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5-6

「…………」

 ジンたちは恐る恐る振り返り、改めて自分たちの進行を妨げる壁を見据えた。

 キュルがランプを、床と壁の境目へと向ける。三人でじっとそれを見つめると……やがてまた石の擦れる音がして、同時に壁が、床を僅かに呑み込んだ。

「ひょっとして、これは……」

「壁が迫ってきて押し潰すってやつ!?」

「なんでよりにもよって、そんなのがここにあるんすかー!」

 口々に言い合って、三人はすぐさま引き返すように駆け出した。

 いや――引き返そうとしたのだが。長く直線の続く通路の先に、もう一つの音が増えた。

 今度は音を確かめる必要もない。ランプを掲げて光を当て、姿を確認する必要もない。

 それは紛れもなく、ワニの石像だった。

「あぁっ、もう追いつかれてるっすよ!」

「だから早く逃げろって言ったのよ!」

「これじゃどの道、鉢合わせだっただろうよ」

 呟きながら苦々しく見据える。石像はこちらを見つけるや否や地を蹴り、突進してきた。

 その動きはやはり、異様なほど速い。石同士を叩き合せる不愉快な音を連続させながら、ジンたちを逃がすまいとするように大きく両腕――二本の剣を広げていた。

 通路の幅からすれば、そこからは逃げられるとも逃げられないとも言える。

 しかしいずれにしても、誰かひとりが集中して狙われることがあれば、そのひとりは確実に逃げ場を失うだろう。ましてやそれが獣人たちならばいざ知らず、人間であるジンではひとたまりもない。広間で味わったものも、まだ忘れているはずがない。

 連携してどうにか石像を打ち倒す、という考えはすぐに否定した。手立てが全くない。

(せっかく逃げてきたってのに、またこれかよ!)

 ジンは絶望的な心地で独りごち、青ざめて汗を滲ませた。

 獣人たちは隙を見て石像の攻撃を避け、切り抜けようと身構えているようだった。実際、他に手段はなく、ジンも僅かな時間でその決断を下すしかなかった。

 腰を落とし、正面から向かってくる石像に対し、左右どちらへでも飛び退けるようにと心構えを作りながら、足に掛かる体重を均一にする――しかしその時、ジンは狙われているのが自分なのだと、不意に気が付いた。

 石像は真っ直ぐに一点、正面を見据えて駆けてくる。恐らくは自分を炎に巻いた憎い敵であり、また最も組し易い相手だと判断されたのだろう。大きく広げた腕は三人を逃がさぬためではなく、狙っているジンひとりを確実に仕留めるために違いなかった。左右どちらへ飛び退こうとも、刃である石の腕がそれを切り裂くのだ。

 あとほんの三歩ほど。ジンはその距離に、なおさら絶望する他なかった。もはや僅かな空間を埋める術などなく、そう考える間にも石像は一歩踏み出していた。

「……っ!」

 ジンはその二歩目が踏み込まれる時、ヤケクソに目を閉じて、その場にしゃがみ込んだ。両腕をハサミのように水平に振り回してくれれば、その隙に逃げ出せるかもしれないと、最後の最後である望みを託して。

 しかし実際にそのようなことがあるはずもない。

 石像は右腕の刃だけを、振り回すどころか真っ直ぐに突き立てたのである。

 ――ただし、ジンの頭上に、だ。

「……は?」

「イ、ノチ……セ、イメイ……ッ!」

 石像は以前と同じように、そう繰り返していた。

 そしてジンなど目もくれないように、今度は左腕を振り被ると、斜めに斬り付ける。

「どおわっ!?」

 それはジンを狙ったものではなかったが、それでも巻き込まれそうになり、慌てて飛び退いた。そのまま腰を抜かしたように、半ば這いながら石像の脇を通り抜け、背後へ回る。

 それなりの距離を取ると、そこには既に獣人たちがいたのだが、ともかく。

「どうなってんだ、いったい?」

「あたしもわかんないけど……」

 ジンが呟くと、答えてきたのはミネットである。そして口を開けてきょとんとするキュルの横で、彼女もまた唖然としながら、ずっと向けたままである視線の方を指差した。

 そこにはワニの石像の背中が見える。

 必死に腕を振り回し、命だ生命だと言いながら、何かを夢中で斬り付けている。

 それは、ジンたちの逃げ場を封じていた、おぞましい彫刻の壁だった。

「……何やってんだ、あいつは?」

「だから、あたしにもわかんないわよ」

「ひょっとして――」

 顔を明るくさせて。推測を口にしたのはキュルだった。その時点でジンとミネットは期待のない胡散臭そうな顔を向けていたが、彼は構わずに続けてくる。

「実はあれ、意外といい奴なんじゃないっすか? さっきはおいらが目を触ったせいで怒ったけど、おいらたちがピンチなのを見て助けてくれた、とか」

「このピンチを招いたのは、あいつが追いかけてきたからなんだが」

「だからその罪滅ぼしっすよー。脅かしてごめんねっていう」

「ンなわけあるか!」

 しかしその間にもワニの石像は一心不乱に壁を叩き、破壊しようとしている様子だった。

 その姿は、確かにキュルの推測でもない限り説明が付きそうにもなかったが――

 ……やがて、何度目か。あるいは何十度目か。

 石の刃が叩き付けられた時、壁に微かなひびが生まれたようだった。そしてさらに、そこに隙を見い出した石像が集中してひびを斬り付けると、それが大きくなっていく。

 びしびしと危うい音を響かせながら、壁は微動を続け、砕けようとしているらしかった。

「って、これまずいんじゃない? 壁が壊れたら、今度はまたあたしたちの方に……」

「そ、それもそうだな。今のうちに逃げるか」

 唯一、「いい奴だから大丈夫かもしれないっすよ!」と主張するキュルを無視して、ジンたちは踵を返して通路を駆け出そうとした。

 しかしその時――

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