幸せ
俺は美彩の教室に向かい、ドアを開けた。
「……な、今は授業中だぞ。」
先生の言葉も無視して、美彩の席に行く。
彼女の軽い身を肩に抱きかかえ、抵抗も声も理解できない。
触れる温もりに、意識が集中する。
これで、触れるのが最後かもしれない……
「遠矢!!」
どれだけ夢中だったのか。
気が付けば、廊下の行き止まり。後、数センチで壁。
俺は一歩下がって、美彩を下す。
「もう!私のお尻がなかったら、壁と当たってたよ?それに、授業中……何なの?」
美彩は下から睨んで不満を告げるけれど、さっきの拒絶の雰囲気はない。
いつものように、真っすぐ俺を見つめて。
その視線に安堵。
けれど、伝える言葉を受け入れてくれるとは限らない。
気を引き締める。
俺も真っすぐ視線を向けて。
「美彩、俺と真剣に……結婚を前提で、付き合ってください。」
「……え?」
俺の言葉に思考が追い付いていないのか、固まった表情と間。
俺の言葉の意味が伝わるかのように、美彩の頬が、みるみるうちに赤くなる。
「……い……」
また、“いや”?
それは、これが呪いだから?美彩の本心が知りたい。
「美彩、呪いが怖い?」
「怖くない!」
負けず嫌いな、挑むような視線。
君の強さ。でも君は弱い。
「誓う。例え呪いが君を選んだのだとしても。俺には呪い以上の、美彩を好きになった感情がある。美彩を失ったら一生 独りで生きる。俺に望みがないなら……今、覚悟をしたいんだ。」
美彩は目に涙を溜め、上を向いて手の甲で顔を隠す。
「……卑怯だ。どうして、私の心に委ねるの?」
美彩の心が知りたいだけだ。
委ねるのとは違うと思う、出会いが呪いだから。
そう呪いが君を選んだから。卑怯なのかもしれない。自分に生じる矛盾。
「美彩……」
「泣いてない!泣かない……涙は、零れていない。」
自分が予想のもしない言葉が返ってきた。
それは君の強さと弱さの表れ。
愛しさで胸が一杯になるのに、俺が美彩を辛くさせているのかと思うと悲しみが生じる。
俺の中に増えていく複雑な感情。
「……うん、零させない。俺が、全部……呑み込んであげる。すべて俺に委ねて。絶対に幸せにする。護るから……」
美彩は口をぎゅっと堅く結んで震え、涙を我慢して耐えている。
手を伸ばし、目元を押さえている美彩の手首を優しく掴んで持ち上げた。
見えるのは、悲しみの表情。眉間にシワをよせ、目元に溜まった涙……
愛しい……
「……ふっ……ぅ……」
美彩は声を殺し、限界を超えたのか涙を零した。
慌てて美彩の頬に両手を当て、すべての涙を受け止める。
生じたのは罪悪感。胸が痛む。
そっと顔を近づけ、美彩の目元に唇で触れた。
俺に対する拒絶はない。
涙が溢れて流れそうになるのを吸い取る。
呑み込んだ涙に酔いそうだ。
俺の両手に、美彩の両手が添えられ……涙目で、無意識なのか君は微笑んだ。
言葉にならない。この、こみ上げる感情が何なのか。
呪い?違う……恋も、心を少しずつ染めていく。相手のことで、いっぱいになる。
幸せを願い、手に入れたくて……感情は同じ。病のよう。
「美彩、好きだ。好き……俺の事、嫌いなの?」
美彩は、俺の目を真っすぐ見つめたまま。
「……嫌い……な、わけない。言わない……」
「言って欲しい。」
「望んでしまう。あなたの心が欲しいと……あなたは呪いで私を見ている。」
美彩が見ているのが緑色の目であるなら。
「違う、呪いは俺の心を惑わさない。それとも美彩は、呪いで俺の心が欲しい?」
「……違う。違うわ……呪いに負けない。契約の前から……」
契約の前……から?
「好き。」
俺が欲しかった言葉。
じっと見つめ、静かな時間が流れる。
目を閉じ気味にして、顔を近づけると美彩も応えるように目を閉じていく。
そっと重なる唇。
心を満たす。幸福感。
あぁ、美彩の心を手に入れたんだ……
目を開けると、視界が霞む。
……?
「……どうして、泣いているの?」
泣いている?俺が……?
自分の手を目元に当てると、涙が零れ落ちた。
美彩が手を伸ばして俺の頬に当て、悲しそうな表情。
「悲しくないよ、幸せなんだ。美彩、ありがとう。」
俺は急に恥ずかしくなる。
弱い自分に、美彩があきれるのではないかと。
照れなのか、視線をさ迷わせてしまう。
「遠矢、誓いは守ってね。」
視線を戻すと、美彩が穏やかに微笑んだ。
「あぁ、守るよ。」
君を。一生……
この雰囲気なら許してくれるだろうと思い、美彩を抱えた。
少し身長差が腰に辛く、言い出しづらくて。
「ふふ。私の方が上にいる。」
上から美彩の視線を受ける新鮮さから、俺も微笑みが漏れる。
美彩から頬に軽いキスを受けた。
「……へへ?」
美彩は照れたのをごまかすような笑み。
かわいい!!
お互いに微笑み……何度も優しいキスを繰り返す。
『失えば、一生……独り』




