婚姻届(side:美彩)
「そうだ、忘れないうちに。美彩、これ書いて。」
私は、遠矢から一枚の紙を受け取った。
確かドラマでよく見る。
「遠矢、これ何?」
紙には。「婚姻届」遠矢が言う通りに書いてある。
「あ、俺が18になって、仕事とか調整して出すから。日付は空けといてね?」
目が点。
注意点はそこじゃない、ような?
「どうして書くの?」
頭は真っ白に近く。簡単な質問しか出てこない。
私は両手で紙を広げるように持ったまま、呆然。
「結婚するには、いるだろ?」
確かに……いやいやいや、待って!落ち着こう。
「夢……?」
視線を紙から遠矢に向けると。
ご機嫌な笑顔を返す。
「ふふっ……可愛いなぁ、美彩は。」
私の頬や鼻筋に口づけ、唇に触れようとしてくる。
「いや、待って……何かがずれてる!!」
甘えてくる遠矢の顔を押し退け、紙を机の上にのせた。
「遠矢、ここは学校。で、お昼休みよね?」
「うん、俺が作ったお弁当を美彩が食べ終わったところ。どうだった?」
「おいしかった!!今日のデザートは?」
「プリンだよ~。」
「わぁ~~い……じゃ、ない!!」
完全に、餌付けされている。ごまかされるところだった。
口にプリンを運びながら……
「つ、付き合ってない……」
今日は視線を合わせちゃダメな気がする。
「みんなの公認で、彼氏彼女なのに?」
機嫌が悪くなったのか、少し低い声。
負けないぞ……遠矢が思ってるほど、周りは認めてくれてない。
私にケガを負わせた数名の粛清が噂で流れて、遠巻きに陰に潜んで落ち着いたようにみえるだけ。
「違うと思うよ?……うまうま……ごちそうさまでした!」
食べ終わり、後片付けをして目を合わせないまま。
「明日は、クルミのタルトにしようかな~」
胡桃のタルト?
顔を上げて視線を向けると、遠矢はニッコリ笑顔を見せる。
良かった、思ったより機嫌は悪くない。
明日はタルトかぁ。考えただけで、よだれが……楽しみだなぁ。
「ね、美彩……俺のこと好き?」
「うん!」
あっ……素直に言ってしまった。
遠矢は満足そうな笑み。
「大丈夫、お母さんの許可はもらってるよ?ほらね……」
机上の紙を指さし、そこには母のサイン。
「げっ……」
お母さん?いつの間に……
「でもでも……お父さんが……」
遠矢の目が緑色に変化していく。
「美彩、就職先は……俺ね?」
「意味が分からない!」
今日の、この強引さは何だろうか。
麻生学園や姉妹校の大学に枠があり、関連の会社など就職先も幅広く。
卒業のギリギリまで進路の変更が可能。
それだけ力を持った学園の庇護のもと、安心して先のことなど考えていなかった。
「大学は行かないでね。俺、嫉妬で狂うよ?」
顔は笑ってるが、冷たい空気が身を包む。
緑色の目が妖艶に。まずい空気がヒシヒシと。
「遠矢、あの……」
逃げられない……?
遠矢との未来は考えていたけれど。結婚は2年後なわけで。
呪いと戦うのなら、大学は行くつもりもなく。
何かを学びたいとか考えていたわけでもなく。不満も文句もないのだけど。
婚姻届けを目の当たりに。急な現実感。
決意が揺らいだわけでもないけれど。
自分の覚悟や認識が甘かったのだと、痛感した。
「俺ね、人の目って気にしないんだ。」
遠矢は口元だけの笑み。
「……知ってる。」
怖いほど……
「ね、ここで……俺、何するか分からないよ?」
遠矢も怖いんだけどね。
「あの、遠矢……父さんが……ね?」
父さんも怖いのよ!
「あぁ、そうだよね。今日、挨拶に行くよ。」
遠矢は『なんだ、そんなことか』みたいな反応。
どうして余裕なの?
お父さん、頼んだわよ……。簡単にはOK出さないでね?
その日、遠矢は本当に私の家に来た。
父に挨拶するため、制服のまま。
どうしてなの?せめてスーツとか。仕事してるなら持っているよね?
客間に通され、対峙した父と遠矢。
「娘さんを、僕にください!」
「許さん!!お前、まだ学生だろ!」
まるでドラマのような場面に、私は他人事のように見つめる。
そうよ、言ってやって。お父さん、頑張れ!
しかし遠矢の手土産は、いい匂いがした……嫌な予感がする。
「まぁまぁ、お父さん。少し、甘いものでも……ね?」
お母さんが間に入るように、お父さんの前にタルトを出す。
まさかソレは……
【ゴクッ……】
ヨダレの出そうなお父さん……まさか!!
「そうだな、まずは腹に何か入れないと……」
ソワソワして遠矢の事など忘れていそうな笑顔で、タルトに手を出し……
私が止める間もなく口に入れた。
「美味い!!」
「美味い!!」
そう、私の口にも入って止められなかった。
罠だ!!私は見た。ニヤリ……と、遠矢が笑ったのを。
「……うまい……うまい……」
食べながら、誉め言葉が止まらない父。
「お父さん、付き合うぐらい……ね?」
「……うん。」
「いい人よ。結婚ぐらい……」
「……あぁ。」
母は流れるように誘導していく。
抜かりのない連携。
「録音OKっと。くすくす……」
「な、今のは……待て!!」
「お父さん、娘さんと結婚したら……これらのデザートは……定期的に……」
「……定期的に……?」
「はい。」
「……こんな美味しいものが定期的に……いや、待て!学生だろ!!仕事をして、きちんと養えるようになったら許してやる!」
遠矢の狙った言葉が引き出せたのは、制服の効果だろうか。
「男に、二言はないですね?」
「あぁ、誓ってやる!!」
遠矢は準備万端に整えた通帳や難しそうな書類を、素早く父の前に出して並べた。
「あ、俺……会社持ってます。下着のブランドなんですけど。」
「え?」
思わず私の声が出た。
働いてるのは知っていたけど。
学園から押し付けられた役員みたいな事だと思っていた。
「あれ?美彩、知らなかった?」
初耳ですが!!
驚く私を無視して、母が会話の間に入ってくる。
「美彩、有名なブランドじゃない。玉の輿よ!!」
浮かれていたのは母だけだった。
遠矢は父に問う。
「男に、二言はありますか?」
「……ない……はず……」
父さん頑張って……
将来設計(side:遠矢)
仕事が一段落し、放課後の時間に美彩と外で待ち合わせ。
晩御飯を一緒に食べた。貴重な時間を堪能する。
遅い時間になったので、今日はスーツ姿で美彩を家に送り届けた。
美彩父に、甘いものを手土産で挨拶。
夕食が終わった時間に、晩酌を楽しんでいた美彩父……
「遅い!!何をしていたのか……聞かないが……畜生!!首を絞めてやりたい……」
大きな声が小さくなって、また大きくなる。
感情の起伏が激しく、楽しいお義父さんだ。
「あはは!大丈夫ですよ、まだ時期じゃないので。」
「……まだ?」
そうそう、まだ子どもは早いよね。せっかちだなぁ。
「孫が見えるのは、二年後ですよ!」
俺のセリフに、美彩父が固まる。
「……あれ?……まだ将来の話をしていませんでしたか?俺が18で、結婚する時期に産まれる計画です。」
「何の話だ!?」
何の話って子ども……結婚したら子どもは欲しいよね?いっぱい。俺の家族。
何の話……時期の事だったのかな?美彩父の望む答えが分からず。
「えーと?子どもは、すぐ生まれないので……大体の月日を逆算して、それまではイチャイチャ……くふふ。子どもは、産めるだけ産んでほしいです!!」
幸せな家族計画。大人に説明するのは、ちょっと気恥ずかしいけど。
嬉しくて、言っちゃった。
美彩父は俺をじっと見つめたまま。美彩と同じ視線。
「あ、お義父さん。早く産めば、ひ孫も見えますよ!」
「うがぁ~~!!」
「何?何で……あぁ、大丈夫!子ども部屋は5つ作るから。必要なら増築もしますので安心してください!」
「美彩は、貴様にはやらん!婚姻届を渡せ!破り捨ててやる!!」
「あはは。」
美彩に似てるなぁ。
まだ、サインした婚姻届けを受け取っていないけど。美彩が持っているのかな。
結婚を認めてくれたんだ。
学生の俺に、美彩と同じ真っすぐな目。
信頼に応えたい。
俺の両親とは、もう会うこともない。
美彩と結婚すれば、俺のお義父さん……俺の家族。
「美彩は俺のです!もうお義父さんにも返しません。俺の家族……一緒に、幸せにしますよ!」
あれ?美彩父にプロポーズしたみたいだな。
「もう終わった?私、お風呂入ったし。眠いんだけど。」
お風呂上がりの美彩が心配したのか、部屋を覗き込んできた。
「遅い時間なので、帰ります。」
「……あぁ、気をつけてな。」
美彩父の感情はわからないけれど。
いつか俺も娘が出来たら、わかるだろうか……




