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⑫-B 【 大上家シリーズ】おおかみはかぐや姫を食べた  作者: 邑 紫貴
【大上家シリーズ0】(改)おおかみは羊の皮を被らない

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緑色の目

一分一秒でも、君と一緒にいたい。

ずっと近くに……君に触れて、手に入れたい。

すべて。体も心も……俺のモノ。




俺は時間を作っては、足しげく美彩のいる3年生の教室に通う。

「美彩、愛しているよ。」

愛を何度囁いても。

「嫌い!!」

返事はいつも同じ。

美彩は俺の目を見ようとしない。

「友達に聞いたの。目を見たら、狂うんだって!」

要らないことを……誰だよ?

教室を見渡そうとした俺の背後。

「あら、うふふ……美彩、私の事を言っちゃうの?睨まれちゃったじゃない。くすくすくす……」

今、こいつも気配がなかったぞ?

俺が背後を取られるなんて。

一応、呪いの影響か運動神経やら特出してるはずなのに。

何だか、俺の周りは個性的な奴が多くない?これも呪いなのか?

「初めまして、藤原ふじわら 來名ゆきなです。美彩の友達で、いとこなのよ。」

似てないな……

「当然よ、姉妹でも違いはあるのに!」

今……心、読みましたか?

「あら、慣れておいた方がいいわよ?将来……おっと、口が滑るところだったわぁ。ふふふ、あぶないあぶない。」

将来?美彩と結婚したら、親類づきあいがいるって話か?

味方だと、思えないのは……

「美彩、抱っこしてあげる。」

來名は俺を流し目で見ながら、美彩に両手を差し伸べる。

「本当?どうしたの、何なに機嫌がいいの?」

美彩はご機嫌な笑顔で、來名に飛びついた。

俺の前で、俺の存在など忘れたように。

來名の胸に顔を寄せ、幸せそうな表情。可愛い……

この俺の腕に欲しい。

俺の視線の端に入り込んで、來名はニヤリ。勝ち誇った顔。

敵だ!間違いなく、俺の敵!!

來名は視線を美彩に向けて頭を撫で、優しく微笑んだ。

あれ?俺、コイツの表情が分かる。何故……

美彩のいとこだからか?

しかし感情が揺さぶられることなどない。

俺の相手は美彩だけ、それは変わらない。甘い香りも美彩からしか香らない。

俺の知らない何か。

茫然とする俺を見透かすような視線。

「遠矢……この子は、強くない……覚えておいて。」

來名は、美彩の頭や背中を撫でながら、更に鋭い眼で俺を睨んだ。

また、同じ言葉。

美彩が強くない?それなら俺が守れば、良いだけの話だろ?

何だかイラつく。

來名のように、美彩を甘やかしたい。美彩から甘えてほしい。

俺に頼って欲しい。どうすれば美彩を手に入れられる?

どんな手を使っても……



寮に帰ると、考え事をしながら甘い匂いを思い出し。

お菓子を作ってみようと、本格的な道具をそろえていく。

何かが間違っているような気がしながら。

仕事は一極集中になるので。

母が作ってくれたお菓子を思い出しながら。

父は仕事に厳しかった。

旅に出ることが決まっている俺を、幼いころから会社に連れて行き、経営や人事を見せた。

おかげで俺は、独りで生きていける程度の地盤がそろっている。

進路を決める時期、学園からの連絡があり訪問を受け、俺の進路は決まった。

思い返せば、ちゃんと両親からの愛情を受けている。

呪いを受け継ぎ、どこかあきらめていたけれど。

足りないもの、それはこれからも露呈するだろう。

一人で生きることを覚悟したつもりだった。けれど。

感情がこみ上げる。涙が止まらない。

「墨、近くにいるか?」

「遠矢、らしくねぇな。どうしたよ?」

学園の用意した監視。けれど、俺の精神的安定をこれ程までに支えるなんて。

呪いで、両親は一生の対さえいればいいと……思ってしまったんだ。

その間違いに気づけた。

俺はまだ16になっていない。

大人になり切れていない……俺の覚悟は……



次の日の朝。

俺の手に、綺麗に仕上げたホールケーキを携えて。

毎度の俺の姿に、美彩は変わらない冷たい態度。

小さな胸の痛み。

「美彩、美味しいケーキはいらない?」

箱を開けて中身を見せながら。

「けぇーき!!」

美彩の輝いた目が、俺を見る。

あぁ、喰いたい……

「ん?なぁあ何だ、この寒気?背中がゾワゾワする!!」

何故、そんな動物的な勘があるのかな?

キョロキョロと周りを見渡し、俺に視線を向けて。

犯人を見つけた、みたいな睨み。

「いらない、出て行って!嫌い!!」

【ズキッ】

嫌い……?

いつものセリフなのに。刺さるような痛み。

美彩は俺の表情をじっと見つめ、口を閉ざした。

「……美彩、俺は好き……俺には美彩だけなんだよ?」

「こ、ここ教室だから!ばかぁ~~」

言い放つ美彩の視線は、落ち込む俺よりも周りをうかがう。

周りを気にして、照れただけ……?

思わず笑みが漏れた。

嫌いもきつい言葉も、君の感情の現れで。

俺に対する本当の気持ちはわからない。

「ケーキ、置いていくね。」

相手の言葉に傷つくこの想いは呪いだろうか?

いや、違う。俺は美彩に対する深まる愛情を、本物にするんだ。


何日も、何度会っても……

美彩の心が、手に入らないように感じる。

呪いを願ってしまう。

早く俺で、蝕まれればいい。俺だけを見て、俺だけを想い求めてほしい。

ただ確実に、餌付けは成功している模様。

「今日は、何?」

美彩は両手を出して、俺に微笑む。

あんなに最初は冷たいだ態度で、目も合わせてくれなかったのに。

【キュン】

可愛い!!

「ね、美彩……俺の事、好き?」

「嫌い!!むぐむぐ……うまうま……」

俺の作ったお菓子を美味しそうに頬張り、どんどん食べていく。

この小さな体の、どこに。

「ね、美味しい?」

「うん!」

「もっと、いる?」

「いる!」

「甘い?」

「甘い!」

「幸せ?」

「幸せ!」

「俺の事、好き?」

「す……嫌い!!」

ちっ。なんて頑固な。

後、少しなのか?道のりが長い。

そんな俺を、墨はニマニマ毎回盗撮してやがる。

俺は仕事場にも姿を見せなければいけない立場。今日は、ここまで。

「美彩、今日はもう来ないから。」

口に含んだケーキを飲み込み。

「うん、バイバイ。」

俺を下から見つめ、いつもと違う反応。

不思議に思いつつ時間に追われて、その場を離れた。


校舎から出て学園の敷地で、いつものように周りに人がいない状況。

墨が俺の後ろに現れる。

「遠矢、馬鹿だろ?」

開口一番にそれか。ため息が出る。

主に、馬鹿?とは。

しかも美彩で慣れたのか、怒りがない。

むしろ何故か……その言葉で嬉しくなるのは病気だろうか?

「どうして緑色の目を使わないんだ?」

「確かに!」

俺、馬鹿じゃねぇ?楽に……手に入る。

本当に?……俺が望んでいるのは。

一瞬の思い付きで気持ちが軽くなり、すぐに否定する考え。

美彩が言った。

緑色の『目を見ると狂う』と……

それは呪い故。俺に求められた覚悟。

詳細の分からない呪い。美彩を苦しめる未来……

ふさぎこんだ俺に、今度は墨がため息。

「切れないうちに、制御しとけ。」

墨が俺の頭を、くしゃくしゃ撫でる。

「ちょ、今から会社に向かうのに……てか、切れるって何だよ?俺は、いつも冷静だぞ!」

髪を手櫛で直しながら、墨に視線を向ける。

「それが、一番怖いんだ。相手のことを考えた意見だぜ?ま、見守ってやるよ。」

墨の笑顔。

学園の意図が見えた気がする。

俺に必要なのは、主従関係じゃない……対等な存在だ。

精神的な安定も目的だろうけど。

美彩に、來名がいるように……

求めてこなかった存在。

独りで生きると決めていた俺には、無かったモノが増える。

守りたいものが……これから、もっと……



今日はお昼に時間が取れそうだったので、お弁当を作ったと言って美彩を誘った。

中庭の、人目のない場所。

美彩が周りの目を気にせずに、ゆっくり食べられるように。

シートを広げ、お弁当とお茶の入った水筒を並べる。

何だろうか、いつもと違う空気。

最近、変わってきたのだけど言語化ができない。

嫌われてはないような。拒絶や冷たさのない温さ。

考えても答えは出ないし、せっかくの美彩との時間を無駄にしたくはない。

お弁当箱の蓋を開けると、嬉しそうな表情。

「美味しそう~~、楽しみ。」

俺に向けた笑顔を見て、胸に痛みではない違和感。

嬉しいような。恥ずかしさとは違う。これは。

「いただきます!!」

美彩は、いつものようにどんどん食べて、小さな体に詰め込んでいく。

あんなに餌付けしたのに、太らないよな。

うまくかわしたり、俺の理解を超えた動きをする時があるし。

摂取カロリーを、きちんと消費するような何かしてるんだろうか。

聞いて、答えてくれるだろうか。

欲しい情報は、他人からもらってきたから。

「美彩は、何か運動してるの?」

俺の質問に、驚いた表情で、噛んでいた口が止まる。

俺の目を見たまま、うなずき、また口を動かして飲み込む。

「お父さんが、護身術を何故か習うようにって。今は、そんなに本格的にはしてないんだけどね。」

ん?いつからしてるんだろう。

美彩は箸を止めたまま、俺を見つめて無言。

何だろう、この間は。

落ち着かなくて質問を続けた。

「いつから?」

「5歳くらいかな。」

「仲の良い、いとこと一緒に?」

「ううん、來名は……出会った頃、それどころじゃなかったみたいだし。」

みたい……か。ずっと一緒ってわけでもないみたいだな。

「あ、ごめん。食べていいよ。」

「うん。」

食べながら話したりせず、行儀のしつけも父親が厳しいのかな。

食べ終わって、二人並んでお茶を飲み、春の爽やかな風を受ける。

もう桜も散って、木々は青々と葉を生い茂らせ、シートには漏れる光が所々。

穏やかな時間。

幸せを感じるけれど、物足りない。もどかしい。

「美彩、俺のこと好き?」

しまった。また嫌いと言われたら。

視線を思わず美彩に向けた。

機嫌を損ねたら、この時間さえ。

「好き。美味しいものくれるから……」

美彩の真剣な視線。

「え?」

え?好き……

一気に体温の上昇を自覚する。顔が熱い!!

これ……赤面?俺が?

これも恥ずかしさと似て非なる感情。

手や腕で顔を覆って狼狽える俺に、美彩は幻滅するかもしれない。

少し冷静になり、顔を隠した指の隙間から、美彩の反応を見る。

すると。

「ふふっ。可愛い……」

俺の様子をみて、可愛く微笑んだ。

初めて見る穏やかな表情……

【プツッ】

何かが切れた感じ。

気づいた時には、地面に敷いたシートに美彩を押し倒していた。

下にいる美彩は俺をずっと真っすぐに見つめる。

俺の目を見ている……そう、ずっと逸らすことなく。

俺を好きになってくれたのだろうか。

「……美彩、我慢できない。」

「駄目。赦さない……」

【ムカッ】

思い通りにならない、いら立ち。

感情が俺を掻き立てて。今日は、目の色が変わるのが分かる。

そして頭に響く声……

『手に入れろ。どんな手を使っても』

何のために緑色の目があるのか。

「美彩、俺の目を見て……俺が求めるように、君も求めてほしい。」

「遠矢……」

あぁ、初めて呼んでくれた。俺の名。

美彩の目は、俺を見つめ……伸ばされた手が俺の頬に触れる。

愛しい。

「はぁ……息詰まって苦しい、美彩……」

欲情……

欲望に身を委ね、このまま……

【ギュムッ】

美彩の指が俺の頬をつねる。

「いひゃい……」

「でしょうね。退いて、授業に遅れるから。」

何故、利かない?

ぼう然とする俺を押し退ける。

美彩は力など入れていなかった。自然と俺がその手に促されるように動いたんだ。

彼女からの拒絶……それに耐えられなくて。

美彩は立ち上がり、制服の上下を撫でるようにして整える。

そして俺を見ることなく歩き始めた。

「美彩、俺の事……」

「嫌い……絶対に、好きにならない!」

彼女は背中を向けたまま。

歩くのを止めて、叫ぶように言い放った。

振り返らなくても分かる。俺が欲しい視線。

目は、まっすぐに……

君は何を見ているの?何を考えた?

教えて……もっと君の事を知りたいんだ。

追いかけることも出来ず、シートに寝転がる。

中庭に移動するんじゃなかった。

ついてくるのが嬉しくて、開放的な方がいいだろうと。

美彩の匂いが、風にのって薄れていく。

相手が、こんな身近にいるのに……

手に入らない?どうして、美彩は俺を好きにならないのかな?

緑色の目が発動しているのに。

この呪いは……


『好き。美味しいものくれるから』

美彩の視線……

『好き』が、俺と同じ感覚のように思える。

何度か発動した緑色の目……無意識に向けていたこともあるのだろうか。

常に、美彩は俺の目を見つめ、真っすぐ向けられていた。

俺を好き?好きになった?それなら……得る心は、純粋ではない?

【ズキッ】

俺のこの心も純粋ではない?美彩は、それを感じている?

疑問だけが増え、答えのない呪い……

ゆっくり、一生をかけても手に入れるつもりで。

必死で我慢していたのにな……

『嫌い……絶対に、好きにならない!』

俺は、その言葉が怖くて……逃げていたんじゃないだろうか。

独り……平気だったモノが、恐ろしい。

少しでも得た幸せを、呪いに駆られるように望み……底なしの欲望となる。

この広大な学園と同じだ……ただ、自分の欲求。

美彩……俺は、君の事をどれだけ知っているだろうか。

『彼女は強い、そして弱い』

記憶にはある言葉。

それを深く考えることなく、これが呪いなのに。

どこか楽観視していたんだ。

君が近くに存在するから。

契約と緑色の目が本当で。『心を惑わし』『手に入れる』ことが出来るのだと。

出会えたのは奇跡なのに……

自分の情けなさ。

呪いは、俺以上に美彩を苦しめる。

普段の警護を墨に任せ、自分の時間の余裕のある中で美彩の所に向かい、俺の作った物を食べる美彩に満足して。

守れていない。苦しめるものが何なのか。知らない。

『彼女は強い、そして弱い』

美彩の強さも、弱さも知らない。

真っすぐに見つめる視線。それは。

美彩には覚悟があるのだとしたら。

君は背の低さを気にしていたけれど。

小さな体からは予想できない程の瞬発力、臨機応変な対応。

緑色の目から逃げずに見つめ、俺を簡単には受け入れない。

なんて強さ。あぁ、なんて愛しいのだろうか。

弱さ。美彩が、來名に甘えるのはとても印象的だった。

欲しいと願った位置。胸に違和感。

答えが出そうで、まだ何かが足りない。

『彼女は強い、そして弱い』

彼女の不安は。支えは。

今、美彩を癒せるのは俺ではない。甘えるのも。

知らないことが多すぎて。

人とかかわってこなかった。その代償。

独りで生きていくのだと虚勢を張って。

周りを見てこなかった。今までの俺。

では、これからは。こんなところで、とどまっているわけにいかない。

呪われたのは俺の家系。

その呪いが選んだ美彩は巻き込まれただけ。

それでも、俺の対……絶対に手に入れてみせる!






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