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 答えろ、と柊史郎は言った。

「俺は……人間か?」

「柊史郎くん」

 頼政は、柊史郎から少し離れた場所で立ち止まったまま、呼びかけた。近づき過ぎないのは、優しさだとか同情だとか、そういうものを向けられることを、柊史郎はきっと嫌うからだ。

「……僕はね、柊史郎くん。君ほど人間らしい人を他に知りませんよ」

 柊史郎が誤解されやすいとすれば、彼が極端な照れ屋で少しばかり――いや、少しではすまないこともあるが、ともかく乱暴で欲望に忠実なところだけが目に付きやすいからだ。和臣に喧嘩を売るのだってわざとだし、椿に「柊ちゃん」と呼ばれるのを嫌うのも、実は照れくさいからに違いないと、頼政は思っている。もっとも、そのままを口に出して言うほど彼の神経は太くないが。

「君は知らないだろうけど、僕が最初に柊史郎くんに会ったとき……僕が高校を卒業する歳だったから、十年前、になるかな。その時僕は思ったんですよ。君は椿さんと同じ、咲子姉さんの子だって」

「でも……『柊史郎』は死んだんだ」

 珍しくナーバスなことを口走る柊史郎に、頼政は咄嗟に何を言えばいいのかわからない。内心焦りつつ言葉を探そうとしたとき、背後から能天気な声が響いた。

「『柊史郎』はパパとママと一緒に天国に行っちゃったけど、柊ちゃんはここにいるじゃない。それで何か文句あるわけ?」

「椿さんっ? ああ、遠野くんも……っ」

 頼政が慌てて振り返ると、両手を腰にあてて胸を張った椿が、にっこり笑って立っていた。ついでに、椿とお揃いのバンダナを頭に巻いた和臣は、両腕を組み、斜め四十五度でしっかりポーズを決めている。

「思わず胸が打たれそうだったわよ。頼政オジさん」

 詰めが甘いところがやっぱり頼政クンなのよねー、とは、実の叔父を捕まえて手厳しい。

「でも良かった、お二人とも無事だったんですね」

「任せてって言ったでしょ。それにあたしは、柊ちゃんのお姉ちゃんなんですからね。可愛い弟が泣きそうなときに駆けつけてあげられないなんて、お姉ちゃんとして失格だわ」

 Vサインをして見せた椿は、それからにんまりと笑った。

「ねえ柊ちゃん、慰めてもらうのに胸を借りるとしたら、あたしと頼政クンのどっちがいーい? まあべつに、和臣クンでも止めないけど、それはあんまり絵にならないのよねー」

「……っかじゃねえの」

 憮然として、柊史郎が振り返る。

「馬鹿とはなんだ、馬鹿とはっ」

 怒鳴ったのは和臣だった。

「てめぇ、わざと俺達をハメただろーがっ! あんな所にセンサーあるなんて聞いてねえぞ! しかも、なんとか逃げ回ってここに辿り着いてみりゃ、シリアスモード全開ときたもんだっ。挙句に心優しい椿さんを侮辱するとは許せんっ」

「吼えるなサルっ! 貴様なんぞ捨て駒で十分な身分のくせして、俺様に説教すんなっ」

「なんだとこらぁっ!」

 和臣は条件反射とばかり怒声を上げた。しかし、いつもならただでは済まない展開になるところを、和臣はあっさり引き下がって、代わりに吐き捨てるように言う。

「とっとと、この胸くそ悪いデータ、処分しちまおうぜ」

 柊史郎は面白くなさそうに、ふん、と鼻を鳴らすと、和臣が足差した――指差したではなく、足先で示した端末に近づいた。

 そこには、鬼島寅之助がこれまでに行ったクローン技術に関する実験結果が、データベースとして蓄積されている。

 体細胞核移植によるクローン固体の作出は、食肉用の家畜の研究として既に認知されているものだ。その場合、核移植した胚をある程度培養した後、仮親の子宮に移植――妊娠させ、やがて出産されるという経過を辿る。

 鬼島寅之助は――いや、桃井庄蔵は、それを人間で、しかも仮親を用意せず人工羊水の中で育てようと試みたということだ。

 ――しかし。

 幸運にも成功をおさめ、柊史郎を誕生させた桃井庄蔵と違い、鬼島寅之助は余りにもむごい失敗を繰り返したらしい。

 人工羊水の中で、人の形になれぬまま果てた――ぶよぶよとした肉の塊。その中には、どことなく頭や手足を認識できるものもある。まともな神経の持ち主なら、とても直視できないデータが、画像と共に残されているのだった。

「……よくもまあ、ここまでするよな」

 和臣の嫌悪感たっぷりの台詞を、誰も否定しない。

 柊史郎は凄まじい勢いでキーを叩く。その顔に浮かんだ不敵な笑みこそ、桃井柊史郎、完全復活の証だった。




「いたぞ、こっちだ!」

 四人が地下から一階に駆け上がったとき、廊下の向こうから数人分の足音と声が響いた。

 鬼島研究所の私設警備団である。いかつい顔と太い腕をした男達が、猛然と四人めがけて駆けてくる。警備員の制服のようなものを一応は着込んでいるが、レスラーの集団コスプレに近い。

「いやーん、迫られるなら美しい男がいいわよぉ」

「げ、巻いたはずなのにっ」

 椿と和臣が、同時に声を上げた。相変わらず緊張感に欠けるというか、むしろ状況を面白がっているようだ。どうしましょう、などと口にしている頼政にしても、緊迫感を漂わせているわけではないのだから、柊史郎ときたら笑顔である。

「オイルジェット、スタンバイっ」

 ベルトに挿していたモデルガンを引き抜いて、両手で構える。

「GO!」

 ジェットというだけあって、ガスが噴出するような音をたてながら銃口から何かが――ほんのり黄金色がかった液体がほとばしった。

 標的は、十メートル先の廊下だ。その辺り一帯が、一瞬で液体まみれと化す。

「全員退却!」

 次に柊史郎は、号令と同時に回れ右で駆け出した。

 逃亡する四人の背中で、数人分の悲鳴と派手に廊下を七転八倒する音が響く。

「台所のサラダ油が妙に減ってると思ったらー」

 全力疾走しながら、椿が妙に納得している。その隣で、和臣が怒鳴った。

「ふざけた真似してんじゃねえよっ! もっと一発で効果のある武器はないのかっ?」

「俺様は平和主義者だ。貴様のような野蛮なサルと一緒にするなっ」

「陰険主義者の間違いだろーが!」

「まあまあ、とりあえず効果はあったのですから……っ」

 くどいようだが、全員全力疾走中である。

 四人は長すぎる廊下を駆け抜け、階段を駆け上がった。そこで一旦、追手との距離を確かめる。

「和臣と椿は先にここを出ろ。表に車を停めている」

「柊史郎てめぇ、また俺をハメようとしてんじゃねーだろうな?」

「連中が、俺達がグルだと気付いたとしたら、ついさっきだ。サラダ油ごときで逆上している馬鹿共は、車を見張ることに気が回るのに、あと四分二十秒はかかる。その間に車に乗り込んで、適当に敷地内をレースでもしてろ。銃声が三発響いたら、七十五秒後に玄関に走り込め」

 そう早口に告げる柊史郎に、和臣は不満そうな表情を浮かべる。

「鬼島との対決には出番なしかよっ?」

「その他大勢を一挙に任せてやるんだから文句言うな! 大体、こんな時くらいしか、暴走マニアのお前のドライビングテクニックは役に立たんっ」

「ああそっか。柊史郎には免許がないもんな」

 その瞬間、和臣の腹に柊史郎の蹴りが直撃した。鳩尾にクリーンヒットだ。

「あたしはどっちでもいいわよー。暴走行為も楽しそうだし」

 椿は柊史郎の機嫌をとるわけでもなく、かといってダメージにうずくまった和臣に同情するわけでもないらしい。車のキーを受け取ると、じゃあねと手を振って、そのまま廊下を歩きだしてしまった。

「先に行くわよー、和臣クン」

 振り向きもせずに言う、こういうところは柊史郎に似ている。

「――椿に怪我させたら、殺すぞ」

「大事な姉さんをよろしくお願いします、だろ?」

 無表情でぼそりと言った柊史郎の台詞に、和臣がにやりと笑った。そして二発目の蹴りを素早くかわし、小走りに椿を追う。

「椿さんっ。椿さんには俺がついてますから!」

「そうねーとりあえず、外に出ないと駄目よねえ」

 噛み合わない会話を交わす二人には、相変わらず焦りも緊張もない。

 けっ、と悪態をついた柊史郎の後ろで、頼政が声を上げた。

「もう追いつかれちゃいますよ、柊史郎くん」

「職務に忠実すぎると酷い目に遭うということを、俺様が直々に教えてやろう」

 不敵な笑みを浮かべる柊史郎の左手の指先には、マジシャンがそうするように、ピンポン玉大の球体が四つ挟まっている。

「秘儀、胡椒爆弾乱れ打ちっ!」

 直後、幾つもの爆発音が階下に木霊した。




 柊史郎と頼政が鬼島の部屋へ戻って来たとき、部屋の主はパニック状態に陥っていた。

 何者かが研究所に侵入したと思ったら、掃除ロボットが突然狂暴化し、その後はあらゆる警報装置からアラームが鳴り止まず、おまけに、所内のカメラからモニターに映し出されたのは逃げ回る四人の姿と翻弄される警備員達という有様だ。事態を飲み込めない鬼島は、分厚い唇をパクパクさせながら座り込むしかない。

「ゴシュジンサマ」

 掃除ロボットが、柊史郎の姿を認識して音声を発した。アームには、たった今まで振り回していた金の花瓶が握られている。

「ブサイクナオッサン、ダサナイ。ニンム、カンリョウ」

「ご苦労。お前は連れて帰るからな。そこで大人しく待ってろ」

「な、な……なんなんだ、これはっ!?」

 ロボットの声で二人に気付いた鬼島が、顔を紅潮させて叫んだ。

「ど、どういうことかね、柊史郎くんっ! 君達がこんなことをしでかしたのかっ? こんなことは許せん、許せんぞ!」

「あーうるせえ」

「うる……うるせ……?」

「うるせえって言ったんだよ、オッサン。説明してやるからわめくな」

 柊史郎は鬼島を見下ろしながら、モデルガンの銃口で頭を掻いた。

「俺様がこんなことをしでかした理由。その三、この掃除ロボットを開発したのは俺だから。その二、地下の研究があまりにも不愉快だから。そしてその一、俺があんたを大嫌いだから」

「お、お前達なんぞ、すぐに警備の者が取り押さえる! そして警察に突き出してやる。こんなことが知れたら桃井研究所も終わりだ! か、覚悟しろ……!」

「なんだ、モニターに映っていたのを見なかったのか? その警備の者とやらは、今頃サラダ油と胡椒にまみれて、のたうちまわってるだろうな。まあ、くしゃみのし過ぎで死ぬようなヤワな連中には見えなかったから、心配はいらん」

 柊史郎は、悪人ぶりも板についたような笑みを浮かべる。

「それに、こんなことが世間に知れて困るのはあんたのほうだろ、鬼島サン。業界を賑わした掃除ロボットは人様の知恵の借り物でした、なんて言えるのか? それとも地下の実験データを告発してやってもいいんだぞ? 俺の手元にあるのは一部のデータだが、それでも……まあ、間違いなくあんたは追放だな」

 柊史郎がジャケットのポケットから取り出したディスクを見て、鬼島の顔色が変わった。ゆっくりと壁に縋るようにして立ち上がった小太りの体が、見事に硬直する。

「言っておくが、俺様に不可能はない。この研究所のセキュリティシステムがどんな仕組みになっているかも、あんたがどのエロサイトから画像をダウンロードしたかも、俺には簡単にわかる。もちろん、この研究所のホストコンピュータにウィルスを流すことも簡単だったぞ。あんな甘いファイヤーウォールを突破するのは、子供の暇つぶしにしかならん」

 柊史郎はディスクをポケットにしまうと、モデルガンを鬼島に向けた。そして、研究所の玄関付近を映すモニター画面に、ちらりと視線を走らせる。

 和臣と椿は、すでに車に乗り込んだ後だ。画面の端から端に、タイヤを軋ませながら黒い車体が走り抜けていく。その周囲で、油と胡椒の難を逃れたらしい警備員達が右往左往している姿も映し出されていた。

 頼政がモニター前のスイッチのひとつを押すと、別の画面に、入り口の門が開く様子が映し出される。

 ――その、一瞬。

 柊史郎が油断したのは確かだった。鬼島の身体が、よもやそんなに素早く動くとは予想していなかったのだ。柊史郎の計算違い――いや、鬼島の「窮鼠猫を噛む」的行動というべきか。

「柊史郎くんっ!」

 頼政が叫ぶのと、鬼島が書棚に駆け寄るのとは同時だった。鬼島が書棚の奥から取り出したのは、日本刀である。しかも、鞘を投げ捨てて抜き身となったその刀は本物だ。

「剣道二段のわしに勝てると思うな!」

 鬼島はそう怒鳴ると、血走った目で柊史郎に襲いかかった。肥った身体が揺れながら、獲物めがけて突進する――。

 しかし、鬼島が振り上げた刀は、渾身の力を振り絞って振り下ろされる前に、掃除ロボットが投げた花瓶に直撃して、床に転がり落ちた。

「コノ、ブレイモノ!ミノホドヲ、ワキマエロ!」

 憤慨するロボットに、頼政が賞賛の拍手を送る。床に転がったままの手提げ金庫を投げようとした柊史郎は、少々恨めしそうな顔をしたが、創造主に似たロボットを責めても仕方がないというものだ。

 代わりに柊史郎は、バランスを崩して床に尻餅をついた鬼島に向かって、落し物の刀を投げ返した。鬼島がひっ、と喉を鳴らしたのもそのはず、刀は鬼島の開いた両足の間の床に、綺麗に突き刺さっている。

「あっけないうえに無様だな」

 やっぱり和臣より馬鹿だ、と仲間を虚仮にすることも忘れない柊史郎は、つかつかと鬼島に近づくと、敵キャラの風上にも置けない奴め、と鼻で笑った。

 鬼島は、立ち上がることもできずに生唾を飲み込む。

「わ、わしにどうしろというんだ……?」

「今後一切、桃井研究所に立ち入らないこと。地下の研究を打ち切ること。そして俺達がここに立ち入ったという事実を、あらゆる手を使って隠蔽すること。この三つだ、簡単だろう?」

 柊史郎は、にっこりと悪魔の笑みを浮かべ、目を白黒させている鬼島の前にしゃがみ込んだ。銃口は、鬼島の額に押し当てられている。これがモデルガンだと理解できない鬼島にとっては、とても生きた心地のするものではない。

「それさえ承諾してくれたら――鬼島さん、僕たちは大人しく退散しますよ。あの掃除ロボットは連れて帰りますけど、あの元データは差し上げます。度胸がおありなら、また造ってみるのもいいでしょう。それから、ここのホストコンピュータに仕込んだウィルスね、あれは僕がある操作をしない限りは発動しませんから。つまり、あなたが約束を守らない場合の保険だと思っていただいて結構です」

 純粋な美少年の口調に戻った柊史郎は、とても銃口を他人に向けているとは思えない爽やかな笑みを浮かべている。

 この状態で、約束できるかと問い掛けられ、嫌だと答える度胸は、鬼島にはない。

「わ、わか、わかった。そう、する……いや、させてもらいます」

「ご理解いただけて嬉しいですよ」

 柊史郎はモデルガンを下ろして、ゆっくりと立ち上がった。

 頼政が心得たようにドアを開け、柊史郎は頷いてその方へ足を向ける。

「あ、悪魔だ……!」

 背を向けた柊史郎に、鬼島が震える声で叫んだ。

「お前は悪魔だ。人間じゃない! わ、わしは知っている。お前など所詮、実験生物でしかないくせに――」

 鬼島の声は、そこまでしか続かなかった。

 一発、二発、三発。

 突如、銃声が響き渡ったのだ。

「――だからどうした、下衆野郎」

 銃口を真っ直ぐに鬼島に向けたまま、柊史郎が唇の端を歪めた。

 鬼島は泡を吹いて、倒れている。

「空砲だ、バーカ。オイルジェットだけがこいつの威力じゃない……って、聞いちゃいないか」

「柊史郎くん……」

「……同情ぶったことを抜かしたら殴るぞ」

 気遣うような頼政の声に、柊史郎は憮然として言い放つ。

「俺様は無敵だ」

 振り向いた柊史郎は、ちらりと頼政の顔を見上げて、不敵に笑ってみせた。それから、掃除ロボットに玄関まで猛ダッシュすることを命令して、自らも駆け出す。

「行くぞ、頼政」

「はい」

 思わず口元を綻ばせた頼政は、いつものように柊史郎の後を追うのだった。




 車は、柊史郎達が玄関に着くのと同時に走り込んで停止した。

 警備員達に取り囲まれる前に掃除ロボットを押し込み、柊史郎と頼政も乗り込む。そして車は再び、タイヤを軋ませながら急発進して、門を走り抜けていったのだった。

 呆然とする警備員達、そして気絶したままの鬼島寅之助。彼等が平静を取り戻すには、随分と時間がかかるに違いない。陸の孤島と化している鬼島研究所での出来事を、十数キロも離れた市街地の住民達が知ることもない。

「とりあえず、成敗終了ってとこね」

 助手席の椿が、上機嫌で笑っている。

 辺りはすっかり夜だ。長くうねる一本道を、車は軽快に飛ばしていく。

「そういえば椿さん」

 長身の身体を後部座席に折り曲げた頼政が、ふと首を捻る。

「地下の研究室、どうやって入ったんです? あそこはキーが別になっていて、僕が内側からロックを解除しないといけなかったはずなんですけど、その前に椿さんと遠野くん、入ってきたでしょう?」

 その質問に、柊史郎の眉がぴくりと反応する。口に出さないだけで、実は柊史郎も気になってはいたのだ。しかし、答えは単純過ぎるくらい単純だった。

「あー、あれ? 柊ちゃんが最初に渡してくれたカードじゃ駄目だったから、思いっきり蹴飛ばしたら開いたわよ」

「そ、そうですか……」

 頼政は引き攣った笑みを浮かべ、聞き耳を立てていた柊史郎の肩がずり下がる。

 椿はそんなことお構いなしに、なにやらごそごそすると、身体を大きく捻って後部座席のほうに手を突き出した。

「ねえ柊ちゃん、チョコ食べる? アーモンド入りの、好きでしょ?」

「なあ、途中でラーメンでも食って帰ろうぜ。新装開店の店、確か財布に割引券が……」

「わあああっ、遠野くん、前見てください、前っ!」

 まったく、騒がしい連中である。

 頬杖をついて窓の外を眺めていた柊史郎は、それでも悪くない気分で目を閉じた。

「ゴシュジンサマ、オヤスミデスカ?」

 やがてその声――音声にはっとして、頼政がロボット越しに柊史郎を覗き込む。

「あ、柊史郎くん寝ちゃったんですね」

「弟ながら、寝顔はとっても可愛いのよねー。写真撮っちゃおうかしら」

「俺が運転してるってのに寝るとはいい根性だ」

 三人はそれぞれのことを口にしているが、一様に声のボリュームを下げるあたり、乱暴で口の悪い大将は、それでも彼等の中で大事にされているということなのだ。




 型破りな連中を乗せた車は、市街地へ向って暗闇を走り抜けていく。

 桃井研究所を目指して――。

 こうして、鬼島寅之助にとっては最悪の、しかし柊史郎達にとっては最高の夜が更けていったのだった。

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