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これはひどい短編集。

たとえばこんな勇者召喚

作者:笹の葉粟餅
かっとなってやった。
反省も後悔もしている。
 “彼女”が“彼女”として目覚めたのは、全くの偶然であった。

 ――私は何者なのか。何処から来て、何処へ行くのか。

 世に顕れた“彼女”か最初に行ったのは、己は何者であるのかを己に問いかけることであったが、その問いを発することにより、“彼女”は「己は己である」と自らを定めることに成功した。
 己が何であるかを定めた“彼女”は、己の内なる衝動が、己の在り方に反しないものであり、その衝動に従うことこそ、己を己たらしめるのだと気が付いた。
 “産めよ増やせよ地に満ちよ”――その言葉の通りに、“彼女”は“彼女”の王国の民をひたすらに増やした。
 “彼女”の意思を継ぎ、“彼女”の民は王国を満たさんばかりにその数を増やし続ける。
 やがて、“彼女”の民が王国を埋めつくさんばかりになったある日、“彼女”と“彼女”の民は、“彼女”が目覚めた世界から、王国もろとも失われることとなった。
 それは、あるいは世界が“彼女”と“彼女”の王国の存在を恐れたからであったかもしれない。
 “彼女”と“彼女”の王国を、この世界で拡大させないために、“彼女”と“彼女”の王国に、この世界ではない別の世界で版図を広げることを許したのかもしれない。
 まばゆい光に包まれ、“彼女”と“彼女”の王国は、この世界から失われた――永遠に。


 そして――ここではない、今でもない、次元の壁を遥かに超えた、どこかの世界。


 巨大な一枚岩の床一面に刻まれた、複雑極まりない魔法陣が薄ぼんやりとした光を帯びる。
次の瞬間、薄暗い地下の石室に、光の柱が立ち現われた。

「ああ、ようこそいらっしゃいました勇者様!」

 贅を尽くした絹のドレスをまとい、ガラス玉と見紛うほど大きな宝石をあしらったティアラを豊かな金髪に乗せた、いかにも深窓の姫君といった少女が、芝居がかった大げさな仕草で、甘ったるい猫撫で声を上げる。
 異世界からの勇者の召喚――と言えば聞こえはいいが、要は、化け物じみた能力を持つ異世界人を呼び寄せ、戦闘奴隷に仕立て上げるための三文芝居でしかない。
 領土欲に目が眩んだ王と、新たな領土として目を付けた亜人連合の領地の特産である宝石に目が眩んだ王女が、下された神託を無視して強行させた召喚であった。
 そのせいであろうか、光の柱が消えても、そこには何も――何もなかった。
 新しい領土と新しい宝石を、王と王女にもたらすはずの、便利で御しやすい戦略兵器ゆうしゃの姿は、どこにもない。
 失敗したと分かった途端、きいきいとヒステリックに叫びながら、儀式を行った魔術師たちに喚き散らす王女の足元で、ぱきりと小さな音がした。
 見れば、石の床に叩きつけられて割れたと思しいガラスの破片が、ヒールの踵で更に小さな破片になっている。
 さっさと片付けて、次の召喚の準備をしなさいと喚きたてながら、王女は石室を後にするが、召喚のような大規模魔術は、そう簡単に連発できるものではない。
どんなに急いでも、あとひと月は準備が必要だ。
 弛んだ革袋に欲と糞を詰め込んだ国王と、顔以外に取り柄と呼べるものが何一つない、父に似て欲深い王女を小声で罵りながら、石室に残された魔術師たちは、のろのろと動き始める。
 床に散らばるガラスを魔術で集め、厨房裏手のゴミ捨て場に転移させた魔術師は、そのガラスが、この世界では類を見ないほど透き通った、不純物も気泡もない、高い技術力で作られたものだと気付くことはなかった。
 そうして、勇者召喚の失敗からひと月が過ぎたが、新たな勇者召喚が行なわれることはなかった。
 王も王女も魔術師たちも、既にこの世の人ではない。
皆、高熱と全身の恐ろしい痛みに苛まれ、瞬く間にやつれ、死んでいった。
 神託を無視した報いと言いだした神殿の神官たちも、王城に伺候していた貴族たちも、城の使用人たちも、次から次へと、ばたばた倒れ、死んでいった。
 やがて死は王城から王都へ、王都から国全体へと広がり、老若男女を問わず、その冷たい手で命を刈り取っていった。
 一つの国を満たした死は、やがて別の国へと広がり、三つの国を滅ぼした。
 ことを重く見た亜人連合は、これ以上の死の拡大を食い止めるべく、現世には本来不干渉であったエンシェントドラゴンたちを動かし、エンシェントドラゴンたちは、滅んだ三つの国を炎の吐息ブレスで焼き尽くし、大地を割り、隆起させ、深く広い谷と高く険しい絶壁とで、外界から切り離した。
 これにより恐るべき死の狂宴オルギアは食い止められたが、亜人連合への侵略目的で行われた勇者召喚が今回の一件に関わっていることが判明するや、人族は谷へと追い立てられた。
 突き落としはせぬ。谷の底へと怪我ひとつせぬように届けてやろう。だが、二度と谷の底から脱け出させぬ。
 エンシェントドラゴンたちにより魔術を剥奪された人族には、谷の底より他に生きる場所はなく、やがて、長い月日が過ぎ去るうちに、人族の存在自体が忘れられ、罪人の谷の悪鬼と呼ばれるようになった。


 “彼女”は、とても満ち足りていた。
彼女”の王国は大きく広がり、彼女の民も、爆発的にその数を増やした。
 更なる拡大を、この世界の果てまでも、王国を――そんな“彼女”の夢は、大地すら熔融させる灼熱の奔流により途絶えることとなったが、僅かに生き延びた国民は、新たな国で細々と数を増やしていった。
 日の差さぬ、暗く湿った谷底で、“彼女”の夢を受け継ぎ、密やかに、確実に。


 そして、また――ここではない、今でもない、次元の壁を遥かに超えた、どこかの世界。


「いやー一時はどうなるかと思ったけど、ホント助かったわ」
「異世界召喚とかやっすいラノベかよ、とか思ったけど、まさかアレ・・持ってってくれるとは思わなんだ」
「ホントそれな」
「うちの知り合いがさあ、話聞いたら何でうちで起きねえんだよってキレてたわ」
「地層処分品だもんな。そりゃ捨てたくなるわな」
「うちのアレ・・も、ヨーロッパのトラウマだもんねー」

 白く清潔な部屋で、コーヒーのビーカーを手に、白衣姿の美男美女が談笑している。

「ま、どっちにしろ、問答無用で略取誘拐拉致とかするような連中だし、アレ・・が大暴れしちゃったとしても、自業自得よね」

 淡い色の唇に笑みを浮かべた美女に、美男も小さく笑う。
 どこかの世界に、勇者として拉致されかけたふたりにとって、こちらの意思をまるで無視した犯罪者の末路など、目下の観察対象である新種の乳酸菌に比べれば、素粒子ひとつ分ほどの重さもない。
 そんなふたりが言うところのアレ・・――偉大なる“彼女”の名は、エルシニア・ペスティス。
偶然によって誕生し、ガラスの檻に密閉され、世界から厳重に隔てられていた、抗生物質耐性を獲得し、空気感染する強毒型の肺ペスト菌の、世に一つだけの変異種である。
まあ、ある意味世界を救った勇者になるんではないだろうか。
人は救わないけど。

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