序章 冬
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「…」
さらさらと、竹筆がなぞる音だけが、室内に溶け込んでいく。
「……」
この時間、この部屋の主人はいつもならば息の苦しくなるような暗黒だけである。
「………」
だが今日に限り油皿にともされる豆つぶのような光だけが、暗闇が支配する庁舎の一隅を、染みついたようにぼんやりと照らしている。
明かりの下には荒い木目だが作りのしっかりした作業台、そばには硯と紙がある。いずれも郡からの支給品である。わずかな光でも目に付く墨の汚れ、ついたきずを見ただけでも、属吏から下ってきたものだというのが一目でわかる。
―なんだこれは、一人が処理できる分量じゃないぞ…
無人の庁舎で孤軍奮闘、郡内の各県から上がってきた貢租品の集計のそのまた集計を行う青年は思わず口内でひとりごちた。作業をはじめてからちょうど一刻がたつ。
―叔父から宿と仕事を提供されているだけに、何かにつけてこき使われてきたが、今回のはすこぶる性質が悪い。第一こういう机仕事は性にあわない。俺は小心者なのだ。こんな暗がりに一人残されて、先ほどから背中に感じている冷気が、ただの冷気ではなかったらどう責任を取るつもりだ。
油もただではない。とりわけ冬の期間は、根州人の性なのか、資曹禄(物資の責任者)の機嫌がはなはだ悪くなり、物資の供出をするにもいちいち吝嗇くさい。一介の小役人に過ぎない身分では、この程度の光源で満足するよりほかはなかった。
―こんなことなら、州牧府に出入りして伝書の融通に奔走していたほうがはるかにましだったなぁ
その後も身の回りの気に食わないことを一通り愚痴にしていると、あやうく筆を持ったままその内容を紙上でなぞりそうになった。どうやらどれだけ文句を言ったところで、聞いてくれる人はいない上、仕事も減ってくれないらしい。観念した陵荘は、乾いた筆先を再び硯に戻す。
―標津、穀物総計5000余石…作付け面積と収穫高…、内訳、馬鈴薯3000石…玉蜀黍1400余石…
ー当該郡内の貢納穀類総計10万余石、総収穫高との比率二割九分九厘三毛。天子より御預かりせし印綬を根拠とし、課賦す。函歴百五十二年、承興三年 秋 標津郡太守 虞静…ん、おかしいな
日付が狂っている。今は秋ではなく真冬だし、年も明けてすでに承興も四年だ。そのようなことを考えながら陵荘は次々と未処理の書類をめくっていく。反物、鉱物、徴発する家畜などの物的公祖から、賦役の項目までざっと目を通したが全て昨年中に集計されて、いまではすでに中央にまで通っているはずの情報ばかりである。
―たばかったな陵敬め
陵荘は、一刻と少しの時間を無駄にしたばかりか、彼にとっては有限の勤勉さを浪費してしまったことを分相応以上に悔しがり、叔父に対して多彩な呪詛の言葉を唱えた。なにもかもがめんどうになり諸手を上げて後方へ、どうっ、と倒れこむ。だが、その後陵荘はすぐに憤りを鎮火させ、顔面にえくぼを生じさせた。
―どうせ今帰舎すればとがめられるのだから、大いに暇をつぶしてやろう。公費で油を使える機会はあまりないしな
むくっと上体を起こしそのまま起立して室外へ。向かう先は標津郡太守、虞靜の執務室である。当然ながら戸には錠前が設えてあった。
それを鍵もなしに何事なく解除し執務室に侵入すると、陵荘は部屋の隅に備えてある書物置きを物色し始めた。
―確かここら辺に、ほらほら、あったぞ
ほぼ毎日祖曹と太守の執務室の連絡に走り回っている陵荘である。誰も知らない錠前のクセや太守秘蔵の官能書物をあさることぐらいはわけない。
すぐさま獲物を持ち出して手際よく錠前をかけなおす。見つかれば叔父を含めての免職では済まされないような大罪だが、そもそもこのようないかがわしいものを公的な場所に保管すること自体が問題なのだ。
―いざとなれば、太守殿が守ってくれる。
公人がしてはいけないような顔をして陵荘は元居た場所に戻ってきた。舌なめずりしたい気持ちをかろうじて抑え込みながら書物を開く。
「ふふ、これはこれは。あの禿げ頭と趣味が合うのは、少し癪だけども」
自分の独り言にも注意を払わず陵荘は熱心に書物をめくった。途中下腹部に手が伸びかけたが、手代とはいえ公人のはしくれとしてそれは断じて許容しなかった。
「あっ」
突然油皿に乗っていた明かりがかき消えた。どうやら灯蓋の火が皿の縁に達してしまったらしい。目を凝らすと、油もかなり減っている。どうやらかなり長い時間耽溺していたようだった。
ここいらが潮時かと陵荘は灯心を引っ張り出し、再度火をつけ刻時器を確認した。小針が半宵を指しつつあるように陵荘には見えた。心臓が大きく拍った。手汗が噴き出す。
なにしろ頼りない明りのために大針と小針を見間違えた可能性もある。陵荘はもう一度顔を近づけて確認をした。
―まずい
飛び跳ねて陵荘は明かりを吹き消し、書物を返却した。そして庁舎をまるで金貸しに追われるように飛び出し、官舎へと一目散に駆け出した。
夜が深くなるにつれ月の光をうける雪が、水晶の塵のようにその輝きを増している。道も家屋も目に見えるものはもれなく白銀の砂で覆われており、埃や泥に覆われていたはずの醜い姿を匿していた。
母子里では2月というと厳冬である。この時期では、備蓄していた食料を惜しむように消費しつつ、家の門扉を固く閉ざして樋熊のように引きこもるのが母子里の人々の常である。中でも東母子里の根州は東海からの冷風を遮るものがないため寒さがいっそう厳しく、漁人以外の人々は一刻も早い来春を願わずにはいられなかった。
だがこの厳冬をいとわない者もいる。今年十八になる陵荘がその一人であった。陵荘はその名にたがわず、八尺あまりの壮躯を持っており、同郷の若者たちの中でも一際目を引く存在である。しかし反面、面相は月並みであり、片二重のそこそこ大きな双眸、丸みを帯びた鼻と輪郭に小さな口が、ある程度の秩序さを持って彼の顔に張り付いていた。
見る人が見るとどことなく印象的な顔に見えるらしく、彼の亡き祖父曰く、
―無敵の相である
ということであった。ここでいう無敵とは初見であれば人を不快にさせることはない温和な相ということであろう。陵荘自身も自らの容姿について劣等感を抱いたことはまるでなかった。
さて、母子里では十六歳で男子が成人するともう一つ「字」という名が与えられる。陵荘の場合姓が陵、名が荘、あざなが徐史であり、母子里では人を呼ぶ際、親戚以外は基本的に名で呼ぶことをしないので、周りからは、
“陵徐史”
と呼ばれていただろう。
陵荘の住む根州には三つの郡と一つの公国があり、それぞれ
“標津郡、野付郡、目梨郡、根室国”
という。
それぞれの郡には統治機構である郡府が設置されており、標津郡の場合は
“開陽”
という県がそれである。
陵荘はその開陽にある郡の政庁で冗卒(郡から独自に任命される手伝い)として雇われている。
陵荘は根州の冬が好きだった。母子里は陸地でひとつなぎの島であったが同じ冬の空気でも地域によって感じられ方が違う。少なくとも陵壮はそう思っていた。
一度上州、空州あたりに旅行したことがあるが真冬にも関わらずどことなく風がぬるく感じられ、皮膚を硬化させるような根州の冬風とは似てもに似つかなかったことを凌荘は覚えている。雪も湿っていた。
陵荘が寝泊まりしているのは官吏とその家族用に建設された官舎の一室である。官舎の利用は官吏の三親等まで許されているので食い扶持を減らすために親元を離れた陵荘にとって、所帯をもたない官吏の叔父、
“陵敬”
がいたことは僥倖であったといえる。
官舎に戻ると陵荘は風徐に立てかけてあった、矛を模している訓練用の棒を一瞥し、それがひとつだけであることにわずかに安堵して、急いでそれを持ち出した。丸山通りを抜け、四半刻ほど直進すると、いつも使っている空き地が見えてくる。陵荘は心持ち歩みを早めた。空き地には先客がいたが、それは凌荘にとって意外なことではない。
鋭刀の煌きのような月光の下、人影は落ち着いた様子で細巻をふかしていた。
「おそいぞ。やった仕事を終えてから来たのだろうな」
中年男は僅かに微笑し、細巻を吐いた。
凌荘は一瞬顔を歪めるとよくもまぁぬけぬけと、と言いたげな顔をした。しかし、とっさに顔面の毒素を嚥下すると、平素と変わらぬ調子でこう答えた。
「わたしにとっての仕事は社稷(国家)への奉公だけではありません、叔父上。それにこのような寒空の下いつまでも待たせるわけにはいかないと思ったのです」
「おぬしの寝食はその社稷を統べる天子の慈悲によって支えられているというのに、呆れた物言いだな。本来ならば官舎に入れるのは吏人だけのはずだったのだぞ。そのようなことでは今度の選挙におぬしを推薦することはできぬ」
「わたしは別に、高位の吏人になりたいとは思いません。戦で少しの手柄を立てて、郡の尉か、その補にでもなれれば十分です。そのためにこうして叔父上に乞うて戦い方を教わっているのですから」
陵壮は叔父の敬から官途をほのめかされるたび、いつもこう返してみせる。さすがの陵敬も辟易した。
「官への道はすなわち富貴の途よ。おぬしならその気になれば貴家を築くこともできるだろう。私はそう見ている。また、官途は武途と同義であり、数万の軍を率いることも夢ではない。おぬしは若く、気は盛んであるのに、なぜ自らその途を閉ざすことをするのか」
陵荘も血気盛んな若者には違いなく、少年と呼べるころは年相応に高位の官職や将軍号に憧れがあった。若者にとって三公九卿はまさに羨望の的であり、幾万もの天下の勁兵を号令一下、縦横無尽に指揮することを夢想しない日はなかった。とりわけ彼はその気が強く、ゆくゆくは文武百官を睥睨し、国政を思うままに動かしたいと公言するほどで、父母から諫められたことも枚挙に暇がないほどであった。
ところがいまではその破裂しそうな野心はなりをひそめ、凡夫の一生を望んでやまない覇気のない男になっている。しかし当の本人はそのことにあまり疑問を持たず、昨日も今日も夢を持って生きてきた。
「その話はもうよいでしょう。叔父上の好意と期待は私の喜びですが、処世に言及されるのは好い気がしません。それより、本日もよろしくご指南いただきたい」
と、陵荘は憮然とした調子で発言した。
あまりに忌憚のない言葉だったので陵敬もさすがに一瞬むっとしたが、すぐにそれは含み笑いに変化した。
「ならば今夜、私が言うことはなにもない。どうやら今日のおぬしは闘気に満ちているようであるから今回は仕合いとしてやろう。せいぜい体で学ぶのだな。矛をよこせ」
風がにわかに沈黙し、大気はその場で凝固した。静寂を破るのは双鉾の発する打音である。
函歴百五十三年、承興四年の二月、冷える二十日の夜であった。