2限目 手紙は言葉よりも伝わるの?
ここは薄暗い視聴覚室への廊下道。
日直の教材を運ぶ少女と、それを手伝う少女が2人。
「ねぇ、ふみちゃんは手紙って書く?」
手伝う少女は少しの沈黙の後に切り出した。
彼女は内気な山田ちゃん
「ええ、よく書くわよ。
そのまま出さないことが多いけど。」
彼女は文学少女のふみまなび。
みんなから文学少女と呼ばれてる。
山田ちゃんは手に持ったオブジェを抱き寄せ、
少し頬を赤らめる。
「実は告白しようと思っているんだけど、口で伝えるか手紙で伝えようか悩んでるの。」
「ああ、そういう事」
「でも、口で伝える勇気が無いのが本音だけど、
手紙の方が想いが伝わるって聞いて。あれってホントなのかな?」
「知らないの?
日本じゃ大昔からの常識よ。特に恋心はね。」
「えっ、ホントに!?」
文学少女は語り出す。
なぜ、手紙は言葉よりも想いが伝わるといわれるのか?
「手紙はね、一種の“見える化”なのよ。口で伝えるシュチュエーションは記憶に残るけど、形として残らないでしょ?手紙は相手の懐にある間はずっと作用し続けるのよ。その紙を見るたび触れるたびに貴方の想いが相手に届くの。愛読書が手元に置いてあるだけで心が温かいのも同じ理由よ。」
「ふみちゃん、本読むの好きだもんね。」
「そうよ。
でね、渡された相手は色々思いを巡らすでしょ?
平安時代の貴族も気になって物が手に付かなかったり、何て返事をしようか迷うの。
直ぐに返事をしなくて良いというのがポイントね。その時間が長いほど貴女のことを考える時間が増えるのよ。夜通し考え、自分の想いを返事として認める。一瞬の告白ではなし得ないのよ、これは。
そしてその原点である手紙が手元にあるというのが、頭から離れ無い大きな要因になるの。」
「ほぇ、なんかロマンチックだね。
奥ゆかしい感じがするよ。」
「更に言えば、日本にはこのロジックを成立させるのに欠かせない文化があるの。」
「文化?」
「そう、それは“妄想”の文化よ」
「妄想ってふみちゃん。急にどうしたの?」
「あのね、誰もいない空間で告白してきた人を思う訳でしょ?自分のいい風に勝手に妄想を膨らませるのは日本人の文化よ。妄想が無ければ漫画大国になんてなれはしないのよ。」
「確かに。でも漫画と手紙は違うじゃないの?漫画は絵があるけど、手紙は文字だけだよ?」
「いいえ、表現のアポローチは違うけれど、どちらも妄想の文化の表れなのよ。じゃなければ、大の大人が2Dの少女に恋する文化は育たないわ。
自分で妄想しなければ、相手がどんな気持ちで打ち明けたかが腑に落ちないでしょ?自分勝手に貴女が告白した理由を妄想して、納得するまでの時間が貴女への想いを大きくするのよ。」
「ええ!じゃあ、あんまり手紙の中身って必要なくなっちゃうじゃん。見える様にするって手紙自体の話?!!」
「そうなのよ。
それが日本人の恋とか好きという感情なの。
愛っていう概念は輸入した言葉で元々日本人にはピンと分からないの。万葉集に出てくる歌にも全く出て来ないの。
ただ、ただ愛おしいと思うのは相手の容姿や、仕草でしかなく目に見えるモノなのよ。それを手紙で成立させる最低条件として手書きで貴女が書いた様子が妄想出来る要素を与えるだけでいいの。」
「でも、手紙ってもっと良い事それだけじゃない気がするんたまけど、、、」
「山田ちゃん、あなたは素晴らしいわね。」
「あ、ありがとう。」
「更に相手の妄想を焚きつける為に、古くから色々な手法が用いられたわ。とある男が女性に向けて読んだ手紙にはわざと汚れや皺が付いていたりね。“どうか苦労して届けたこの手紙を読んでください。それ程私は貴女を思っています”と伝えたいのよ。」
「えっ、泥とかが付いているの?ホントに嬉しいかなぁ?」
「呆れたわ、ただの汚れの訳ないでしょう。匂いを嗅ぐとそこまでの土地、道のりにある花だったり、彼の家の庭の果実の匂いがしたりするのよ。男が確かに送った証拠がそこに詰め込まれているの。皺だってただの皺じゃないわ。大事に握り締められた男の手が浮かび上がってくる。そうやって、小さな手紙の中に想いのピースを見つけていく時間を日本人は文化として育くんで来たのよ。」
「でも、今の時代はあんまり効果が薄くなってきてるのかも?」
「環境的には、ね。
でも本来の意味合いは変わってないのは分かる?
本質と言っても良いわ。」
「手紙の本質?」
「手紙は、文または綾と呼ばれていたわ。
ふみとは葺く実の事。
身体の中から表面にどうしても息吹いてしまう想いという事よ。
どうしても会えないけど伝えたい時に自然と伝える手段を模索する行動自体が文なのよ。手紙というのは行動の結果の一つでしかないわ。
そのアプローチは漫画でも口頭でも実は何でも構わないのよ。
毎日視線を送り続けるのも立派な文なの。
ちなみに綾とは吾の矢、つまり私から放たれる一途の想いという意味があるわ。
綾という中国の漢字自体が持つ意味と誤解しないようにね。」
「なんかふみちゃん詩的だね。」
「ちなみに、参考までに。
日本人に手紙を渡す時は無口が効果的。
目と目を合わせないで一方的に渡しなさい。
その3日前に彼に向けて意味深な行動すれば尚良いわ。
なんとか手紙を渡した夜に妄想が爆発するように仕掛けなさい。そうすれば、現代のデメリット逆手に取ることが出来るわ。
勿論、その日にLINEするなんて持っての他よ。」
「ふみちゃん?」
「ちなみのちなみにね、
人間が一番敏感な匂いは異性の汗と言われているわ。出来れば、手紙の一部にその匂いを付けなさい。異性に敏感になっている男子は無意識に感じ取る筈よ。人目を避けて絶対嗅ぐわ」
「う、う〜ん、」
「更にね、
これよりももっと効く匂い、、あっ、視聴覚室通り過ぎてた。」
「あの、」
「ちなみに、
私は誰かから手紙をもらう時は手袋をして開けるわ。何が付いてるか分からないから」
「ぇえ、、、」
キンコーンカンコーン
本鈴が響く
「早く行いましょう、山田さん。」
そんな感じで、授業に遅れます。
Q問い
手紙は言葉よりも想いが伝わるのか?
A答え
相手の妄想力次第です。