悪役令嬢に転生しました。追放されたので努力することにしました
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___________彼の君は、全ての聖獣の友で有り、愛し子(めぐしこ)であった・・。
その乙女は、唯一無二の聖獣姫(せいじゅうき)なり。
____________________________歴天宮 著
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【星歴2014年 小雪】
「ここが、23番街、通称 貧民街の入り口です。」
乗ってきた馬車が止まると、同乗していた役人がそう切り出した。
「どうぞ、外へ」
「はい」
促させて移動しようと立ち上がるより早く彼は身軽に下車し、ごく自然にエスコートの為の手を差し伸べてくれた。
「・・・・・ありがとうございます。」
一瞬どうすべきか迷ったが、差し出された手をとり馬車を降りた。
「どうかされましたか」
そう尋ねられ、自分が怪訝な表情をしていたのだと、改めて認識した。
もちろん行為自体に戸惑ったわけではない。
むしろ少し前までは当たり前の事だったのだから。
私は追放を言い渡された“罪人”だ。
ここまで馬車で送ると言われた事にすでに驚いていたが、同乗した刑部(けいぶ)役人の、まるで普通に“貴族令嬢”に対しているかの様な所作は、むしろ戸惑いを覚えて当然ではないだろうか。
「・・・あの・・・私は罪人です。刑官(けいかん)である貴方にこんな風に扱っていただく必要はありませんわ。」
「女性をエスコートするのは男の務めです。お気になさらず。
・・・・それに、美しい女性をお助け出来て、私には役得です。」
「・・・・まぁ」
そう若い刑官は無表情で言い切った。
もう一度言うが“無表情”で言い切ったのだ。
私は返す言葉が見つからず、曖昧な声を漏らすだけとなった。
一つだけわかったのは、細身で怜悧な印象の刑官は、見た目は正反対だが間違いなく
焔(ほむら)様の同類だということだ。
(さしずめ、クール系女たらしとでも言えばいいのでしょうか・・・)
「旦那、こんな朝早くにどうしたんで」
少し離れた場所から男性が歩いて来るのが見えた。
詳しくは分からないが、服装を見ると駐在刑官(ちゅうざいけいかん)の様だ。
注意して見れば貧民街との境に駐在刑官の為であろう小さめの建物が見える。
「東(あずま)か。早いな」
「まぁ、一応仕事ですんで・・。それより旦那こそどうしたんで?そちらのお嬢さんは?」
「ああ・・・こちらは「ックシュン」」
駐在刑官との話が終わるのを待っているつもりだったが、絶妙なタイミングで会話を遮ってしまった。
思わず赤面していると、若い刑官は直ぐに此方へ戻って来た。
「申し訳ありません。あまり長時間女性を外に立たせておくものではありませんね。あちらへどうぞ」
そう促され又もや自然な所作でエスコートされてしまう。
「ちょっと、旦那!」
先ほどの駐在刑官は結局何も分からないままなので、当然、説明を求める言葉をかけて来た。
「・・あの、あちらの方が・・」
「問題ないですよ。さぁ 此方へ」
うん・・・黙ってつい行く事に致しましょう。
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「奥へどうぞ」
「はい」
先ほど思った通り、ここは駐在刑官の為の建物のようだ。
普段、仕事場として使用しているだろうスペースを通り、奥に2つあった部屋の一方へ案内された。
「こちらでお待ちください」
「はい。ありがとうございます」
扉を支えながら入室を促してくれた刑官にお礼を言い、顔をあげた私の目に飛び込んで来たのは予想外の光景だった。
「・・・どうかされましたか?」
外開きの扉を支えていた刑官は私の後ろにいる。
立ち止った私を不審に思ったのだろう。
隣に来て私が立ち止っている原因に気づき、言葉を失っているようだ。
扉を潜るとそこは、・・・・・・腐海だった。
床、机、椅子、流し・・・部屋全体に物が溢れ返っている
不潔ではないが、服やごみ、その他良くわからないもので足の踏み場の無い床。
書類や食器が積みあがった机と椅子。
使用済みであろう食器と使用前であろう食器が積まれた流し・・・
「まったく。いつもの事だが、旦那は・・あれ?入り口でどうしたんで?」
二人で思わず無言で呆然としていると、追いついて来た駐在刑官から不思議そうに入り口で立止まっている理由を聞かれた。
「おい・・・ここはなんだ・・」
「えっ、なんだって駐在所ですぜ」
彼の低~い声での問いに、駐在刑官がごく普通に返答をしている。
「そうだ。ここは駐在刑官駐在所だな。俺が聞きたいのは何故ここがこんな状態なのかという事なんだが?」
「へっ・・ここの状・・態・・・」
さらに低~くなった刑官の声にようやく質問の意味を理解したのか、駐在刑官の顔が徐々に青ざめていく。
「え~と・・これはだな・・そうだ!今日はまだ掃除前なんで!」
「・・・そうか。今日はまだ、なんだな。明日もう一度ここへ来た時には綺麗になっているという事なら、特に問題ない。余計な口出しをして悪かった」
「ヴぁ、明日って・・・」
「表は駐在所に用のある者も来ますので、落着けないかと思いこちらにご案内したのですが、今日はまだ清掃前の様です。申し訳ありませんが、表の待合までお願いします。」
真っ青な顔色で立ち竦む駐在刑官を無視してさっさと話しを纏めた彼に促され、表のスペースまで戻る事になった。
さすがに、腐海の中で落ち着く事は出来ないので、大人しくついて行く事にする。
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「・・・刑部の決定により、本日より<23番街(貧民街)>が貴方の生活区域となります。あの門が境界です。」
待合室のソファーに一端落ち着くと、刑官が窓越しに23番街と22番街を隔てる門を示し、説明をしてくれている。
「ご存知かとは思いますが、23番街は既定の納税を行う事が困難な低所得者の住む区域です。納税の減額と引換えにココの住人には如何なる社会保障も適用されません。もし、病院にかかる場合は全て実費負担となります。又、賃金につきましても、市民の雇用には適用される最低賃金も該当しません。他にも・・・。
・・・大まかな説明は以上です。何かご質問はありますか」
「いえ。ございません。」
知っている仕組みと差異は無かったのでとりあえず首肯した。
(知識としては知っていましたが、市民との差別は大きいのですね。でも、・・・・・“なせばなる”ですね。)
不安が無いと言えば嘘になるが、それでも何とかするしかないのだから、前向きに頑張ろうと心の中でこぶしを握る。
(まずは、住む所と仕事の確保。折角ならアルバイトの経験を活かせるように飲食店で働きたいですね。それから・・)
「・・・・・」
「・・・・・」
つい、自分の思考に没頭してしまい、ふと気が付くと刑官と駐在刑官がジッと見つめていた。
「あの・・なにか?」
「・・いえ。提案なのですが、どうでしょう、仕事が見つかるまでの間、ココ(駐在所)の家政婦をやってみませんか。」
「えっ・・それは、とても魅力的なご提案なのですが、先程も言いました通り、私は“罪人”で23番街からの移動を禁じられています。刑部や貴族院の決定に背くことになってしまいます。」
「大丈夫です。貴方が住むのはあちらですから。」
刑官が指し示したのは門を潜った直ぐ脇にある、小さな建物だった。
(あんな所に家が・・・。でも、なんであそこに?)
「あちらの建物はどういったものなのでしょうか。」
「23番街の駐在刑官駐在所です。」
「えっ、駐在所・・では、あそこにも駐在刑官様がお住まいなのではありませんか。」
「いえ、23番街には駐在刑官はいません。・・正確には派遣されても直ぐに居なくなってしまいます。」
「・・・・・。」
「ですので、貴方が住んでも問題ありませんよ。」
「でも・・。そのような所に私が住んだりしたら、刑部や貴族院から咎められるのではないでしょうか。」
「刑部には刑法にのっとり人々の安全で安心な生活を維持する責任が、貴族院には市民を守り導く貴族を監督する責任があります。高貴な方々は町はずれの一、駐在所の家政婦の把握より、より高度な政治的視野をお持ちです。」
「・・・・わかりました。ご厚意に甘えさせていただきます。」
(貴族、高官を敬っている様に聞こえますが、要はばれる筈ないから大丈夫って事ですよね?うわぁ・・)
こういった場合、逆らってはいけないのだと直感的に感じた。
・・・・・・・・・ちょっと怖いと思ったのは秘密です・・。
「ちょっと、まった。何でココ(駐在所)の家政婦を旦那が決めるんだよ」
ずっと大人しくしていた駐在刑官から抗議の声が聞こえ、私は刑官と自分以外の存在を思い出した。
「あの、至らない所も多いかと思いますが、精一杯頑張りますので、どうか家政婦として雇っていただけないでしょうか。それとも、私では務まらないでしょうか。」
「いや、べつに不満ってわけじゃ・・・っそもそも、オレは嬢ちゃんがここに居る理由を説明してもらっていなんだが「黙れ、生活不適合者。」」
駐在刑官の言葉でそういえば何も説明しないまま、刑官と話し込んでいたのを思い出し、説明のため発しようとした私の声は、刑官の言葉に消されてしまった。
「・・・嬢ちゃん。あんたに不満があるわけじゃないんだ。先に旦那と話があるんでちょっと待っててもらえるか。」
掌で顔を覆い俯きながら刑官に向いた駐在刑官はものがなしい雰囲気をまとっていた。
「旦那。ちょっとあっちで話しましょうや。」
「いいだろう」
短いやり取りの後、2人は奥へと消えていった・・・。
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「っというわけで、貴方にはココで家政婦として働いて頂く事になりました。」
「・・はい。」
しばらくして戻って来た2人の間でどんな話し合いがされたのかは不明だが、私はココで働く事が出来るようだ。
「でも、本当に宜しいのですか。」
「ええ。もちろんです。」
「嬢ちゃんが嫌じゃなきゃ、な。」
刑官の少し後ろで、仏頂面で腕を組んでいる駐在刑官の表情が気になり、再度確認すると今度は駐在刑官もやわらかい表情で答えてくれた。
「・・遠慮なくご厚意に甘えさせて頂きます。」
なんだか上手く行きすぎているのが気になるが素直に好意に甘える事にする。
「それでは、細かいことは彼と打ち合わせて下さい。・・何か他に確認しておきたい事はありますか」
「あの、本当にありがとうございます。私は、橘八雲(たちばなやくも)と申します。先日、貴族位を剥奪され、追放を言い渡されました。失礼でなければお二人のお名前をお聞かせ願えますでしょうか。」
「・・・・・。」
「・・・・・。」
二人ともびっくりしたような、面白がる様な表情(かお)でこちらを黙って見つめていた。
「失礼いたしました。私は夏木日向(なつきひなた)と申します。20番区域を担当する刑官です。以後、お見知りおきください。」
「オっ・・私は22番街を担当する駐在刑官で東基(あづまもとい)です。お見知りおきください。」
貴族の所作に慣れた私でも関心するほどの優雅さで会釈した夏木様。
先程までのフランクな言葉遣いを改め凛々しい敬礼で答えてくれた東様。
「はい!宜しくお願いいたします。」
こうして私の新しい生活が始まることになった。
きっと思うほど簡単にはいかないでしょうが、私にできる限りの努力をしようと思います。
・・・悪役令嬢ではなくなった私の毎日が始まります。
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『・・まって、待ってください。なっちゃん。』
『ねぇ!待って!!』
強い口調で呼び止められ、思わず立ち止まってしまった。
それでもまだ、少女に向き直ることは出来ずにいる。
自分との距離を残したまま少女も立ち止まったのを感じた。
『貴方と私の”違い”なんて役割だけですわ!』
泣いて、怒って、ちょっと拗ねて。
春の日差しの様な笑顔を見せていた今日一日の少女を思い出す。
・・・・・背をむけたまま振り返る事が出来ない。
きっと綺麗な黒い目を吊り上げ怒っているのだろう。
それとも、泣きそうな表情(かお)だろうか・・。
動けないでいる俺に少女が数歩の距離を歩み寄って来る。
『改めてお願いします。私と友達になってください。』
俺は差し出された小さな手に、手を伸ばした・・・・。
この手を握るのにふさわしい男になろう。
・・・・・・・・・・・・・幼いあの日、俺はそう決心した。
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『ゆらり、ゆらりと笹船流れ、ふわり、ふわりと花びら舞う・・・・』
どこまでもただ暗闇だけが続く空間で歌のようであり、詩のようでもある静かな声が聞こえている。
ふっと淡い光の球体が現れた。
光の中には白い髪の着物姿の少女が座っている。
「ゆらり、ゆらりと小魚泳ぎ、ふわり、ふわりと蝶が飛ぶ・・・」
「やぁ、機嫌はどうだい。白蛇の巫女姫。」
鈴の音の様な声を遮り、黒髪の少年が現れ、少女のいる光の球を見下ろしてる。
「・・・妾の機嫌が良いとでも?」
「あっやっぱり。」
一滴の温かみも無い、少女の声に対し、少年の口調は至って軽い。
「ごめんね。今、君に介入されると台無しなんだ。白蛇の巫女姫。」
「ここから解放しろ。黄牙。」
「ダメだよ。夜刃(やと)。」
夜刃は桜色の唇をキュッとかみしめている。
「この茶番をいつまで続ける気かえ。」
「結末までだよ。だからもう少しだけ大人しくしていてね。」
「・・・・・・」
「それにしても、そのほうが君らしいね。最初に八雲ちゃんと一緒にいる君を見た時は驚いたよ。可憐な少女だったからね。」
「戯言を。そもそも守護聖獣でもないお主が妾の愛子(いとしご)の名を呼ぶなど許さぬぞ。」
「あはは!まぁいいじゃない。それに・・」
冷たい声で話す夜刃にさらに何か言おうとした黄牙だが不意に闇を見つめ言葉を切った。
「時間だ。・・・またね。」
「っ・・」
瞬間、怒りの表情を浮かべた夜刃が何か言おうとするが、現れた時と同様、光の球体が唐突に消失した。
「・・・もう少しだから。」
残ったのは、何も写さない虚ろな闇の様な瞳をした黄牙だけ・・・・・・・・。