16 暗中に舞う
......もう対話の余地はなかった。
数十の光が放物線を描いて広がっていく。
まただ。
また――余計な気を回して、トラブルに首を突っ込んでしまった。
後ろへにじり歩き、後方を確認する。
憎たらしい少女は、そそくさと集団の方へと退いていた。
前にもあった。
似たような状況で、似たような目に遭って――
そのたびに「もう二度とやらない」って誓ってきたのに、喉元を過ぎればこのザマだ。
陽光の差す吹き抜けに、一人。どこへも下がれない。
闇の中を、ぐるぐると灯光が回る。
そもそも引き下がって報告すればよかった。
意地を張らずに会議室から出た後も、援軍の申し出でもしてれば。毬音さんにこの理不尽な任務の詳細を、押して確認してれば。
扉も、毬音さんも、押せなかったのが間違いだった。
「悪い癖だよなぁ......」
暗がりの中から、一匹の獣が飛び込んできた。先駆者だ。
陽に晒され、痩せた体躯が露わになる。
少年の着地に合わせて身を捻じる。少年の拳が空を切り、体勢を崩した。
迷いなく脇腹に拳を叩き込む。音もなく、少年が崩れた。
前方へと跳ぶ。
ガス灯を構えた少年の顔が驚愕に変わる前に足を払う。
落ち際のガス灯を拾い、尻餅をついた少年の胸に膝を落とした。
「ガハッ......!」
「おい、なんだこいつ!」
「距離が近い!散開して!!!」
せめて何人か引き連れてくれれば、子供を殴る回数も減ったものを。
少年を照らす。
見すぼらしい布切れが皮と骨だけの肉体が覆っていた。
ロクに食べれていない。これだから子供を殴るのは、嫌なんだ。
橙の光の中、少年たちの顔が困惑と恐怖で染まっている。
この子たち全てを、殺さず、収めなくてはならない。
――誰も殺すな。殺さず、収めろ。
それが自分の甘さに巻き込んだこの子たちへの、せめてもの、償いだ。
非常に気が滅入る。
こうなったのも全部、全部―—
「ほんと俺の悪い癖だよぁ......」
◇
十数回拳を振り下ろして、気づいたことがある。
軍刀と手銃、今日は携行していなかったから苦労すると思われていたが、中々どうして順調だった理由。
当て身で揺るがした身体に肘を入れ込んで、倒れた少年を確認する。
先ほどから感じていた違和感。
行動不能にした少年少女どれも、武器を持っていない。
おかしい。
毬音さんからの依頼は武装ギャングの検挙だ。
こいつらがアナキズムであることは間違いない――が。
まぁ、何にせよ。
「楽で助かる」
再び集団へ飛び込み、飛び蹴りで一人を薙ぐ。
ガス灯を奪って吹き消し、後方へと放り投げる。
よし、これで後は――
「違う!もっと囲い込んで!!!」
「おれだってば!痛いって!」
「よく見えねえ、灯り持ちはどこだ!」
主戦場は明かり差す中央から離れつつある。
ガス灯がなければ、あいつらの視界は利かない。
どんどん統率が取れなくなってきているのを感じる。
対してこちらは一人。
多少視界が悪くても周りは全部敵だ。
友軍発砲は気にしなくていい。
それに暗闇だと分かりやすい目印をつけてくれるやつがいる。
残った灯は、あと一つ。
集団の中を駆け抜け、灯を持つ少年に接近する。
「よう、疲れただろ。代わるよ」
少年の手を引き、そのまま腹部に膝を打ち込んだ。
少年が倒れ、灯りはこの手に。
襟元のボタンを外し、マントを翻した。
右手に持つガス灯を地面に振りかぶる。
そっと目を閉じ、その時を待った。
火花、油、炎。
全員の目が火に引き寄せられる。
その視線の隙を、マントで炎ごと覆った。
酸欠―—即、鎮火。
あたりは再び暗闇に覆われる。
目を焼かれた彼らには、もう見えない。
「俺は見えるけどな」
周囲の暗転を待って、目を開けた。
全指揮系統が消えた。
混乱と恐怖だけが残っている。
さて、残った”司令官”はどこだ。
周囲を見渡し、駆ける。
広場の陽光に向かって、一人の影が逃げていく。
振り返った少女と、視線が交わる。
顔が歪む。
「その顔が見たかった。どうだ?」
「そろそろ、交渉する気になったか?」