エピローグ
鬼島研究所が突然の閉鎖発表をしてから、一週間が経過していた。
とある週間誌の片隅に書かれてあった記事によると、鬼島寅之助はその後、田舎に帰って農業に着手しているらしい――真意の程は定かではないにしろ、二度とあの研究所に戻ることはないだろうというのが、大方の見解であった。
ともかく、うららかな午後のことである。
「とぉ~しろ~~~~~~っ!!」
桃井研究所に、毎度ならではの雄叫びが響き渡った。
「――頼政、お茶」
「はい、どうぞ」
天気のよい昼下がり、読書に勤しむ柊史郎は、近づきつつある足音と雄叫びには一切の関心を示さない。執務机の上に足を投げ出すいつもの姿勢で、「俺様」と書かれた湯飲みを片手に、この日は「グリム童話」に熱中している。
「柊史郎、てめぇよくも!」
やがて飛び込んできた和臣は、柊史郎の姿を発見するなり、応接ソファを跳び越えて執務机の前に突進した。
「あんな気持ちの悪いものが、突然目の前に現われた俺の身にもなってみろ! 昼飯吹き出したじゃねーかっ!」
「昼飯を吹き出したのはお前の勝手だろうが。俺の所為じゃない」
「なんだとこらぁっ」
「いちいちわめくな、サル」
うるさそうに顔を顰めて、柊史郎はようやく執務机の上から足を下ろした。わざわざゆっくりと茶をすするのは、和臣を挑発しているのに他ならない。
「お前はいつもいつも、くっだらない真似ばっかりしやがって、俺をおちょくってんのかっ?」
「いや、正確には馬鹿にしているぞ」
柊史郎は涼しい顔で、いともあっさり言ってのける。
「お前のように学習能力のない馬鹿は見たことがない。所詮サルはサルだな」
「てめぇはっ」
和臣は怒鳴ると、同時に柊史郎に掴み掛かった。と、その時、柊史郎がどこからともなくモデルガンを突き出すのを察知して、すばやくその銃口を掴む。
「二度も同じ手が通用すると思うなよっ」
勝ち誇った和臣だが、次の瞬間には前回同様、ぶわっ、と声を上げて仰け反っていた。
「応用力のないやつめ」
せせら笑う柊史郎の斜め後ろには、和臣めがけて水を噴射した別のモデルガンが、三脚で固定されていた。その銃口の上には、「愚か者」と書かれた旗が立っているという念の入り用だ。
「遠隔水鉄砲の威力はどうだ?」
「……今日こそぶっ殺す」
「やれるものならやってみろ。お前ごときにやられる俺様ではないわ」
闘志丸出しの和臣と不遜な態度の柊史郎、互いの視線が火花を散らす。
そして、恒例の名物バトルが勃発するのだった。
「あーあ、キヨちゃんが泣くわよ」
バトルの最中、能天気な声の主は椿である。
「キヨちゃんって誰です?」
「頼政クン、知らないの? あの掃除ロボットのことよ。おじいちゃんが名前をつけたの。清掃の清で、キヨちゃんよ」
なるほど、と頷いた頼政のすぐ側を、来客用灰皿が飛び去った。
「それにしても、今度は柊史郎くん、何をしたんでしょう?」
「和臣クンのパソコンのスクリーンセーバー、鬼島寅之助の顔が縦横無尽に駆け巡ってたわよ。しかもアップで。あたしも思わず紅茶を吹き出しそうになったわ」
「それは……やっぱり柊史郎くんらしい、ですけど……僕も嫌ですねえ」
顔の横に飛んできた万年筆をお盆で弾き返しながら、頼政は苦笑した。
椿は降りかかる水飛沫をクリアファイルで防ぎながら、呆れた顔でバトルの行方を眺めている。
「逃げんなこらぁ!」
「捕まえてみろ、馬鹿ザルっ。俺様は無敵だっ」
どうやらこのバトル、しばらくはおさまりそうもない。
「まったくー、怪我する前にやめなさいねー」
「……元気がよすぎるのも、困りものです。まあ、これでこそ日常という気もしますけど」
「はた迷惑な平和ってやつだわね」
私立桃井研究所。
あらゆる技術の最先端、と名高い巨大な研究所の一角で、今日も日常が繰り返される。
桃井柊史郎と彼を取り巻く仲間達――天下の最強メンバーは、平和な午後を満喫するのだった。
―了―
小説リクエストとして書いた作品、「現代日本を舞台にした桃太郎」でした。
ちなみに、柊史郎=桃太郎、頼政=犬、和臣=猿、椿=雉 だったのですが。少しでも楽しんでいただけたのなら、幸いです。




