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東北~風に思いを乗せて~   作者: 青キング
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東北

 いろはと春休みに会う約束をしてから一週間。

 暖かくなり春の色が濃くなりつつある今日この頃。

 帰路を辿りながら、なぜか湧いてきた記憶を再生していた。

 小学校低学年頃の事。

 __茜色に染まった空の下で両手を大きく広げて俺をかばっているピンク色のワンピースに身を包んだ幼い小学低学年のいろはの姿。

 場所は近所の公園。いろはの前には同じ学校の男子が三人、当時小柄だった俺は戦くしかできなかった。

 真ん中の長身の男子が、厭わしそうな顔で口走った。

「塩原、お前だろ俺の粘土潰したのは。罰金だ罰金だ」

「暁は何もやってない!」

 いろはの台詞にはものすごい自信と勇気に溢れていた。

「歌浜は引っ込んでろ!」

「三対一なんてどう見てもズルいからダメ」

「うるせぇ!」

 男子の強く握られた拳が夕陽に照らされ影をつくり、声とともに振りかぶられた。

 何にも勢いを削られることなくいろはの頬を目掛けて拳が空気を切るように突き進んだ。

 バシッ! という抉る音を出しながら拳が振り切られるといろはは横に倒れた。

 しかしすぐに立ち上がり、ピンク色のワンピースに付着した土を払うことなく再び俺の目の前で両手を広げて立った。

「しつこいな歌浜!」

「黙れ! ヘタレ男!」

 男子のこめかみがピクッと微動したのを俺は見た。

 男子は表現できない怒りを体で示した。

 またも拳が振りかぶられる。

 バシッ! と先程と同様の音がいろはの頬から出て、またも横に倒れた。

 しかしまた、いろはは立ち上がり俺を体を張ってかばった。

「もういい、帰ろうぜ」

 男子は身を翻し歩きだした。

 男子たちが離れていく間もいろはは後ろ姿をにらみ続け、姿が見えなくなると後ろで尻餅ついている無様な俺に振り向いた。

「ほら暁、帰ろ」

 無様な俺に笑顔で手を差しのべてくれた。

 その時から俺は決意した。

 俺が守られてちゃいけない、俺が守る側にならないと。強くなっていろはを一生守ってやる。

 __その決意は今でも忘れていない強固なものだ。

 そしていつでも傍にいて、いろはの護衛に命をなげうって努めるんだ。いろはに毎日笑顔でいてもらうために。

 記憶を思い出しているうちに自宅ま前まで来ていた。

 白いコンクリートの車が二台分駐車できるスペースの庭を歩き、二段のタイル張りの階段を股高くを上げ一歩で越えると、濃いブルーのドアの前に立った。

 その場でズボンのポケットに手を突っ込み手探ると、中から鍵を取り出して小さな鍵穴に造作もなく差し込み捻った。

 ガチャという聞き慣れた施錠音耳に伝わるとドアノブを右手で掴み自分の方に引き寄せた。

 あるのはいつもの玄関。

 先に広がる細い廊下。

 物音が一切なく静まり返っている。

 靴を脱ぎ整頓して隅に置くと、見慣れた廊下を少し歩き左手にあるリビングに入った。

 入り口の傍に鞄を置いて冷蔵庫のあるキッチンへ向かった。

 シンクは使った痕跡がないように見えるほどピカピカに表面が磨かれている。きっと俺が学校にいる間、母が磨いたのだろう。

 冷蔵庫の上段にあるキンキンに冷えた麦茶の入ったボトルを取り出してキャップを捻り取ると、シンクの横に並んだ透明なコップを一つ手にし注いだ。

 コップを手にたままリビング中央のローテーブルに腰を下ろした。

 ふと目に入った近くの無配慮に置かれたテレビのリモコンを手に取り先端左にある電源ボタンを親指で押した。

 見たい番組があるわけではない。ただ何となくだ。

 チャンネルを変えることなくコップを掴み注いだ麦茶を口に含ませた。

 口内を鋭く刺すような冷たさに最初三月じゃ冷えた飲み物は早かったか? と思ったが、そうでもなく慣れるとどうってことなかった。

 そのあと、テレビから流れてくるニュースキャスターの歯切れのいい声を聴きながら麦茶を適当にすすっていると。

 唐突に緊迫感が高まるハイトーンメロディが聞くともなしにテレビから発された。

『緊急地震速報です。強い揺れに警戒してください』

 もう一度メロディが流れた。

『緊急地震速報です。強い揺れに警戒してください』

 ヤバイヤバイ!

 慌ててテーブルの下に潜った。

 微かに床が震動した。

 しばし待機し揺れが止まるのを体で感じてからテーブルの下から出た。

 テレビ画面を確認する。

 下方に赤い軸で囲われた青い長方形の右側には北の方が黄色で塗られた簡略化した小さな日本地図、左側には地域の名前が羅列されている。

 北海道、青森県、岩手県……えっ?

 右側にある日本地図の隅々まで目を配り震源地を探す。

 あっ見つけた!

 岩手県と宮城県より太平洋側にポツンと丸い赤点が海の青の上に際立って示している。

 ニュースキャスターが動揺の顔色のまま伝えた。

『震度は7……』

 頭の中が真っ白になった。

 その先を聞くことなくただ呆然と画面を見つめることしかできなかった。

 ニュースキャスターが焦り気味に口を動かして喋っている。しかし俺の耳には入らなかった。

 これが現実なのかすら信じがたい。

 __そうだ! 落胆してる場合じゃない。とりあえずいろはに連絡をとってみよう。

 四つん這いのまま入り口前まで行き、傍に置いた鞄のファスナーを開け中からスマホを取り出すと、パワーボタンを押して一心不乱に電話帳を開いた。

 幸いにも数々の名前の一番上に登録してあったのですぐに通話に入った。

 耳に当てたスマホからツーツーと虚無感を心底から湧かせる掠れたような音が発せられた。

 いっこうに通じることはなさそうだ。

 スマホを持った腕はだらんと力を抜かれ垂れ下がった。

 脱力された手からスマホが抜け落ち、質量のある音を立ててフローリングの上に遮るものなく直線落下した。

 ああ……神の目って節穴なのかな。

 こんなの間違っている!

 あっちで何が起きたのか、そんなことはどうでもいい! いろはが……いろはの命……

 その先を考えるのが怖かった。

 その場にゆっくりと腰を下ろして項垂れた。

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