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東北~風に思いを乗せて~   作者: 青キング
9/13

母としての怒り

 底無しの暗黒空間。

 仰向けのままにゆっくり落下する。

 あ……つき?

 どこからか声になっていない声が無音の暗黒空間で響く。

 生きて!

 次ははっきりと聴こえた。

 暁、生きて!

 力強く聴覚に響いた。

 聞き慣れた優しさのある声だ。

 はっ!

 俺は驚愕した。

 無意識に右手を黒で覆われた空間の中で全力で伸ばしていたからだ。

 落下速度が低下していき、次第にはピタッと浮遊したまま落下が止まった。

「おい、暁! しっかりしろ!」

 姿がないのに母の叫び声が聴こえる。

「返事をするんだ!」

 聞き覚えのあるだみ声も聴こえる。

 心配してくれているのだろう。

 覆っていた暗黒が瞬時にして眩しいシルクのような白へと変じた。

 またも落下する感覚に襲われるが、俺をいたわるようにスローリーに落下していた。

 背中に布のような柔らかさを感じた。

 暁、がんばれ!

 その優しく温かい声を最後に視界が純白に包まれた。

 徐々に視界が色つき出す。

「暁! 起きろ暁!」

 必死な母の叫び声を近くに感じる。視界が完全に戻った。

 目の前には悲痛な面持ちをして俺を見下ろす母の顔がはっきりと見えた。

「もう……心配した」

 俺をいたわるような口調から、どれだけ心配してくれていたのか感じ取れる。

「体の方に怪我はねぇか?」

 視界の隅から中年男性も顔を覗かせる。

「ああ、うん。起き上がれそう」

 俺は上体を起こし、状況を確認するため周囲を見回した。

 この空間にいるほとんどが俺に視線を注いでいた。

 俺の近辺には金髪と母さんとだみ声男性の三人が哀愁帯びた瞳で俺を見つめていた。

 無意識に俺の口から飛び出した。

「母さん帰ろう」

 すると母は目を驚いたように大きく見開いた。

「何、言ってるんだ! いろはちゃんが津波に流された、なんて決まってない!」

 叫ぶ母の眼から一筋の線となって涙が頬を伝い床にポトリと落ちた。

「母さんはなぜ泣いてるんだ?」

「知らない、私も知らない。泣いたのなんていつぶりなんだろ」

 何滴も床に落ちて、水溜まりはかさを増していく。

 俺はのっそりと立ち上がって母に言う。

「早く車に乗ろう」

 俺の中に感情などは存在しなかった。

 木偶みたいに操られているが如く

 、全身が動く。

 母ものっそりと立ち上がり、顔を床に向けたまま行くよ、と先立つ。

 何を返すこともなく俺は母の背中を見ながら着いていった。

 ただなんとなく母の背中に着いていき、避難所を出た。


 私は暁を意気地無しに育てた覚えはない。

 歩調を荒くしながら胸中で自分に言い聞かせた。

 形容しきれぬ激情が渦巻いて、荒れ狂う。

 思わず、歯噛みした。

 後ろで虚ろな目をして暁が私の後を辿るように歩いている。

 息子が落ち込んでいるとき、なんて言葉をかけてやればいい?

 親として未熟過ぎた。

 暗赤色の愛車まで歩いてきて私は立ち止まった。

 後ろの足音も止まる。

「なぁ母さん、早く帰ろうぜ」

 不意に後ろからかけられた感情のこもっていない声に、体が勝手に反射した。

 勢いよく身を翻し暁に体を向けた。

 私は至近距離まで急接近して、上の空な暁に言い放った。

「何ですぐに決めつけるんだ! 可能性というものを信じてみろ! 一婁の望みだろうと捨てていいのか!」

 知らないうちに暁は私より身長が高くなっていた。そのため自然と私は見上げる視線になった。

 説教などという愛情溢れるものなんかじゃない。

 一心に態度が許せなかった。

 しかし、暁は表情を変えず小さく口を開く。

「もう俺は……神様に……見放されたんだ」

 それが暁が思考を巡らして考え出した見解なのか、感情のままに言ったのかはわからない。

 どちらだろうと、心底許せなかった。

「暁、お前がどこぞの神様に見放されても、私は……」

 間をおいて続きを言おうとした。

 が__。

「やぁ奇遇だね」

 唐突に隣から声がして、いゃっ! と咄嗟に軽く飛び退いた。

 とりあえず声がした方を見ると、車イスに深く座り込んだ暁と同年齢くらいの、黒いフリースを着た青年と、青年が座っている車椅子の手押しハンドルを握り肌色コートを身に纏った中学生くらいの女の子が、揃って私の隣にいつの間にか登場していた。

 青年の焦点は暁に当たっているようで、興味津々に尋問していた。

 一方、女の子は私を顔から下へとゆっくり見ていき、途中目を見開くときがあったが一言も発しはしなかった。

「ええと? あなたたち、誰……かな?」

 飛び退いた時の少々のけ反り体勢で恐々私は質問した。

 すると、なぜか冷ややかに目を細めた。

「誰って、どうするおにぃちゃん?」

「名乗っちゃっていいよ」

 女の子に即座に返した車椅子の青年は、次いで勘違いも甚だしい発言をした。

「そのお女の人、暁くんの彼女だよ」

 その断定的な発言に私は全力で否定する。

「違う違う違う! 私、暁の母!」

 小刻みにかぶりを振る私に、女の子が訝しげに詰問してきた。

「二十代で高校生の母ってどういうことですか?」

「私、二十代じゃないから。三十代後半だよ!」

 その瞬間、女の子はえっ! と明らかな驚愕を口にした。

 小さく開かれた口から、ぼそぼそ何かを呟やいている。

 それを聴くよりも早く、車椅子の青年がこちらに顔だけ向けて喋り出した。

「ああ、暁のお母さん。僕の名前は『こうた』です。それにしても何で暁くんは何も答えてくれないんですか?」

 実に答えにくい質問だ。

「それはだな……」

 うまい言葉が浮かばず私は口ごもって、暁を一瞥した。

 何も見えていないかのように輝きを失った暁の瞳が私を捉えた。

「早く帰ろうぜって言ってるだろ」

 気持ちの入っていない平滑で強弱のない台詞が、私の心を痛めつけた。

「暁のお母さん、一つだけ答えてください。黙秘権はありません」

「えっ?」

 意を決したような顔をして車椅子の青年は尋ねてきた。

「もしかして大切な人を亡くしましたか?」

 どストライクに核心をついていた。

「そうだけど……」

「やっぱりか」

 考え込むように俯き気味でブツブツ小声で独り言を呟き、しばらくして顔をこちらに戻した。

「良い場所知ってますよ。僕達これから行く予定だったんです、一緒に行きますか?」

 台詞のあと、車椅子の青年は優しい笑顔を浮かべて、私を見つめた。

 私は疑問を聞く。

「行くって、どこに?」

「う~ん、例えるなら……《(かぜ)電話(でんわ)》かな」


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