想いをかみしめて
『想いをかみしめて』(side:美彩)
久々の呼び出しに、やる気満々で勇んで行く。
前に口元を怪我し、その時に取り囲んでいた数名は学校から処分を受け、その家族は学園都市から重い罰を受けたらしい。
それが表に出ることはなかったけれど、風の噂は広がり少しの平穏が訪れた。
多分、今までなかった動き。
それは今、遠矢の環境に由来するのか。私には告げられていない。
向かった先に居たのは、見知らぬ男子生徒。
私なんかに告白する人が、まだいたんだ。
しかも遠矢と付き合っているのに……
「周りの女の子に、ひどい事をされてまで付き合うの?」
私の味方みたいに言うけれど。
きっと周りが落ち着いたからだろうな。
「私の選択よ。」
「見ていられない!あいつは、見て見ぬふりじゃないか!」
「ふっ……」
笑みが、こぼれてしまう。
「何がおかしいの?」
「あなたには分からない。あなたは私を知らない。試練は、私のもの。私の……だから遠矢でも、手を出したら赦さない。」
「あいつの呪いのせいだろ?そんな冷たい奴……」
「ごめんね。彼への愛しさに、胸がいっぱいになる……彼の子を願うの。」
私の返事に、理解できない……そんな表情で去って行く。
そうね、呪いとそれに付随する諸々……それなのに。
この高揚感。今までにないドキドキ。前にはなかった余裕。
自覚した途端に……遠矢、どうしよう……素直になれそうだ。
このまま姿を見たら、胸に飛び込んで自分からキスをしたい。
くすぐったい……この胸のフワフワ……
「み・さ・ちゃ・ん♪」
【ビクッ】
急に私の横でニヤニヤと、意味ありげな笑顔の。
「ぎゃぁあ!墨?」
思わず叫んで、後ずさり距離をとる。
「これ、なぁ~~んだ!」
墨の手には、録音の機器。
「……まさか!!」
さっきの会話を録音していたの?
「……くふふふ……」
墨の腹黒い企んだ笑顔がそうだと告げる。
一気に走り寄り、墨の手から奪おうとするが。
背の高さに、届かない苛立ち。体に勢いをつける。
【ヒュッ】
「なぁ?い、今……」
足を振り上げたが避けられた。
「回し蹴り?ちょ、その身長で……やめなさい!パンツが見えたら、俺が遠矢に殺され……ひぃっ!!」
墨は、私とは違う方向の気配に身構えた。
「ふふっ……見たの?記憶を消すか……くくっ……死んじゃう?」
遠矢、いつ来たのだろうか。
墨の油断をついたけれど、取り戻すのに失敗した。
「ぎゃぁっ!見てない!!そんな余裕は……あ、遠矢。パス!!」
もともと遠矢に渡すつもりだったからか、墨の判断が早かった。
録音の機器が、弧を描いて飛ぶ。
「あぁ!!」
私の頭上を呆気なく飛び越えて、遠矢の手に渡る。
「何だ、これ?」
ナイスキャッチの遠矢に駆け寄り、手にある機器を覆うように、私の手を重ねた。
「お願い!何でもするから、これを頂戴!!」
必死の私に、遠矢はキョトン。
一瞬、墨の方を見て私に視線を戻す。ゆっくり笑顔を見せて。
私は言って、しまった……
後悔を見られないように視線を逸らすが。遅かった。
「何でも?」
上からの視線と声がするけど。
視線を逸らしたまま、重ねたままだった手を離す。
「いやぁ、そのぉ……」
視線を遠矢に向けると、緑色の真っすぐな視線。
そして私に録音機器を手渡し、その手を握って逃がさない圧力。
負けず嫌いの私の口は、撤回を知らない。
「……何でも。」
あぁ、私のバカ……
「そう……ふふ。墨、下がれ。」
遠矢の命令に、気配を消すように下がる。
……本当に、いなくなったのか怪しい。
「さて、美彩ちゃん?」
「なぁに?」
負けず嫌いだけど、今日は何度も視線を逸らしてしまう。
意気揚々と、遠矢に対する愛しさが増し、愛情を与えたいと思ったのは本当なんだけど。
「どうして顔を背けるの?嫌がることは、しないつもりだよ……」
逸らした視線に入り込んで、優しい笑顔。
けれど緑色の目が怖いほどに妖艶で……
背中がゾクゾクして、危険信号を感じています!!
「そうだ、二択ね?100回、俺に『好き』と言うか、美彩からのチュウ。もちろんキスは舌を入れてね?さ、どっちがいい。」
ほぼ最後は、疑問形ではない有無を言わせぬ圧力の二択。
100回好き?嫌いを言い続ける私が……
負けたみたいで悔しい。まだ、これを遠矢に渡して……
いや、まだ100回好きの方が耐えられるのか。
おのれ録音機器……
1回のベロチュウ……したあと、それで終わるのかな?
録音機器には、私の告白……絶対に遠矢には聞かれたくない。
繰り返し聞かれるとか、どんな拷問ですか。恥ずか死ぬ!!
100回好きも……満足した遠矢は、私を好きだと言ってくれないかもしれない。
答えは。
「チュウ!するから、屈んでよ!!」
睨んだ私に、ゆるんだ笑み。
自覚のある私の可愛げのない言動に、嬉しそうな反応。
普段より幼く見えて。年相応。
なんて愛しいのだろう……素直に言わないけど!
「美彩、おいでよ。」
遠矢は私の手を引いて、木陰に設置されたイスに導く。
遠矢が先に座り、私を膝に横向きで座らせる。
「美味しいチョコを手に入れたんだ。俺の口から取って?それで、許してあげる。」
優位に腹が立つけど、文句は言えない。
遠矢が、私の性格を知っての事……
遠矢の唇に挟んだチョコを、舌を出して舐める。
じっと、観察するような視線。妖艶な光を放つ緑色の目。
息詰まるような苦しさ。
チョコが遠矢の口に入るのを追うように、舌を入れる。
キスされるのと違って、何だろう?ドキドキするような……
違う。何だか分からない……甘さの所為?目を閉じてるからだろうか。
気持ちいい……私、変になりそう。
「……んっ……んん?」
チョコを取ろうとするが、あれれ?
目をうっすら開けると、遠矢の意地悪な視線。緑が深い色に見える。
私の後頭部に手を添えて、簡単には逃げられない。
チョコを奪えないし!ここで止めればいいのに……負けず嫌い。
それに加わった何か……チョコは遠矢の口の中で溶けた。
口を離し、息が漏れる。
「……ごち……美彩も、食べる?」
遠矢の手が一粒のチョコを私の口に運び、今度は遠矢からのキス。
甘さを得る……
甘さをかみしめて(side:遠矢)
美彩の匂いを辿って、歩く。いつもと違う甘さ。
……誘うような香り……興奮する。
美彩の今までにない感情が、そんな匂いになっているのか?
まさか俺以外の誰かに……?
見つけた美彩は、墨に回し蹴り。離れた場所から、パンツが見えた。
何とも言えない……燃えるような妬み。
憎しみに近い感情が、墨へと向けられる。
「回し蹴り?ちょ、その身長で……やめなさい!パンツが見えたら、俺が遠矢に……」
今更、そんなことを言うんだ。
墨め、美彩とイチャイチャしやがって……
「ふふっ……見たの?見たのなら、記憶を消すか……くくっ……死んじゃう?」
俺の殺気にも気づかないで、仲良しか?
「ぎゃぁ!見てない!!そんな余裕は……あ、遠矢。パス!!」
墨は思い出したかのように、俺に何かを投げた。
「あぁ!!」
美彩は焦ったように叫ぶ。
「何だ、これ?」
いつも墨が持っている録音機器。
美彩が駆け寄る。
「お願い!何でもするから、それを頂戴!!」
必死の美彩……これを奪い合っていたのか。て、ことは……
この中には、美彩の知られたくない内容が入っている。
知りたい……しかし美彩は、これのために『なんでもする』と言う。
墨の方をチラリ……
確か墨は、録音と同時に録画も楽しむ。
墨は理解したように、俺にVサイン。
くくっ……
美彩に視線を戻し、ニッコリ笑顔。
録音機器を渡しながら美彩に問う。
「何でも?」
俺の圧力に、美彩は視線を逸らさず小さな声で。
「……何でも。」
何でも!!負けず嫌いの美彩から言質頂きました!
「そう……ふふ。墨、下がれ。」
静かに下がりながら墨が向けた笑顔は、俺達に貴重な時間を与えた満足感か、穏やかに見えた。
やるじゃねぇ~か。録画は後で、高額で買い取ろう。
まずは、お楽しみが先だよね!!
「さて、美彩ちゃん?」
「なぁ……に?」
珍しく視線は合わせず、顔まで逸らす。
「どうして顔を背けるの。嫌がることは、しないつもりだよ?」
視線を戻した美彩は、無理した笑顔。
「そうだ、二択ね?100回、俺に『好き』と言うか、美彩からのチュウ。もちろんキスは舌を入れてね?さ、どっちがいい。」
今度は、無言で眉間にシワ。何かを考えながら、俺を睨む……
そんなに嫌なの?普段、嫌いしか言わないから『好き』を味わいたい。
美彩からキスを受けたことはあるけど、舌は入れない軽いもの。
どちらにしても。とにかく愛情が欲しい!
付き合っているし、結婚も約束して……子どもの話もする。
な・の・に!!愛情に飢えるのは何故?
ようやっと結論が出たのか、美彩は怒ったように叫ぶ。
「チュウ!するから、屈んでよ!!」
素直じゃないのが可愛い……美彩からのキス……考えただけでドキドキする。
美彩は背が低いし、受けるキスを味わえないかもしれない。
どこか場所を移動して……
木陰に設置されたイスを発見。
「美彩、おいでよ。」
手を引いて歩くと、美彩は素直についてくる。
約束は守る。そんな決意の強さが、好き……
その真っ直ぐな目に俺を映して、俺をいつも翻弄するんだ。
イスに座って美彩を抱きかかえ、膝に横向きで座らせる。
胸ポケットから包装された箱を取り出す。
「美味しいチョコを手に入れたんだ。俺の口から、取って?それで許してあげる。」
俺の優位に、悔しそうにしながらも……優しく俺を見つめる。
かわいい!!
包みを開け、唇にチョコをはさむ。
美彩は遠慮気味に、そのチョコの端を舐めた。
小さく出した舌に欲情する。
俺はチョコを口の中に入れた。
そのチョコを追うように、美彩の舌が入ってくる。
美彩は伏せ気味の目で、無意識なのか俺の首に腕を回して抱きついた。
今までしてきたキスが、比べものにならないほどの感覚……
言葉にできない。幸せと甘さと……満たされる想い……
美彩は、チョコを奪うことだけを狙ったようなキス。
俺だけが必死なのか?
悔しい。簡単には、終わらせないんだからな……
「……んっ……んん?」
俺の意地悪に必死で対抗……
愛しさに、すべてを赦してしまいそうになる。
甘いチョコが溶けてなくなって……
終わり、なのかな。もう味わえない?
美彩の後頭部を押さえていた力を緩め、口を離した。
「……ふぅ……」
美彩の息が漏れる。
「……ごち……美彩も、食べる?」
一粒のチョコを美彩の口に運ぶ。
口を開け、素直な視線……愛しい……
顔を近づけ、唇を重ねた。拒絶はない。
今度は俺からのキス。美彩から受けた甘さを返す。
美彩も受ける甘さは、俺と同じだろうか……




