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02.家出したら、魔物に襲われた

 満月が見守るなか、新宿の街は深夜二時を迎えようとしていた。

 終バスも終電も、全て出払ってしまう時間帯だ。そのため、街ゆく人の量はだいぶ減り、昼とは違う印象を受ける。


 いつもなら様々な人々が行き交う新宿駅東口も、この時間帯では二次会に行くサラリーマンや少数の外国人観光客くらいしかいなくなる。もはや通りの大きさと通行量が見合っていない。


 しかし、どこもかしこも閑散とするわけではない。例外もある。

 東口から少し歩いたところに位置するスタジオアルタ。その裏側に位置する歌舞伎町は、夜から活気があふれ出す。


 『夜から』と言っても、奥に行かなければ普通の街とほぼ変わらない。入ってすぐの通りなどは、健全な飲み屋や深夜カフェが広がるだけで、怪しい店の気配すらない。


 しかし逆に言えば、あくまで入ってすぐに限られる。奥に行けば行くほど、一般人を受けつけてくれないような、怪しい空気へと変わっていく。


 カタギの人間にも、そのような怪しい店に訪れる常連客は、それなりにいるらしい。が、それ以外の観光客などは全く近寄らない。それこそ近くに住む地元民であってもだ。


 その大きな理由は、それらの店を経営するのが、反社会的組織であることが災いしていると考えられる。そのような店が警察によって取り締まられないことも、大きな理由だろう。


 ではなぜ、警察はそれらの組織を捜査しないのだろうか……。



『魔物』


 そんなファンタジー的存在を信じるだろうか?


 もしそのような質問を道行く人に聞いたとしよう。すれば、質問を無視する者を除いて、みな口を揃えてこう返してくるはずだ。


「信じるもなにも、いて当たり前だろう」と。


 一三年前のことだった。

 新宿で、今日まで続いている事件が初めて起こり、魔物という存在が認知されたのは。


『魔物と呼ばれる生物が、一〇〇名近くの人間を襲った』


 簡潔にまとめれば、たった一行の事件だった。しかし、新宿の人間を恐怖のどん底に突き落とすには、十二分過ぎるインパクトがあった。


 それもそのはずだろう。なにせ新宿にいたというだけの理由の人間が、一〇〇人近くも惨殺されたのだから。

 しかも、未だに魔物は新宿の街に出没することがあり、いつ自分が襲われてもおかしくないのだから。


 もちろんこの事件に警察は動いた。魔物対策がとられ、武装も強化された。

 新宿には魔物との戦闘に特化した特殊迎撃部隊(SIAT)が常駐するようになった。これらの情報がマスコミを通じて、全国に知らされる頃には『魔物』は、いて当たり前の存在となっていた。


 しかし、それと同時に都内の警察が人間の起こす事件に鈍感となったのも確かだった。

 魔物が出現した場合に備えて、人員を魔物対策へ割きすぎた結果である。


 まぁさすがに、殺人事件などが起こればそれなりの対処はする。目の前で犯罪者が出れば、現行犯逮捕などもする。

 だが、その一方で、親の虐待など証拠を見つけるのが難しい、あるいは時間のかかる事件に関わろうとしなくなったのは明白だった。


 しかし、それでもこの地域の人間は引っ越そうとはしない。それどころか新宿に移り住む者もいる。


 理由は二つあった。


 一つは対魔物特化である部隊──SIATが新宿にしか常駐していないこと。

 そしてもう一つは、新宿事件の後、日本のあらゆる地域で魔物が発生するようになったことだ。


 つまり、日本国内どこにいても危険がつきまとうようになったわけである。もはや、SIATのいない地域よりも常駐している新宿の方が安全なのだ。


 そのような理由から、今日も大都市──新宿の物流は平然と動いていく。



 まぁSIATがいようが、やはり危険であることに変わりない街──歌舞伎町は、いつもと違う様子だった。

 一人のあどけなさが残る少女が全力で疾走していたのだ。それもパジャマ姿に裸足で、である。


 夜の街とパジャマ姿の少女という光景はあまりにもミスマッチだった。道行く人や呼び込みの店員も、その異様さに動作を止めてしまうほどである。


 だが、一番驚いているのは少女──月夜の方であった。


 ──ここって、新宿じゃないの?


 そんな疑問を浮かばせながら、月夜は走った。


 それもそのはずで月夜が知っている新宿とは、京王百貨店くらいのものだった。もう少し知っていても、せいぜい新宿駅前のビックカメラくらいまでだった。

 つまり歌舞伎町の空気を月夜は知らない。そのため、月夜の中の新宿の空気とどこか食い違うところがあった。


 なぜそんなに、自宅からほど近い新宿の街を知らないのか。


 それは小学校低学年頃から、一度も外に出たことがなかったこと、そして大通りしか歩いたことがなかったこと、が原因しているだろう。


 当時の月夜は母親にくっついていれば目的地に着いたため、特にルートも覚えなかった。まして裏路地など見向きもしなかった。それどころか見る必要もないとさえ思っていた。


 それがまさか、ここまでの知識不足を生み出すとは知らずに。


 月夜は裸足で、とにかく走る。しかしアスファルトは裸足で走ることを想定していない。想像以上に粗く、幼い足裏に着々とダメージを与えていった。

 月夜は段々と足が痛くなっていくのを感じ取った。


 それでも走った。痛みをこらえ、必死に走った。そして気がつけば、月夜は人気のない場所まで走っていた。

 少しずつ走る動きから歩く動きへ変えていく。ついには静止した。

 月夜は、明るい光を周囲に散らす街頭の下で動きを止め──そして座った。


「足……あぁ、やっぱり赤くなっちゃってる」


 足の裏を見ながら、独り言を漏らした。

 同時に、はぁ、と疲れを吐き出すようなため息をつき、少しでも痛みを軽減させるために、足を伸ばすように座る。辺りキョロキョロと確認した。

 もし警官にでも見つかろうものなら、確実に家に帰されると思ったからだ。


 しかし警官はおろか、人っ子一人いないかった。今まで走っていたネオン街とは、まるで真逆だった。


 誰かに見つかることを避けられ、月夜は安堵した。そして視界を真っ正面に向け──そこで違和感を見つけた。否、見つけてしまった。


 月夜の正面には薄汚いゴミ置き場がある。それはまるでゴキブリでもいそうなゴミ置き場だ。どこのゴミ置き場もこんな感じだろう。


 その中には、たくさんのゴミ袋が置かれてあった。おそらく明日の朝に回収されるものであろう。


 そしてその大量のゴミ袋達の中心に、違和感はあった。


 そこには一人の男性がいた。


 さらに言えば、サマージャケットとジーンズをまとい──、

 顔を真っ赤にさせた状態で眠りながら──、

 右手にスピリタスというゴロの入ったお酒を持っている男性。


 つまるところの酔っぱらいが、ゴミ袋をベッドに見たてて寝ていた。


 恐らく、飲み会にでも誘われたのだろう。そして酒が弱いにも関わらず、目上の人間から「俺の酒が飲めねぇってかぁ?」などと言われ、飲んだ結果こうなったのだろう。


 パワハラという言葉を知らない月夜は安直な推測をたてた。


 ──どうすればいいんだろ。


 そして月夜は少し悩む。

 こんなところで寝かせていたら、誰かに財布を盗まれてしまうかもしれない。


 だからと言って、警察に彼を連れて行けば確実に月夜は保護されてしまう。そうなれば、またあの家に戻ることになる。そして家を出た罰として、また酷い仕打ちを受けることになる。


 数分間、葛藤が起こった。変なモヤモヤとした感覚が月夜を襲った。

 月夜はそんな感覚から逃れるように、幼いながらの結論を出す。

 長らく虐げられてきた幼い子だからこそ出せた結論を。


 ──そうだよ。

 ──他人なんかを救うことに価値なんてないじゃないか。

 ──警察だって、隣人さんだって、私を助けてくれなかったじゃないか。


 大人が聞けば、それは違うぞと諭すような結論だった。

 しかし月夜はこれが正しいと信じて疑わなかった。

 今までそれを正してくれる大人がいなかったから。それどころか、これが正しいと言わんばかりの大人しか、周りにいなかったから。


 月夜は男性を見つめた。とても平和そうな顔をしている。それを見ていると、やっと消えたモヤモヤがまた月夜を覆いそうになった。


 また何度か葛藤を繰り返しているうちに、気配でも感じたのかピクッと男性の目が開いた。


 男性と月夜の視線が交わる。

 月夜の身体がビクッと震える。


 月夜は痛む足をこらえて、とにかく立ち上がった。そして来た道とは反対方向へ逃げようとする。


 深夜に少女が出歩いているのだ。もしこのまま男性の意識がハッキリすれば、交番に連れて行かれるのは間違いない。


 しかし月夜の足は、まるで見えない壁でも存在するかのようにピタリと止まった。同時に表情がみるみる動揺の色に染まっていく。


 月夜を動揺させたのは音だった。普通に街を歩いているぶんには雑音にしか聞こえないそれは、しかし月夜には鮮明に、そして内容まで理解できるほどに、しっかりと聞こえた。


 それは男女二人の話し声だった。そんなものが逃げようとした先から聞こえてきた。


 そしてその声の持ち主は徐々に露わになってくる。そしてついには、その姿がハッキリ目視できるまでに至った。


 そこにはとてもスタイルのいい金髪の女性と、不良のような男性がいた。


 明らかに関わってはいけないタイプの人間を目の前にし、月夜は退いた。

 そしてきびきを返し、元来た道を戻ろうした。──が、そこで月夜に更なる追い討ちがかけられる。


 まるで月夜の退路を阻むかのように立つ一つの影があった。


 それは一言で表すなら、獣。

 ライオンに真っ黒のペンキを塗り、某ネコ型ロボットの大きくなるライトを当てた感じの、大きくて黒い獣だった。体長は優に五メートルを越そうかというほどである。


 世間一般からは“魔物”と呼ばれるそれは、少女を獲物と捉えたらしい。ガルルル……と低くうなった。


 もはや逃げ場がない月夜と、闘争本能のままに生きる魔物。両者は自然と対峙する。そしてあまりの恐怖から、ふと月夜が目をらした瞬間、魔物が揺らめくように動いた。

 強制的に月夜の視線が魔物へと戻され──、


 ピカリ


 ライトを目に向けられたかのような眩しい光が、月夜の眼球を刺激する。それは魔物の口から発射されたものだった。

 とても綺麗で、それでいて禍々しい。そんな光の物体は月夜めがけてもう突進してくる。


 正体はなにか分からない。しかし月夜に分かることが一つだけあった。


 あの塊に当たったら命はない、と。


 確証などない。根拠もない。証拠だってない。しかし本能がそう怒鳴る。


 まるで現実離れした出来事に、月夜の思考が一瞬止まった。周りの風景がスローモーションに見える。

 そして思考が戻った頃には、もはや助からないと確信した。拳を強く握りしめる。しかし悔いはなかった。


 あんな薄暗い部屋で、一生を終えるよりは──、


 そう思った。そのとき。

 横から人影が飛び出た。スローモーションだった世界にスピードが戻る。


 それとほぼ同時に月夜の身体が動いた。後ろから引っ張られ、自然と身体が振り向いたのだ。

 一八〇度。くるりと身体が回転したところで自分を引っ張った者の正体を知った。


 それは先ほど、月夜の方へ歩いてきていた金髪の女性だった。女性は、怯えて混乱している月夜に目を合わせた。そして、落ち着いた様子で「もう大丈夫だよ」とつぶやいた。


 しかし。


 月夜はそんな月並みな言葉よりも、彼女の目から発せられる謎めいた安心感に、意識を闇に落とされてしまった……。

 そして月夜は、懐かしい夢へといざなわれることになる。

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