旅立ち:保志(side:美彩)
保志が中学2年生。
少しの反抗期。
「お父さんに言いつけてやる!」
「……ぐっ。分かったよ!時間通りに帰ってくればいいんだろ?」
親しい友人もいない。まるで若いころの遠矢だ。
なのに、どこに行くのか帰りが遅い。
相手も契約もなく、女の子と遊んでいるのでは?
「母さん、あのさぁ……」
睨んでいる私に、あきれたような視線。
「何よ!ぐすっ……私が悪いの?うっ……息子が反抗期……っ……うぅ~~」
弱さとは違う何かに、涙が止まらない。
悔しい……もう、どうでもいいや……
遠矢が仕事で家に居ないから、いっぱい泣いたって!
「ちょっと、泣かれると困る……俺、じいちゃんに女性には優しくって叩き込まれてんだけど?」
……ん?何を言っているのかな?
涙を流したまま顔を上げた。
同時に。【ふわり】
保志は私を優しく抱きしめ、頭を撫でる。
「泣かないで。ごめん……俺が悪かったよ。母さんに泣かれると、どうしたらいいのか分からない。本当に困るんだって……」
……【きゅ~~ん】
何、この……可愛い?
違う……護ってあげなきゃ?みたいな!!
息子にドキドキする。
何だろう……遠矢が、円華を私だと叫ぶ気持ちが分かったような……
懐かしい、あの頃の遠矢……
「俺の美彩に手を出してんじゃねぇ!!」
遠矢が保志の後ろに立ち、脇に手を入れて持ち上げた。
久々の……さすがに高い高いはできないかな。
保志の重さも増えたし、背が伸びて。
勢いを付けたら頭をぶつけてしまう。
「下ろして、父さん……俺は無実だ。」
無実ではない。
遅い時間に帰ってきたのは、叱ってもらわないと。
「……ん?美彩!何で泣いて……保志に抱きしめられて泣いたの?そんな弱さ俺に見せないのに?……ふっ……ふふふ……くすくすっ」
……あれ?何だか雲行きが怪しいぞ……
「遠矢、何……笑っているの?ね……」
遠矢は保志を床に下して、片手を自分の腰に当て。
もう片手は二階を指差す。
「ハウス!」
保志は素早い動きで二階の部屋に逃げた!
遠矢は私に笑顔を向ける。
けれど怖い。怒りの露わな笑顔。
器用ですね、ふふ。
「美彩、おいでよ……」
手を広げ、怒りの伝わる低い声。
私は大人しく、その手の中に入る。
片手で抱き締め、もう片方の手が私の頬に。
【ぐいっ】
顔を上に、少し乱暴に向けられ……激しいキス。
「んっ……んん~~っ……っ……」
【ぷはっ】
目がグルグル回る……酸欠……
「美彩、何で俺がいないところで泣いたの?……泣きたいなら……」
遠矢は私に軽い足払いをし、バランスを崩したのを受け止めて。
流れるような軽やかさ。
一瞬でリビングの床に寝ていた。
緑色の目で私を上から見つめ、優しく触れる。
今までにない強引な押し倒し方で、痛みを感じない優しさ。
「ふふっ」
つい嬉しくて、微笑んでしまった。
普段、こんなところで求められると拒むけど……どうでも良くなってしまう。
「ね、俺……怒ってるんだよ?どうして余裕で笑うの?俺だけが無様だ……」
拗ねたように、私から視線を逸らす。
かわいい。愛しい……私の遠矢……あの頃から何年経つだろう。
「遠矢……保志も、あなたに近い。とても自由。それを見たら、あなたの若い頃を思い出して……今のあなたを、もっと好きになるわ。」
手を、遠矢の頬に近づける。
遠矢は、視線を戻し機嫌を直したように微笑む。
「本当?」
可愛いなぁ~
「くすっ……内緒。」
「……美彩、もっと子どもが欲しい……」
え、もっと?
……何かあった……
遠矢は私の胸に顔をうずめ、甘えるようにすり寄せる。
首元に遠矢の髪が触れて、くすぐったい。
遠矢の頭に両手をのせ、そっと撫でる。
「遠矢……」
【がちゃっ】
ドアが開いて、リビングに入ってきたのは采景。
……。
「ごめんなさい、二階に上がるね。」
全てを察したかのような視線。冷静な声。
ドアを閉め、去って行く小学生の采景。
「うわぁあ~~ん!違うのよ、采景~~!!」
数分後のリビング。
正座した遠矢が、私に必死で謝る。
「……もういい、しばらく何もしない!あぁ、恥ずかしい……息子に見られるなんて。遠矢が悪いんだからね!!」
「えぇ?それは、ないよ!!……元はと言えば。保志めぇ~~覚えてろ……」
保志が悪いのかな。発端ではあるけれど。
保志の反抗期……どこに行っているのか、私達に言おうとしない。それは。
保志は、いつか旅に出るつもりなんだろうか。
それも当然な時期。
遠矢は高校の進学と同時で家を出て、この土地に来た。
子ども達は大人になる。いずれ家を巣立つだろう。
それでも、ここが帰る場所であって欲しい。
遠矢が望んだ家族……
「……美彩、本家から連絡があった。」
胸が騒ぐ。
遠矢の目は、私に真っすぐ向けられて。
「結論は、旅に出なくてもよくなった。順を追って話すね……」
本家の許しが出た。旅に出なくていい?
動いたのは学園なのかな。
遠矢は正座をくずして、私を抱き寄せた。
伝わる少しの震え。
私は遠矢の背中に両腕を回す。
「墨から情報が入った。学園は『かぐや姫』を、希東高校に迎えるそうだ。」
希東……私たちの母校。そして保志の志望校でもある。
「先見が何者なのか、学園の目的も分からない。けれど俺達にとって、呪いに関する情報が最優先。」
学園の庇護。それが何を意味するのか。
遠矢の予測。多分、大上家の呪いに関係している。
別の何か……複雑に絡んだ呪い……
「本家も全貌を知らない呪い。残る子孫の少なさ。呪いの増幅。……学園の保護した雑種が、情報を持っていたと。」
学園の庇護に、増える呪いの関係者。
当事者の本家より、呪いに積極的に絡んでくる学園の願いは。
……本家も呪いの解放に関係する『かぐや姫』の為に……保志が留まる事を認めた?
では、采景は……
頭が追い付かない!
「美彩、落ち着こう……俺も、頭の整理が出来ない。だけどね。情報は確かに間際で必要な時に、必要な分だけ……これから、こんな事が何度もある。美彩……正直に言うと、怖い。共に戦えるだろうか?」
遠矢の抱きしめる腕の力が強くなる。
こんな事が、これから何度も。
二人の覚悟が必要……
私は遠矢の背に回した手を、上下に撫でるように動かし、ポンポンと軽く叩いてみる。
「ふぅ。」
遠矢の口から息が漏れた。
そして呼吸を何度か繰り返し、少し落ち着いたような表情を見せる。
私も少し落ち着いて、遠矢に微笑む。
「一緒に見守りましょう。私達の子が、呪いに勝てることを願って。」
「あぁ。……愛しているよ、美彩。」
「私も愛しているわ。」
保志が『かぐや姫』と契約し、心を手に入れなければ……一生独り……
呪いの当事者の二人にしか、過去に何があったのか分からない。
呪いの全貌は見えていない。
雑種の知っていた情報は、物語の全貌を思い出すきっかけになるだろう。
【かぐや姫は、おおかみに食べられた】
物語の一部は学園に広まる。保志の環境を整えるように……
その呪いの詳細は『かぐや姫』と保志だけが知る。
呪いを解放する者だけが、その呪いの詳細を知り。解放する。
円華と諷汰、そして采景……
それぞれが解放する呪い。各々に課せられた運命。
得られる情報は常に間際で必要な時に、必要な分だけ。
その状況を見守る。
呪いからの解放。私と遠矢が選んだ道。
子どもに、それを課すのを知って。
共に生き、共に立ち向かうと誓った。願うのは……




