異世界ナメんな!(短編版)
平凡な男子高校生である八神が授業中の惰眠から目覚めると、そこは異世界の森の中だった。
だがこの状況は、オタクな八神にとっては待望の展開。意気揚々とステータスと唱えるがそれらしきモノは一切現れない。焦る凡人の八神。空に浮かぶ鯨のおかげで魔法があるのは分かるが、使い方など不明。
ここからスキルもチートも専門知識も無い、無い無い尽くしの過酷な物語が始まる。
まずは森を抜け、人里を目指す八神。しかしそこに立ち塞がるのは森という一般人には過酷な環境だった。
そうして森を彷徨いつつも、物資や森の出口を探していると、まさしく魔物然とした真っ白な怪物に襲われる。だがそれに屈せず何とか辛勝。食料と脂から取れる火を手に入れ、一夜を明かす。
翌日、半日ほど彷徨いようやく森を抜け平原に出た。そして運良く遠くに街の姿があることも発見。日が暮れる前に街へ辿り着くことが出来た。しかし八神の災難はここで終わらなかった。
検問に引っかかった。
幾つか理由はあるが、一番の原因は言葉が通じないこと。当然の如く異世界なので日本語は使われておらず、気の利いた翻訳機能などない。その上森を彷徨ったことで身形がボロボロになっていたことで、学の無い奴隷がどこからか逃げ出してきたと誤解され、囚われる。憧れの中世風西洋ファンタジーはこんなところで牙を剥いた。
奴隷となった八神は身柄を奴隷商人へと引き渡される。そこで待っていたのは低級奴隷に対する粗雑な扱い。そして理由も無い暴力だった。脱走を試みるも、魔法で刻まれた契約紋のせいで即時拘束、失敗。
失意に墜ちる八神。しかし、ふと契約紋が言葉が分からなくとも命令通りの動きを強制させる効果を持つことに気付き、言葉を覚える手がかりになるのではと考え、少しずつ学び始める。その中で奴隷いじめに使う契約紋を通じた魔法から、魔力の流れを知覚。魔力の扱いの先触れを得る。
奴隷になってから一年。八神はギリギリ日常会話が出来る程度の語彙と若干の魔法の力を得ていた。そしてそれに目を付けたとある貴族の侍従として買われることになる。
八神に与えられた仕事は貴族の嫡男、坊ちゃまの世話係だった。幸い、穏やかで暖かな家族であり、未だ契約紋を持つ奴隷ながらも、ようやく穏やかな生活を手に入れられた。
それから五年。坊ちゃまの世話だけでなく、旦那様により様々な学と戦闘訓練が施され、八神は立派な侍従と成長していた。一家との関係も非常に良好で、半ば家族の一員になっていた。
だが、そんな幸せは永遠ではなかった。坊ちゃまが攫われたのだ。
すぐさま捜索隊が派遣され、八神も捜索に乗り出す。必ず助け出すと夫妻に誓って。
手がかりはすぐに見つかった。どうやらあの森に潜伏している盗賊団が誘拐したらしい。気持ちの逸った八神は、単独で拠点へ向かう。
森にある入り組んだ洞穴、そこが拠点だった。魔法で闇に潜み、洞穴を捜索する八神。すると横道に出来た小部屋で坊ちゃまを発見する。だが、それは凄惨な暴力により変わり果てた坊ちゃまの亡骸だった。
五年間世話をし、自らに懐き、弟の様に感じていた坊ちゃまを失った激情のまま、盗賊団を皆殺しにする。八神は始めて殺人を行った。
亡骸を抱き、街へ戻ると、今度は館が炎に包まれていた。それに呆気に取られていると、何故か貴族に率いられた衛兵が八神を拘束し、国家反逆罪に問われる。
激しい困惑の中、ついに館が焼け落ちる。震える声で旦那様はと尋ねると、旦那様は私兵を使ってクーデターを起こそうとしたと言う理由で焼き討ちになり、今頃崩れた館の下だと下卑た笑みを浮かべた貴族が言った。そして八神もまたこの場で公開処刑となる。
しかし八神は魔法を全力で用い逃走。契約紋も幸か不幸か、契約者死亡で消滅。ついに、八神を縛るモノは無くなった。
這う這うの体で街から森へ逃げ、開けた場所の大樹の根元に坊ちゃまを埋葬。復讐を誓う。
まず素性を隠し、あの貴族の内情を調べ事件の真相を探った。
その裏は単純で、競合相手だった旦那様一家を潰すために衛兵を買収し、私兵を盗賊団に扮させ、罪を捏造し大義名分を以て滅亡させたのだ。
それを知った八神は、怒りのまま貴族邸に押し入り、会合中だった一族郎党皆殺しにした。沢山殺した。
復讐を終え、大樹の下へ行くと、強い虚脱感と虚無感、そして長い混乱から目を覚まし、大量殺戮を行ったことを今更ながらに実感した。
罪の意識と全て失った実感に苛まれる八神。もうその心は壊れる寸前だった。そこで全ての苦しみから逃れるべく、魔法により自らの記憶の大部分を消し、眠った。
魔法魔術、剣技体術、この世界の一般的な情報のみを残したヤガミは目を覚ました。困惑の中、大樹の根に刻まれた『東の国で自由に生きろ、ヤガミ』とのメッセージに従い、ヤガミは旅に出た。
彼はようやく、本当の意味で自由になったのだ。