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「要するに。あれが電気を放出してて、中に入った奴を感電させるってことだな」

 指を一本立てながら、ジンはなぜか得意げに解説した。

「光ってたのも、単に電気のせいだ。まあ電気を放つ機構って自体が珍しいが、ともかくわかっちまえば罠としてはあからさまだよな」

「それにしたって酷い目に遭ったわ……」

「たぶん骨まで見えたっすよ」

 ミネットが肩をすくめ、キュルは身体を縮こまらせながら身体をさする。すぐさま逃げ出してから数日が経ち、早くも怪我は治ったようだが。

「とにかく、タネがバレちまえばなんてことはねえ。要は電気が防げばいいんだよ」

「って、またあそこに行くんすか!?」

「当たり前だろ! いいか、あんな罠が仕掛けられてんだぞ。奥には『エクセリス』――いやいや、お宝が眠ってるに違いねえ」

 大秘宝のことは知られまいと、ジンは慌てて言い直した。部下のふたり、というよりも獣人たちは『エクセリス』の存在どころか、それがなんなのかも知らないはずだった。

 もし知られたら、まして大秘宝を奪われたらどうなるか、ジンは想像もしたくなかった。

「とにかくまず、電気を防ぐ道具が必要だ。それを盗み出す」

「他にも道があったじゃないっすかー。そこに行きましょうよぅ」

「何言ってやがる――ここまで来ておいて言うことかよ」

 と、ジンは視線で周囲を示した。

 闇夜の中、ランプも灯さないが、星明りのおかげで人間の目でもぼんやりと青黒い輪郭を見い出すことができる。まして獣人の目ならばもっと鮮明に違いない。

 そこは王宮の、広大な中庭に面した回廊だった。

 等間隔に配置された細い柱は恐ろしく精巧な彫刻が施されており、上階の回廊の床であるはずの屋根でさえも、見上げれば美しい幾何学模様が刻まれている。日中であれば、それらはさらに金銀に輝いていたことだろう。

 さらに、横目に見えるのは三つに分かれている王宮の棟のうち、兵舎である東の棟だが、そこですら回廊よりも豪華絢爛な装飾と彫刻が成されている。見上げきれないほどの高さに、数え切れない無数の窓があり、恐らくそれに近しい数の部屋と、それよりも多い数の獣人が眠っていることだろう。

 ジンたちはそうした高級な俗悪趣味に犬歯を見せながら、中腰になって回廊を渡り、中央の棟へと向かっていた。しかし思えば王宮だけでなく、王都自体がジンたち――というより、特にジンにとって鼻持ちならないものではあった。

(なんで獣人ばっかり、こんないい思いしてやがるんだ)

 昨今流行しているらしい、駒型切妻屋根をした煉瓦造りの民家が整然と立ち並ぶ、いかにも高級感を漂わせる王都の街並みを思い出し、憎々しく独りごちる。

 ジンたちが拠点とする地域とは、隣接しながらも異なった国である。

 その王都へと、三人は下見のために昼間のうちから入り込んでいたのだが、街の中央を真っ直ぐ通って王宮まで続くという大通りは、無防備だというジンたちの酷評などどこ吹く風で、盛大に賑わっていた。道の両脇を埋め尽くすほどの露店が並び、たいていの品は他の町ならば三つは買えるだろうという値段で二つを売り、客も客でそれに嫌な顔一つせず、平然と購入していくのだ。

 外出する誰しもが澄ました格好をしており、ジンたちは常に誰かしらから白い目で見られているように感じたし、ただ道を歩くだけでダンスパーティーにでも出席するような格好をした貴婦人の何人かは、あからさまにジンたちとすれ違うのを避けたほどだった。

 夜になれば各所に街灯が灯り、星明りをかき消して、なおも各地で商売が続けられ、その賑やかさは場所を移しながらも朝陽が昇るまで終わることがないようだった。

 都市全体が常に浮かれ気分であり、楽観的だったというのが、ジンたちの感想である。そのおかげで王宮に忍び込む際もさして苦労することなく、ざまあみろと笑ったものだ。

 ともかく三人が目指したのは、そうして忍び込んだ王宮にある、ダンスホールだった

「この王宮には、一つの伝説があってね」

 ふと。小声で語り始めたのはミネットだ。

 それは出発前にも聞いた話であり、この王宮へ狙いを定めた理由でもある。

 彼女がこの話を好んで語るのは、ひょっとすれば幼少期の憧れだったからかもしれない。

 少なくとも精神的にはジンと大差のない少女であるミネットは、これを語る時、どこか恍惚としていた。マフラーで口元を隠していても、それがわかるほどに。

「昔々あるお屋敷に、とても意地悪な、世界外の恐るべき邪悪な生物たちに虐められている、可哀想な女の子がいました」

「……思うんだが、獣人には昔々ってほど歴史がないよな?」

「黙って聞いてないと怒られるっすよ」

 男ふたりで、顔を隠す布越しにこそこそと言い合い、肩をすくめる。

 その間もミネットは気にせず、絵本の朗読をするように続けた。

「毎日毎日、その意地悪な邪悪の生物に虐げられる日々……破風の窓に見える見知らぬ世界からこちらへと迫ってくる怪物や、地下を這いずり回る奇怪な音、遠くから聞こえる胸のむかつく太鼓や笛による儀式の音色に恐怖させられてばかりの女の子は、けれどそれはそれとして、王宮で開かれる舞踏会へ行きたいと思っていました」

「それはそれとしちゃうなら、別に虐めじゃないと思うんすけど」

「それ以前におかしいところばっかりだろ、この時点で」

「しかし邪悪な生物たちはそれを許さず、意地悪にも女の子に対し、自分たちを世界へ召喚させるための冒涜的な儀式を執り行う手伝いをさせようとしたのです」

「意地悪なんすか、これ?」

「まあ……意地は悪いんじゃないか?」

 ミネットがキッと睨み付けてきたので、男たちは目を逸らして口を閉ざした。

 夜風が通り過ぎ、中庭の植木を揺らすだけの静かな闇夜に、ミネットの声が溶けていく。

「そんなある日。女の子がその洗脳的な誘惑に苦悶していると、旧文明の大いなる神が現れ、女の子にガラスで作られた魔法のパンプスを貸し与えてくれました。さらに神は、その靴を履いて舞踏会へ行き、旧文明の大いなる神を奉る神聖な踊りと呪文を唱えることで邪悪の生物を退けられることを教え、お城へと連れて行ってくれたのです」

「親分、もうこの辺からよくわかんないんすけど……」

「俺なんてもっと前からわかんねえよ」

 手で口元を隠し、眉を下げ合いながらも、彼女の語りを止める術はなかった。いよいよもってクライマックスへと向かう声音は、それなりに朗々としたものになっていたが。

「そして舞踏会の中。そこにまで追ってきた邪悪な生物たちの前で、女の子が神に言われた通りの踊りと呪文を唱えると、突如として天井を突き破って巨大な光の手が現れ、邪悪な生物を放り投げてしまったのです! ……こうして平穏を取り戻した女の子はその後、魔女として捕らえられてしまいましたが、それはそれとしてガラスのパンプスは邪悪を退けるお守りとして、王家のダンスホールに飾られることになりましたとさ」

 めでたしめでたしと言って、ミネットは空想に浸るうっとりした顔で話を終わらせた。

「なんでまた、それはそれとしちゃうんすかね?」

「部分的には俺の知ってる話と似てるんだけどなあ……」

 うんなざりと感想を呟き合って――しかしそれはそれとして。

 キュルは満足そうなミネットの方を見やり、首を傾げた。

「でもそのガラスの靴なんか盗んで、どうするんすか?」

「ガラスっていうのは、電気を通さない力があるのよ。あたしがこの盗賊団に入る前、雷雨の多い南の辺境で、雷を物ともしないガラスの甲冑兵団っていうのを見たことがあるわ。一歩も動けないまま甲冑を叩き割られて大怪我してたけど」

「そういえばミネットは、色んなところを旅してたんすね」

 なんとなく感心するように、キュル。ジンはそこに言葉を付け足した。

「つまりだ。それを履けば、あの電気部屋だって歩いて渡れるってことだな」

 と言った直後――「待て!」と横に手を広げ、ジンは部下のふたりを止めた。

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