犬
誠志と、落ち着いて話をしないと・・。
私以外の女性が、あなたの心にいる・・。
『だから?』
だから、一緒にはいられない・・。
知ってる・・。あなたが優しいこと。
そして、あの人も。でも、どうして・・。どうして、一人ではない?
オオカミ、あなたは・・本当に一人だけ?
杏が言っていた・・。心を、手に入れる方法があると。
もしそうなら・・。逃げ道を捜そう・・。
人知の及ぶところではない美しさ・・の『かぐや姫』か。
想像できないな。
学校の中庭を、通り抜ける。
桜は、緑の葉に埋もれながらも・・花びらが少し残っている。
生れて初めて見た桜・・。心を奪われる美しさだった。
そんな世界・・まだ見ぬ美しい世界に、出てきた。知識ではない、実際の世界・・。
私は・・いつまでココに・・。
・・?白雪?
校舎の影に、白雪を見つけた。
「白・・っ?」
誰かと一緒・・。見覚えのある人・・、誠志。
心が・・黒く染まる。
分っている・・。私に、何か言える権利は無い。
体が、思うように動かない。この場から、一刻も早く去りたいのに・・。
足は動かない。
誠志は、白雪の唇にキスをした。
『汚い。奴の唇は、もっと・・。赤い美しい唇に触れた。』
「呼んだ?」
!!?!
「オオカミ・・!」
呼んでない・・けど。
「狙ったの?」
タイミングが良すぎる。
オオカミは、妖しく微笑む。ドキッ・・
て、何でだ!と、自分突っ込み。
「ふ~ん。なるほどね・・。」と、校舎影を見ながらオオカミ。
視線を逸らす。
「・・手は、出来るだけ出さないつもりなんだけど・・。」と、小声。
・・?
あまり、聞こえなかった・・。
・・?
【グイッ】
引き寄せられ、ひょいと・・担がれる。
・・??
流れるように自分の身が、オオカミの肩にある。
え?
「ちょっ、・・」
ええ?!!
何が起こったのか、わかった時・・すでに遅い。
私がわめく前に、地面に足が付く。
が、・・・・。
以前の空室。に、【ガチャっ】・・鍵の音。
「・・あの~、オオカミ・・様?・・お、お話・・しましょう?」と、後退る。
オオカミは、鍵を閉めたドアに寄りかかり・・
私を見つめる。
ぞわっ・・。
出来るだけ、距離を取ろうとして・・壁で止まる。
オオカミは、私を見つめたまま・・。
鼓動が・・速くなる。目は、緑ではない。が、安心できない。
「・・あの~、オオカミ様?
ナニカヨウデショウカ・・。」
何故だ?
オオカミに見つめられると・・見透かされているように感じる。
「・・ふっ、心は分らないよ?」
・・ひ~~。怖い・・怖いぃ~~!!
「さて、心に隙間があるなら・・
ねぇ?歌毬夜・・君が悪いんだからね?」と、オオカミは体勢を直し・・
一歩足を出す。
「ヤダヤダ!!来ないで!お願い!!」
必死の私に、オオカミは足を止めた。
「・・~?」
そっと、目を開ける。
・・目が、緑!!
「いいよ。聴いてあげる・・。」
オオカミは、その場で動かない。
「お願いの替わりは、何?
・・ふふ。取引?可愛い歌毬夜・・。君は、俺と取引できる?」
余裕の笑顔。
・・オオカミと、取引?無理・・けど、しなければ・・?
ここは、密室。
出入り口は、オオカミの後ろ。しかも、鍵がかかっている。
私の後ろの窓は、天井近く・・小さい。
逃げるための交換条件・・?
「時間切れかな~?」
オオカミは、意地悪に微笑む。
「じゃあ、何なら・・逃がしてくれるの?」と、訊いてみた。
「・・・・。」
意外なことだったのか、オオカミは考え込む。
「え?こんなチャンス、無いよね。
可愛くお願いなんてされると、理性・・飛ぶよ?」
き、訊くんじゃなかった~~。まともな返事じゃない!!
「さ、心の準備は・・出来たよね?」と、最高の笑顔。
ドキッ・・
一瞬、どうでも良くなった・・?いけない、しっかりしないと・・。
「叫ぶよ!!」と、涙目。
「いいよ。出来るなら・・。」
・・?
言ってることは分らないが、息を吸って「き・・っん・・んん。」
叫ぼうとした私の口は、塞がれた。オオカミの、柔らかい唇で・・。
私の抵抗する手は、オオカミの手に捕まる。
「ん・・はぁ。」
唇は、離れ・・顔が近い距離で止まった。
嫌じゃない自分がいる・・?
緑色の目。
きっと、この目に・・惑わされてる。
私は、目を薄く細め・・彼の唇を待つ。
オオカミの目も、優しく閉じ気味になり・・私の唇を求めた。
【チュ・・】
そっと触れる。
私は、目を閉じた。オオカミの目は、見えない。
オオカミの右手が、押さえていた私の左手を離す。
彼のその手は、私の後頭部に。髪を優しく撫でる・・。
そして、唇は・・強く押し付けられる。
「・・ん。はぁ・・」
私は、目を開ける。
オオカミは、目を閉じ・・もう一度キス。
「・・ん。」
【ピクッ】
・・恥ずかしい、唇が反応した。
「・・や、やっぱり・・ダメ。」と、離れた左手を彼の胸に当て・・押した。
が、動かない。
私は、顔を背けようとした。
「歌毬夜・・。」
名前を呼ぶ彼の・・瞳に、自分が映っている。
胸が・・キュ~ン・・とする。
・・愛しい。
つい、上目で・・彼の目を見てしまった。
オオカミは、子供のような笑顔で「いい・・?」と、聞いたと・・同時。
優しくキス・・。
今度は、私の上唇と下唇の間の線に沿って・・舌でなぞる。
・・ゾクッ。
「んぁ。・・駄目。ヤ・・んんっ。」
舌が、口の中に入ってきた。
嫌・・?かも?
でも、彼の目に映るのは私だけ・・
もっと・・。私を・・モトメテ。
「はぁ。」
オオカミの方が、息が切れてる・・?
いつの間にか、壁際に座り込んだ私たち。
オオカミは、自分の左手の甲で口を拭きながら・・私の口に付いた唾液を、右手の指で拭う。
私は、じっと優しく微笑むオオカミを見ていた。
オオカミは、私の右肩に額を載せ・・もたれる。
自分にかかる・・彼の重さが心地いい。
・・・・。
懐かしい・・?
静かな部屋に、二人の呼吸が落ち着いてくるのが分かる。
・・?
デジャブ・・?コレ・・知ってる・・。
自分でもよくわからない・・不思議な感覚。・・曖昧な・・捉えどころのない・・。
ただ、・・懐かしい。私の意識が・・知っている。
・・あれは、いつだったか・・
「歌毬夜・・?え・・寝たの?」
・・遠退く意識の中、オオカミの声を聞いた。
「・・ポチ~?ポチ、いないの?」
満月に近い月の夜・・。
月明かりの明るい庭に、小さい声で呼んだ。
最近・・いつも、この時間に餌を求めてやってくる。大きな犬。
しかも・・。
「これは、姫。私を呼んでくださるとは、光栄ですな。」と、話す。
「いらっしゃい。見つからないように、上がっていきなさいな?」
座敷の戸の隙間からスルリ。
「姫、食事は・・きちんと取られたほうがよろしいですよ?」と、獣に・・身を案じられる。
くすくす・・。
最近、笑っていないことに気付き・・ポチを抱きしめる。
「ポチ、今日は泊まっていく?
それとも、いつものように・・私が寝てしまうといないの?」
「姫、私も・・獣とはいえオス。そういうわけにも・・」
開けた目に・・
「ポチ・・。」
「俺、犬・・?」
・・・・。
「え・・?・・!!」
わ、私・・寝てた?
「・・・・。」
オオカミは、何故か無言で・・不思議そうに私を見ている。
座り込んだ床・・。
私にもたれていたオオカミに・・
いつの間にか、私がもたれている。
「・・!!」
かぁああ~~。
「・・ごめん。・・忘れて~~」
寝る前の・・さっきのことが思い出され、恥ずかしい。
・・鍵を開け、部屋を出た。
オオカミは、追いかけてこない。
・・体に、彼の温もり。そして、何故か懐かしい・・香り。
胸が・・締め付けられるように感じる。
・・どうしよう。この気持ち・・。緑の目のせいに出来る?
私・・彼を求めた。
恥ずかしい・・今度、オオカミの前でどうしたら・・?
好きじゃない・・好きじゃ、ないもん!!
・・違う。違う、こんなの・・恋じゃない!!




