歪な倶楽部(序)
小説家になろうに投稿したのが久しぶりのような気がする。
「蓮子。私、彼氏ができたのよ」
夕方とはいえ、人がまだまばらに残る大学のカフェで久方ぶりの秘封倶楽部の活動について話すためにやってきたメリーの開口一番の台詞がこれだ。
最近では、お互いにテスト勉強やレポート作成のため忙しく全然会うことができなかった。そのためか、久しぶりに見るメリーの顔は輝いて見えた。ただ単に夕日に光だったかもしれないが。
メリーに彼氏ができた。
しかし、それ自体は何にも問題はない。メリーだって女だし、彼氏を作ることは生物的本能であり、おかしなことは何もない。
問題なのは、私の気持ちの方だ。メリーを取られたような気がして正直なところ、ジェラシーを感じている。
一緒に過している時間は今までと大して変わりはしない。元々不定期な活動であることと、メインの活動時間が夜であるためだ。
そのため、メリーと彼氏が昼間の間にどんな会話をして、どんな行動をしていようが、私の預かり知らぬところだ。
しかし、過す時間は変わらずとも、メリーの心の中の私が占める割合が少なくなったのは確かなことだ。今までは、メリーが他の人と話しているところを見たことが無いし、私自身メリーには私くらいしか気を緩めて話せる人は居ないのだろうと思っていた。実際は私がいないところで同じ学科の人と話してはいるだろが、それでも、私以上にメリーと話せる人はいないと思っていたので、メリーの中での宇佐見蓮子という存在は大部分を占めていると信じていた。例えそれが、他人から見たら自意識過剰な考えだとしても。ゆえに、これまで、中々持って行かれなかったメリーの心を奪われたことがとても悔しい。しかし、私から言えることは、
「それは良かったね。おめでとうメリー」
たったこれだけだ、他に言い様がない。
結局は、私の主観的考えであり、メリーの主観を私が知ることがないが信じてはいた。
だが、メリーの心を掠め取られたことは確かに悲しいが、これで私への関心の割合が少なくなっていなかったら、メリーが彼氏に対して、何にも感じておらず。その男を弄んでいるということになる。そうなると、メリーが悪女ということになってしまう。
それか他に考えられることとして、メリーの中では初めから私のことなど無関心だったということになってしまう。悲しくないのか問われれば、とても悲しい。
二人で秘封倶楽部。そのキャッチコピーでやってきたつもりだったが、メリーが私に期待していたのは、私の目の能力と情報収集能力だったのかもしれない。
「ありがとう! 蓮子も早く良い人を見つけると良いわよ」
いつもと変わらない。いや、いつもよりも明るく、口角の上がった眩しい笑顔で紡ぐメリーの言葉は、私の心を深く刻んだ。メリーからしたら、悪気など微塵もないのだろう。
誰にとっても、初めての経験というのは刺激的で、気持ちが昂ぶることだろう。
深窓のお嬢様であるメリーにとってはなおさら、初めての彼氏は自然と笑みが溢れてしまうほどに嬉しいものなのだろう。告白してきた男も中々に肝が据わっている。
メリーは元々、人気がある。しかし、触れたら壊れそうな体に、物静かなお嬢様のような雰囲気で、みんな近づきたくても近づけにいた。なので、そんなメリーに告白し、成功させた男は相当な胆力を持っている。
正直、私も彼氏を作ったことがないから、今のメリーの気持ちは分からない。分かりたくないというのもあるけど。
「私は研究と秘封倶楽部の活動で一杯一杯だからね。そんな余裕なんて無いわよ」
ちなみに、この言い訳は理系だからこそ使える、体の良いものだと考えている。断じて負け惜しみなどでは無い。事実、課題やレポート作成のために忙しいし。
「時間に余裕が出来ても、蓮子のことだから、面白い人間以外はパスとか言って作らなそうね」
「私はそんな風に、昔の某有名ライトノベルのヒロインみたいな台詞は吐かないよ」
「でも実際、彼氏にするなら面白い人の方がいいでしょ?」
「……確かにそうだけね。」
「ほら」
「でも、相性が合っていれば誰でも良いわよ」
良いながら、ちょっと自分の好みの条件を考えてみたが、第一条件である結界破りを一緒にやってくれる人という時点で詰んでいる気がする。
結界破りはこの科学世紀の時代では犯罪扱いだ。誰も好き好んで犯罪に走りたい人はそうそういないだろう。それこそ、本当に面白い人か、異常者のどちらかだろう。………果たして私は将来結婚をすることができるのだろうか。不安になってきた。
「蓮子にとって相性が良い人って、結局は傍から見たら面白い人かキチガイのどちらかだと思うのだけれども、蓮子はどう思う」
「流石メリーね。私も全く同じことを考えていたわ。でも、最後は当事者が良ければ何でも良いわよ」
「おばあちゃんになるまでに見つかると良いわね」
「酷い言われようだわ。ま、見つからなければ、研究の道に生きるからいいのよ。」
「乙女としてそれはいいのかしら?」
「乙女としての宇佐見蓮子はその辺のゴミ箱の中に捨ててきたわよ。」
「ついでに羞恥心やデリカシーもその時に落としてきたのね。……ここが大学のカフェだと言うことを忘れないで欲しいわ」
さっきまで、彼氏が出来たことを大きめな声で言っていたメリーには言われたくない。
これは不味い、このままではメリーのお説教タイムに入ってしまう。そうなったメリーは止められない。正確に言うなら、大体私が悪いため反論できず、大人しく聞いているしかない。
しかし、そうなると長くなり時間を取られてしまう、時間だって有限だ。大事にしなくてはならない。 そのためになんとかして話を逸らさなくてはいけない。
「そ、そんなことより次の活動場所について話しましょ! ね、メリー」
「そうね、時間も無くなってしまうものね」
少し口惜しそうにしながらも納得してくれたようで良かった。
「で、候補は決まっているの?」
「もちろんよ! 自慢の裏ルートから情報を入手したわ」
「毎回思うけど、その裏ルートがどんなルートなのかが凄く気になるわね」
「それはメリーでも教えられないわね」
「別にどうしても知りたい訳じゃないから良いわよ」
「もうちょっと粘ってくれてもいいと思うのだけど」
「別の機会にね」
実際はメリーが教えて欲しいと言えば教えるのは全然構わないと思っている。
むしろ、今後も秘封倶楽部の活動を続けて行くなら、メリーにも知ってもらっておいた方が良いかもしれない。
「それで、手に入れた情報は?」
催促をしてくすメリーに私はポケットの中から一枚の写真を取りだし、メリーの前に出した。
「情報っていうか、手に入れたのは写真なだけどね」
その写真に映し出されていたのは、とある廃社なった神社だった。
「メリーはこの写真を見て何か感じる?」
さっきから写真を考え深く見ているメリーに質問を飛ばしてみる。
「そうねぇ、ぱっと見は何の変哲もない廃社といった感じではあるけれど、何故だか謎の魅力があって、引き寄せられるものがある感じのよね」
「やっぱり、メリーもそう思う? 私も初めて見たときは不思議な感じに襲われたのよ。」
そう、この写真にはよく分からないが引きつけられる何かがある。まるで、初めて綺麗な夜空を見たような感動じみた感覚に近い。その何かは分からないし、その分からないものを暴くのが秘封倶楽部の活動だ。
「で、結局ここはどこなの?」
顔をこちらに向けたメリーは早く知りたいという好奇心で瞳を輝かせていた。ついでに、楽しそうにしているメリーの顔は、まるで新しいおもちゃを手に入れた子供のように愛おしかった。
「博麗神社と呼ばれる場所よ」
「博麗、神社」
まるで、何か意味があるかのようにその名を呟くメリーはどこか虚ろげで、人形めいていた。
「でも、ここからだと少し遠いから今度の連休の時にでも行きましょ」
「次の連休となると、再来週かしら」
「彼氏との予定は大丈夫?」
「大丈夫よ。まだ何も予定入れてないし、久しぶりの活動だもの、絶対に行かせてもらうわ」
「相棒のとして嬉しいことを言ってくれるわね」
自分の存在がしっかりメリーの中に残っていると思った瞬間、今までの不安は全て吹き飛んだ。
大丈夫だ。メリーが秘封倶楽部の活動を疎かにするはずない。むしろ、こんな考えを持っている自分の方が恥ずかしくなってしまう。もう考えるのは止めよう。