェスがシャルトゥールを見ると、彼は優しく苦笑していた。ジェスの嫌な予感が強くなる。
「……シャイニースペシャル、注文しますか」
「いや、なんかヤバそう」
「…………じ~」
(か、かわいい!)
キーツの否定の声にきゅ~んと今にも甘え声を出しそうな潤んだ瞳でシャイニーが見つめてくる。整った容姿の中で大きな深海の瞳が煌めき、思わずジェスはハートをキュンキュンさせた。
「キーツ、試しだよ。頼んでみようよ」
普段のシャイニーを知っているのに、何やら放っておけなくなったジェスはキーツの肩を揺さぶってみる。
「えぇ~……」
明らかに不本意ながらもキーツはジェスに甘い。一つため息をこぼすと、渋々シャイニースペシャル二つ、と注文をした。
「あ、じゃあ、ボクたちも」
キーツの声を聞き、新たな声がシャイニーに言う。
「あ、ゼレンとシルヴィアも来たんだ」
「こんにちは」
シャイニーと同じくらいの年頃の少年と彼より一回りほど年嵩の女性が連れ立って店内に入ってきた。少年の名をゼレン、女性の名をシルヴィアと言う。年の差はあれど、整った容貌の二人は絵画から抜け出したような美男美女の恋人同士だった。二人はジェスの座る席から一つ空けたカウンター席に並んで座る。
「……いらっしゃいませ、少々お待ちください」
計四つの注文を受け、シャイニーはパッと瞳を輝かせて、いそいそとカウンターのキッチンに向かっていった。その様を見ていたシャルトゥールが何とも言えない困った笑顔をしているのに気づいて、ジェスは己を取り戻す。
(もしかして、ものすごく余計なことをした、とか)
思ったが、もう後の祭りだ。ジェスはせめてもと、シャイニーに普通の料理アドバイスを送る。
「ねぇ、エプロンを付けたほうがいいんじゃない」
その言葉を受け、シャイニーは考えるような素振りを見せた後、シャルトゥールを振り返る。彼が頷くのを見て、シャイニーも深く頷く。
「……そうですね。身を守るために付けます」
「え、エプロンってそんなことを言って付けるものだっけ……」
そうして、シャイニーはフリフリのフリルが付いたピンク色のエプロンを取り出した。
「もしかして、シャルのお手製?」
キーツが訝しげに視線を送るとシャルトゥールがはにかむ。改めてエプロンを付けたシャイニーを見たジェスは、違和感なく可愛い彼に複雑な気分になった。なんだか負けた気分。
「……では、何か食べたい物のリクエストはありますか」
可愛いエプロンを付けていても、相変わらずの雨模様の顔でシャイニーが首をかしげる。一同はしばし口を閉ざした後、テンポよく答えていく。
「「さくらんぼ」」
「カレー」
「なめらかプリン」
ゼレンとシルヴィアが声をそろえ、キーツは半ばどうでもよさそうに、ジェスは期待を込めた瞳を輝かせて言った。
(カレーをメインに、プリンにさくらんぼをのせて出すのかな)
見事にバラバラな食材を頭の中で想像してメニューを予想するジェス。しかし、そんなジェスの予想をよそに、シャイニーはそれらを聞き、淡々と頷きを返す。
「……わかりました。では、総合して『さ、か、な』ですね」
「なんでそうなるんだ」
隣のキーツのテンポのいい切り返しにジェスは小さく吹き出す。それぞれが言った食べ物を振り返り、ジェスは思う。確かに、シャイニーは間違ってはいない。
「おい、お前らも何か言いたいことあるだろ!」
キーツがジェスや嬉しそうに顔を見合わせているゼレンとシルヴィアに訴えかけた。
「まぁまぁ、とりあえず任せてみようよ」
「ボクとキミは食べたい物さえ同じなんだね」
「嬉しいわ。あたしの希望が貴方の希望なんて」
「シルヴィア」
「ゼレン」
ジェスは取り合わず、そもそもゼレンとシルヴィアに至っては聞いてさえいない。ジェスが二人に視線を送ると、すでにお互いしか見ていなかった。隣に顔を戻すと、疲れたように机に突っ伏し頭を抱えるキーツがいた。さすがに気の毒になったジェスは彼の肩を優しくポンポンした。
「もうやだ。俺しかツッコミいねーし」
「……では、後で私もツッコミ担当へと変貌しますね。とりあえず、お疲れのキーツさんを気遣い、貴方のリクエストを用意します」
「……カレイ……」
「あははははっ」
頭をもたげてシャイニーの手元を見たキーツは深々とため息を吐き出した。
隣のジェスはというと、こちらはこらえた笑声を吐き出した。
そんな二人を気にする様子もなく、シャイニーの白い手は、平べったい魚を一匹ずつ掴み、人数と同じ四匹をまな板の上に並べていく。そうして、調理が始まった。
「……では、魚に包丁を入れます」
シャイニーがピカピカに磨かれた包丁を手に持ち、意外にも慣れた手つきでカレイに華麗な十字を刻む。
「……シャイニー・スペシャルをかけます」
次に、シャイニーはキラキラ輝く謎の粉を取り出し、カレイにかけた。
「どうなるの?」
「……はい、これで」
ジェスの疑問への応えが終わらぬうちに、彼の手元、というかカレイたちがボンという音を立てて、虹色の爆煙をあげた。
「……爆発します」
「うん、よく分かった」
あくまで表情を変えないままシャイニーは言う。ジェスは引きつりながらも見たままの現象に納得する。
「あ、さっきとは違う方法なんだね」
一人、今までにも経験があるのかシャルトゥールだけが興味深そうに眺めていた。
シャイニーは静かに四つの皿に四つのカレイを順に乗せていく。そして、カウンターのジェスたちに差し出した。
「……できました」
「なんで今ので、料理になんの! ってか、これ何?」
キーツが思わずツッコむのも無理はない。
ジェスはしげしげと小皿に乗せられた元・カレイを眺めた。それは、元の大きさの十分の一くらいになっていた。シャイニーが入れた十字もそのまんま。ただし、キラキラと輝いている。まるで、不透明なガラスで作られているかのようだ。
「これ、食べれんの?」
キーツが魚をじっと見つめて尋ねる。すると、シャイニーは少し考える素振りを見せて答えた。
「……美味い、不味いで言えば……硬いです」
「いや、それ料理の感想としておかしくね? これってさ、料理なのか」
「……キーツさんがこれを料理と解釈するなら、これは料理です」
「ちなみに、お前の解釈は?」
キーツの問いにたっぷりと間をとってから、シャイニーは答えた。
「……土産物の置物ですかね」
「結局、食えねーんじゃねぇか」
「……頑張れば食べられるかもしれないですよ。まぁ、私は食べることはお勧めしませんが」
「おい、ゼレン。テメーの親友だろ。このとんちんかんに何か言ってくれ」
先ほど無視されたキーツは、ゼレンの名前を強調して呼びかける。
ゼレンはうるさそうに眉をしかめ、ため息を一つ。
「別にシャイニーは料理するって言ってなかったでしょ」
「そうね。それに、これはこれですごく可愛いわ」
シルヴィアがミニサイズになったカレイを照明にかざすようにして目を細める。
そんなシルヴィアの言葉にパッと顔を輝かせ、ゼレンはすかさず彼女の両手をカレイごと自分の両手で包み込む。
「そうだね、シルヴィア。シャイニーが作ってくれたおそろいのカレイ、すごく可愛いね」
「えぇ、硬いみたいだし、後でストラップをつけてキーホルダーに加工しましょう」
「そうだね。ここにちょうどいい穴があいてるとこがシャイニーの優しさを感じるね。あ、でも、キミへ贈るボクの愛は、このカレイよりもなお固いことを知っててほしいな」
「ゼレン」
「シルヴィア」
「だめだ、こいつら。ここには、飯を食いに来たんじゃねぇのかよ」
うなだれるキーツの隣で、ジェスは手の平にカレイを置き、じっと見つめていた。
(どうして、こうなったんだろう)
「……それはですね」
「うわっ」
まるで心を読んだかのようなシャイニーの声に思わず驚くジェス。そんなことはお構いなしに、シャイニーは説明を始めた。
「……カレイを炭素原子化し、そこにシャイニー・スペシャルで圧力を与えて圧縮し、熱と色彩要素を加えると完成します」
「え、それって世にいうダイヤモ……」
「ジェスさん」
シャイニーの言葉にジェスの頭に何かがひらめいたが、珍しくピリピリとした雰囲気と口調のシャルトゥールが遮った。間近に迫ったその真剣な表情にジェスは息をのむ。
「これは、きれいなガラスのようなものです。ここには、そんな高価なものはないですし、作るなんて出来っこありません」
「いや、けど、今の作り方を聞くと」
「ガラスです」
「はい……」
なぜだか有無を言わせぬ調子に負け、ジェスは頷いた。それを見て、シャルトゥールは満足そうに離れていく。
ジェスは再びカレイを眺めた。ガラスは・・・・・・これは食べられるのだろうか。シャイニーは硬くて食べるのはお勧めしないと言っていたが、食べられる物からできているわけだし、無理ではないのかも。自分もお腹が空いているなぁと考えるジェスの頭に思い浮かんだのは、当初頼んだもの。
「プリン……」
切ない声にこちらを向いたキーツにジェスは想いをぶつけた。
「キーツ、世界一硬いプリンってどう思う?」
「は?」
もしかしたら、硬いとはいえプリンの味がするものが出来上がるのでは。ということは、それをちまちまと食べれば、長時間プリンを食べ続けられる!
そんな期待を込めたジェスに、幼馴染のプリンに対する固執を知っているキーツは、その両肩に手を置いて諭すように言う。
「しっかりしろ、ジェス。正気に戻って考えろ。それは、お前の目指すプリンじゃない」
「僕の目指すプリン……?」
キーツの真っ直ぐな視線を受け、半ば行ってはいけない世界へと飛びかけていたジェスの心が僅かにこちらへと戻ってくる。それを認めたキーツは一気にたたみかけた。
「そうだ、お前は言ったじゃないか。なめらかプリンと!」
発せられた単語に天啓を受けたように震えるジェス。そう、自分は望んだのだ。なめらかプリンと。
「そうだよ、キーツ! 僕が間違ってた」
混沌としてきた場を認めて、ポツリとシャイニーが呟く。
「……間違っているのは、皆さんの思考回路ではないですかねぇ」
その一言に一瞬にして固まるジェスとキーツ。ゼレンとシルヴィアは、そんな言葉はどこ吹く風だ。
何とも言えない空気をよそに、鋭すぎるツッコミを披露した本人は、手を洗うのを忘れてました、と告げ、皆に背中を向けたのだった。
「……できました」
その夜。
昼間のにぎやかさを忘れた喫茶店のホールにシャイニーはやってきた。そこでは、シャルトゥールが楽しそうに店内を掃除していた。よほど、店をもてたことが嬉しいのだろう。
一段と煌めくようになったとはいえ、何の変哲もない椿のキーホルダーを手の平に乗せたシャイニーは珍しく願いを口にした。
「……これをあなたの幼馴染の方に送ってくれますか。きっと、これが届くとき、困ったことになっていると思いますので」
「? いいよ」
ちょうど、念願のカフェを開店することになったことを知らせる手紙を書こうと思っていた矢先だったので、シャルトゥールは二つ返事で了解する。しかし、シャイニーに幼馴染のことを話しただろうか。
シャルトゥールが首をひねって考えるのに構わず、彼の返事に陰惨に笑ったシャイニーは続けて注文をつける。
「……文面も少し指定してもいいですか。すくう、というのを変換せずに書いてほしいのですが……」
「いいけど、なんで?」
「……そのほうが、面白・・・・・・いえ、解釈が広がりますので」
そうして、その手紙は去る人物に送られ、とても重要な役割を果たすのだが、それはまた、別のお話。
お楽しみいただけると幸いです。
椿のキーホルダーは、『SOS』にて活躍しています。