バレンタイン(side:遠矢)
デパートに、美彩と買い物デート。
美彩はトイレに行ったまま、待ち合わせの場所に戻らない。
道は真っ直ぐだし、迷子にはならないはず。
トイレまでの道のりの距離を縮める。
ふと、目に入ったのはバレンタインチョコの販売コーナー。
美彩は特設された冷蔵庫の前で、中を覗き込んでじっと見ていた。
……俺に?どうしよう、嬉し過ぎる!!
ここは知らない振り?待ち合わせ場所で待っているべき?
美彩は、カバンから財布を出して中身を確認し、ため息。
……お金、足りないんだろうな。
さっき買ってあげるって言ったのに……断って、服を自分の財布からお金を出して買った後。
もう、結婚するって決まってるんだから……甘えてくれてもいいのに。
服だって、俺の好みで選んだのに……何だか俺、情けない……
落ち込んだ俺に気づいたのか、美彩と視線が合う。
しまった……何だか、気まずい?
内心の焦りを誤魔化すように、微笑んでみる。
すると美彩は最高の笑顔。
「遠矢ぁ~~。」
しかも名前を呼びながら駆け寄ってきた。
少し、高めの甘えたような声にドキドキする……
そのまま勢いよく俺の胸に飛び込んで、抱き着いた。
俺を見上げ、輝いた瞳。
「遠矢、お願いがあるの……」
美彩から、お願い?嬉しいんですけど!
「何、何でも聴いてあげるよ?」
珍しい美彩の甘える姿に、さっきまでの光景が頭から消えていた。
「あのね?」
……
「お買い上げ、ありがとうございます!」
自分の財布から、お金を出して……バレンタインチョコを買った。
「すっかり忘れてた、ごめんね?」
バレンタイン、忘れてたんだ……くすん。
美彩は袋を手に持って嬉しそうだ。
まぁ、美彩からはチョコより甘い時間を少しもらってるし……
足りないけど。正直、もっと愛情が欲しいけど。
俺の気持ち、わかってくれないだろうな。
美彩は俺に視線を向けて、笑顔。
「遠矢、ごちそうさま!!」
まだ食べていないのに?
そんな俺の様子など気にせず、ウキウキで視線を歩く方に向けて。
袋を片手に、空いた方の手を俺の指に絡ませるようにつないだ。
これ無意識だ!!普段、こんなつなぎ方しないくせに……激カワ!!
上機嫌で周りなど気にせず。
くはぁ~~、なんだこの幸せ!!
なんの違いなんだ?俺の作ったデザートと、何が違うのかな?
疑問や、何かモヤモヤ……色々なことが頭に浮かぶけど、幸せを味わっていたくて口を閉ざす。
けれど口元は緩んで。
……結局、美彩には美味しいものが一番いいんだな。
美彩は自分から繋いだ手に気づいたのか、少しの動揺。
顔と耳までの赤面。少しの口元の緩み。
離してしまうのかと思ったけれど、繋いだままにホッとした。
俺に視線を向けて。
「遠矢、一緒に食べようね?」
笑顔がうつるような感覚。
「ふふ……食べさせてくれる?」
嫌って言うんだろうな。
ため息が漏れそうな一瞬。
「うん、食べさせてあげる!遠矢、好きよ……ふふふ……大好き!へへっ」
自分の耳が信じられない。
「もう一度!言って……?」
返事を待たずに美彩の体を抱き寄せる。
すると首を傾げて。
「……高いチョコ、大好き!一緒に食べようね?」
美彩は自分に正直……くすん。
「遠矢……どうして落ち込むの?」
「何でもないよ。結婚したら、もっと甘えて?喜んで、何でも買ってあげる。俺に、こんな風に笑ってくれるだけでいい。贅沢だよね……」
「ふふ……くすくすくす……あははっ」
美彩は声を出して笑うけれど。
俺、何か変なことを言ったのかな?
微笑んでくれるだけで幸せなんだけど。いや本音では、もっと愛情が欲しい。
「ふふ……得た以上に、あなたに愛を返すわ。ね?私を味わって、甘くするのはあなた。遠矢、これは呪いでしょう?」
「……ふっ、呪いだね。俺は美彩以外に、甘さを感じないよ。」
「買ってくれたものより……」
人であふれる通路……美彩は俺の手を引き寄せ、バランスを崩して屈んだ俺にキスをした。
「え?」
「へへ?甘えてみたの……大好き。」
「美彩、酷いよ……ここじゃ、俺は我慢しなきゃいけないだろ?」
「ふふ……帰りましょう?あなたとの未来の家に……」
まだ一緒に住んでいない、未来の住居。
内装も家具も整い、いつでも生活をスタートできる状態。
美彩の愛の大きさは、君が素直な時に実感できる。
もっと、さらけ出して……呪いに溺れたい。
『買ってくれたものより、作ってくれたものが好き。愛情を味わえるから……』
美彩は、俺と繋いだ手を振りながら……ご機嫌な笑顔を俺に向ける。
「あなたは私を愛してくれるのに。私は甘えることも素直に出来ない……勇気を出したの。チョコをあげるより……駄目かな?」
「駄目じゃない……チョコは俺が買う。甘えて……愛情を頂戴。温もりを……」
チョコも口の中で溶けるほどの熱を発する。
俺が呑み込むのは、君からの愛情……
俺の対、呪いを望むほどの愛……
バレンタイン別バージョン(side:美彩)
今日はバレンタインデー。
だけど、そんなの気にしない知らぬ顔の私。
遠矢が作ったお昼のお弁当を食べ終え、満足する。
遠矢がソワソワしているのを分かっていながら、見ないふり。
気づかないふりで、お弁当箱を片付ける。
しびれを切らしたのか。
「美彩……チョコ、出して。」
何故、私が渡すと思っているんだろうか。
いや、確かにお弁当やらお世話になっていて、お礼もしなきゃとは思うんだけどね。
「持ってないよ。」
私の返事に、遠矢は少しのあいだ無言。
胸が痛む。口を開こうとしたけど、言葉は出ず。
「俺の手作りチョコはあるよ……ね、俺のこと好き?」
「うん!」
美味しそうな粒ぞろいを見せられ、思わず飛びつく。
「くくっ……」
さっきまでの傷ついた表情は、どこへ行ったのかな?
私を抱きかかえ。
「ふふっ。捕まえた……さぁ、チョコの代わりの甘いものって何かな?」
「つ、捕まったぁ~~!」
抵抗するけど、解放されることなく。
遠矢は私に『チョコの代わりの甘いもの』を要求してきた。
遠矢は私の両脇に手を入れ、抱き直し。
私のお尻は遠矢の膝の上。口をふさぐように、上からのキス。
「俺の目を見て……心を頂戴……俺と同じ呪いに、身を委ねて欲しい。」
甘い囁き。吸い込まれるような緑色の目。
「美彩……このチョコって、湯せんしたんだ。知ってる?」
遠矢はチョコを手に一粒持ち、それを自分の口に入れて微笑む。
「ん?確か、お湯で温めてチョコを溶かして……ううん、知らない!」
嫌な予感がして、慌てて否定。
「ふふ。何を想像したの?ねぇ……教えて。」
口に入れたチョコは飲み込んだのか、目は緑色のまま鋭く光る。
何を想像したのか?してませんよ、何も。
「へへ。教えるような事は何もないよ。」
首を振って、笑って誤魔化す。
遠矢は指についたチョコの粉を舐めとり。
「甘っ……美彩もいる?」
さっき欲しいと飛びついた結果が、この逃げられない状況なわけで。
「ふふ……」
笑って誤魔化すのを継続してみる。
「くすくすくす……」
不気味な笑いを返す遠矢。
ひい!まずい、この空気は変えなければ。
「遠矢、実はね……いつものお礼に、チョコ買ったんだぁ。渡すから、膝から降りるね?」
「嬉しいなぁ。大丈夫、美彩のチョコは逃げないから。」
私のチョコは逃げない……それは。
「逃がすわけないだろ?この手にあるのにさ。」
遠矢の手には、さっきと同じチョコが一粒。
今度は私の口に入れる。
そして唇を重ね……溶けていく熱と甘さ……甘い甘い時間。




