緑色の目
一分一秒でも、君と一緒にいたい。
ずっと近くに……君に触れて、手に入れたい。
すべて。体も心も……俺のモノ。
俺は時間を作っては、足しげく美彩のいる3年生の教室に通う。
「美彩、愛しているよ。」
愛を何度囁いても。
「嫌い!!」
返事はいつも同じ。
美彩は俺の目を見ようとしない。
「友達に聞いたの。目を見たら、狂うんだって!」
要らないことを……誰だよ?
教室を見渡そうとした俺の背後。
「あら、うふふ……美彩、私の事を言っちゃうの?睨まれちゃったじゃない。くすくすくす……」
今、こいつも気配がなかったぞ?
俺が背後を取られるなんて。
一応、呪いの影響か運動神経やら特出してるはずなのに。
何だか、俺の周りは個性的な奴が多くない?これも呪いなのか?
「初めまして、藤原 來名です。美彩の友達で、いとこなのよ。」
似てないな……
「当然よ、姉妹でも違いはあるのに!」
今……心、読みましたか?
「あら、慣れておいた方がいいわよ?将来……おっと、口が滑るところだったわぁ。ふふふ、あぶないあぶない。」
将来?美彩と結婚したら、親類づきあいがいるって話か?
味方だと、思えないのは……
「美彩、抱っこしてあげる。」
來名は俺を流し目で見ながら、美彩に両手を差し伸べる。
「本当?どうしたの、何なに機嫌がいいの?」
美彩はご機嫌な笑顔で、來名に飛びついた。
俺の前で、俺の存在など忘れたように。
來名の胸に顔を寄せ、幸せそうな表情。可愛い……
この俺の腕に欲しい。
俺の視線の端に入り込んで、來名はニヤリ。勝ち誇った顔。
敵だ!間違いなく、俺の敵!!
來名は視線を美彩に向けて頭を撫で、優しく微笑んだ。
あれ?俺、コイツの表情が分かる。何故……
美彩のいとこだからか?
しかし感情が揺さぶられることなどない。
俺の相手は美彩だけ、それは変わらない。甘い香りも美彩からしか香らない。
俺の知らない何か。
茫然とする俺を見透かすような視線。
「遠矢……この子は、強くない……覚えておいて。」
來名は、美彩の頭や背中を撫でながら、更に鋭い眼で俺を睨んだ。
また、同じ言葉。
美彩が強くない?それなら俺が守れば、良いだけの話だろ?
何だかイラつく。
來名のように、美彩を甘やかしたい。美彩から甘えてほしい。
俺に頼って欲しい。どうすれば美彩を手に入れられる?
どんな手を使っても……
寮に帰ると、考え事をしながら甘い匂いを思い出し。
お菓子を作ってみようと、本格的な道具をそろえていく。
何かが間違っているような気がしながら。
仕事は一極集中になるので。
母が作ってくれたお菓子を思い出しながら。
父は仕事に厳しかった。
旅に出ることが決まっている俺を、幼いころから会社に連れて行き、経営や人事を見せた。
おかげで俺は、独りで生きていける程度の地盤がそろっている。
進路を決める時期、学園からの連絡があり訪問を受け、俺の進路は決まった。
思い返せば、ちゃんと両親からの愛情を受けている。
呪いを受け継ぎ、どこかあきらめていたけれど。
足りないもの、それはこれからも露呈するだろう。
一人で生きることを覚悟したつもりだった。けれど。
感情がこみ上げる。涙が止まらない。
「墨、近くにいるか?」
「遠矢、らしくねぇな。どうしたよ?」
学園の用意した監視。けれど、俺の精神的安定をこれ程までに支えるなんて。
呪いで、両親は一生の対さえいればいいと……思ってしまったんだ。
その間違いに気づけた。
俺はまだ16になっていない。
大人になり切れていない……俺の覚悟は……
次の日の朝。
俺の手に、綺麗に仕上げたホールケーキを携えて。
毎度の俺の姿に、美彩は変わらない冷たい態度。
小さな胸の痛み。
「美彩、美味しいケーキはいらない?」
箱を開けて中身を見せながら。
「けぇーき!!」
美彩の輝いた目が、俺を見る。
あぁ、喰いたい……
「ん?なぁあ何だ、この寒気?背中がゾワゾワする!!」
何故、そんな動物的な勘があるのかな?
キョロキョロと周りを見渡し、俺に視線を向けて。
犯人を見つけた、みたいな睨み。
「いらない、出て行って!嫌い!!」
【ズキッ】
嫌い……?
いつものセリフなのに。刺さるような痛み。
美彩は俺の表情をじっと見つめ、口を閉ざした。
「……美彩、俺は好き……俺には美彩だけなんだよ?」
「こ、ここ教室だから!ばかぁ~~」
言い放つ美彩の視線は、落ち込む俺よりも周りをうかがう。
周りを気にして、照れただけ……?
思わず笑みが漏れた。
嫌いもきつい言葉も、君の感情の現れで。
俺に対する本当の気持ちはわからない。
「ケーキ、置いていくね。」
相手の言葉に傷つくこの想いは呪いだろうか?
いや、違う。俺は美彩に対する深まる愛情を、本物にするんだ。
何日も、何度会っても……
美彩の心が、手に入らないように感じる。
呪いを願ってしまう。
早く俺で、蝕まれればいい。俺だけを見て、俺だけを想い求めてほしい。
ただ確実に、餌付けは成功している模様。
「今日は、何?」
美彩は両手を出して、俺に微笑む。
あんなに最初は冷たいだ態度で、目も合わせてくれなかったのに。
【キュン】
可愛い!!
「ね、美彩……俺の事、好き?」
「嫌い!!むぐむぐ……うまうま……」
俺の作ったお菓子を美味しそうに頬張り、どんどん食べていく。
この小さな体の、どこに。
「ね、美味しい?」
「うん!」
「もっと、いる?」
「いる!」
「甘い?」
「甘い!」
「幸せ?」
「幸せ!」
「俺の事、好き?」
「す……嫌い!!」
ちっ。なんて頑固な。
後、少しなのか?道のりが長い。
そんな俺を、墨はニマニマ毎回盗撮してやがる。
俺は仕事場にも姿を見せなければいけない立場。今日は、ここまで。
「美彩、今日はもう来ないから。」
口に含んだケーキを飲み込み。
「うん、バイバイ。」
俺を下から見つめ、いつもと違う反応。
不思議に思いつつ時間に追われて、その場を離れた。
校舎から出て学園の敷地で、いつものように周りに人がいない状況。
墨が俺の後ろに現れる。
「遠矢、馬鹿だろ?」
開口一番にそれか。ため息が出る。
主に、馬鹿?とは。
しかも美彩で慣れたのか、怒りがない。
むしろ何故か……その言葉で嬉しくなるのは病気だろうか?
「どうして緑色の目を使わないんだ?」
「確かに!」
俺、馬鹿じゃねぇ?楽に……手に入る。
本当に?……俺が望んでいるのは。
一瞬の思い付きで気持ちが軽くなり、すぐに否定する考え。
美彩が言った。
緑色の『目を見ると狂う』と……
それは呪い故。俺に求められた覚悟。
詳細の分からない呪い。美彩を苦しめる未来……
ふさぎこんだ俺に、今度は墨がため息。
「切れないうちに、制御しとけ。」
墨が俺の頭を、くしゃくしゃ撫でる。
「ちょ、今から会社に向かうのに……てか、切れるって何だよ?俺は、いつも冷静だぞ!」
髪を手櫛で直しながら、墨に視線を向ける。
「それが、一番怖いんだ。相手のことを考えた意見だぜ?ま、見守ってやるよ。」
墨の笑顔。
学園の意図が見えた気がする。
俺に必要なのは、主従関係じゃない……対等な存在だ。
精神的な安定も目的だろうけど。
美彩に、來名がいるように……
求めてこなかった存在。
独りで生きると決めていた俺には、無かったモノが増える。
守りたいものが……これから、もっと……
今日はお昼に時間が取れそうだったので、お弁当を作ったと言って美彩を誘った。
中庭の、人目のない場所。
美彩が周りの目を気にせずに、ゆっくり食べられるように。
シートを広げ、お弁当とお茶の入った水筒を並べる。
何だろうか、いつもと違う空気。
最近、変わってきたのだけど言語化ができない。
嫌われてはないような。拒絶や冷たさのない温さ。
考えても答えは出ないし、せっかくの美彩との時間を無駄にしたくはない。
お弁当箱の蓋を開けると、嬉しそうな表情。
「美味しそう~~、楽しみ。」
俺に向けた笑顔を見て、胸に痛みではない違和感。
嬉しいような。恥ずかしさとは違う。これは。
「いただきます!!」
美彩は、いつものようにどんどん食べて、小さな体に詰め込んでいく。
あんなに餌付けしたのに、太らないよな。
うまくかわしたり、俺の理解を超えた動きをする時があるし。
摂取カロリーを、きちんと消費するような何かしてるんだろうか。
聞いて、答えてくれるだろうか。
欲しい情報は、他人からもらってきたから。
「美彩は、何か運動してるの?」
俺の質問に、驚いた表情で、噛んでいた口が止まる。
俺の目を見たまま、うなずき、また口を動かして飲み込む。
「お父さんが、護身術を何故か習うようにって。今は、そんなに本格的にはしてないんだけどね。」
ん?いつからしてるんだろう。
美彩は箸を止めたまま、俺を見つめて無言。
何だろう、この間は。
落ち着かなくて質問を続けた。
「いつから?」
「5歳くらいかな。」
「仲の良い、いとこと一緒に?」
「ううん、來名は……出会った頃、それどころじゃなかったみたいだし。」
みたい……か。ずっと一緒ってわけでもないみたいだな。
「あ、ごめん。食べていいよ。」
「うん。」
食べながら話したりせず、行儀のしつけも父親が厳しいのかな。
食べ終わって、二人並んでお茶を飲み、春の爽やかな風を受ける。
もう桜も散って、木々は青々と葉を生い茂らせ、シートには漏れる光が所々。
穏やかな時間。
幸せを感じるけれど、物足りない。もどかしい。
「美彩、俺のこと好き?」
しまった。また嫌いと言われたら。
視線を思わず美彩に向けた。
機嫌を損ねたら、この時間さえ。
「好き。美味しいものくれるから……」
美彩の真剣な視線。
「え?」
え?好き……
一気に体温の上昇を自覚する。顔が熱い!!
これ……赤面?俺が?
これも恥ずかしさと似て非なる感情。
手や腕で顔を覆って狼狽える俺に、美彩は幻滅するかもしれない。
少し冷静になり、顔を隠した指の隙間から、美彩の反応を見る。
すると。
「ふふっ。可愛い……」
俺の様子をみて、可愛く微笑んだ。
初めて見る穏やかな表情……
【プツッ】
何かが切れた感じ。
気づいた時には、地面に敷いたシートに美彩を押し倒していた。
下にいる美彩は俺をずっと真っすぐに見つめる。
俺の目を見ている……そう、ずっと逸らすことなく。
俺を好きになってくれたのだろうか。
「……美彩、我慢できない。」
「駄目。赦さない……」
【ムカッ】
思い通りにならない、いら立ち。
感情が俺を掻き立てて。今日は、目の色が変わるのが分かる。
そして頭に響く声……
『手に入れろ。どんな手を使っても』
何のために緑色の目があるのか。
「美彩、俺の目を見て……俺が求めるように、君も求めてほしい。」
「遠矢……」
あぁ、初めて呼んでくれた。俺の名。
美彩の目は、俺を見つめ……伸ばされた手が俺の頬に触れる。
愛しい。
「はぁ……息詰まって苦しい、美彩……」
欲情……
欲望に身を委ね、このまま……
【ギュムッ】
美彩の指が俺の頬をつねる。
「いひゃい……」
「でしょうね。退いて、授業に遅れるから。」
何故、利かない?
ぼう然とする俺を押し退ける。
美彩は力など入れていなかった。自然と俺がその手に促されるように動いたんだ。
彼女からの拒絶……それに耐えられなくて。
美彩は立ち上がり、制服の上下を撫でるようにして整える。
そして俺を見ることなく歩き始めた。
「美彩、俺の事……」
「嫌い……絶対に、好きにならない!」
彼女は背中を向けたまま。
歩くのを止めて、叫ぶように言い放った。
振り返らなくても分かる。俺が欲しい視線。
目は、まっすぐに……
君は何を見ているの?何を考えた?
教えて……もっと君の事を知りたいんだ。
追いかけることも出来ず、シートに寝転がる。
中庭に移動するんじゃなかった。
ついてくるのが嬉しくて、開放的な方がいいだろうと。
美彩の匂いが、風にのって薄れていく。
相手が、こんな身近にいるのに……
手に入らない?どうして、美彩は俺を好きにならないのかな?
緑色の目が発動しているのに。
この呪いは……
『好き。美味しいものくれるから』
美彩の視線……
『好き』が、俺と同じ感覚のように思える。
何度か発動した緑色の目……無意識に向けていたこともあるのだろうか。
常に、美彩は俺の目を見つめ、真っすぐ向けられていた。
俺を好き?好きになった?それなら……得る心は、純粋ではない?
【ズキッ】
俺のこの心も純粋ではない?美彩は、それを感じている?
疑問だけが増え、答えのない呪い……
ゆっくり、一生をかけても手に入れるつもりで。
必死で我慢していたのにな……
『嫌い……絶対に、好きにならない!』
俺は、その言葉が怖くて……逃げていたんじゃないだろうか。
独り……平気だったモノが、恐ろしい。
少しでも得た幸せを、呪いに駆られるように望み……底なしの欲望となる。
この広大な学園と同じだ……ただ、自分の欲求。
美彩……俺は、君の事をどれだけ知っているだろうか。
『彼女は強い、そして弱い』
記憶にはある言葉。
それを深く考えることなく、これが呪いなのに。
どこか楽観視していたんだ。
君が近くに存在するから。
契約と緑色の目が本当で。『心を惑わし』『手に入れる』ことが出来るのだと。
出会えたのは奇跡なのに……
自分の情けなさ。
呪いは、俺以上に美彩を苦しめる。
普段の警護を墨に任せ、自分の時間の余裕のある中で美彩の所に向かい、俺の作った物を食べる美彩に満足して。
守れていない。苦しめるものが何なのか。知らない。
『彼女は強い、そして弱い』
美彩の強さも、弱さも知らない。
真っすぐに見つめる視線。それは。
美彩には覚悟があるのだとしたら。
君は背の低さを気にしていたけれど。
小さな体からは予想できない程の瞬発力、臨機応変な対応。
緑色の目から逃げずに見つめ、俺を簡単には受け入れない。
なんて強さ。あぁ、なんて愛しいのだろうか。
弱さ。美彩が、來名に甘えるのはとても印象的だった。
欲しいと願った位置。胸に違和感。
答えが出そうで、まだ何かが足りない。
『彼女は強い、そして弱い』
彼女の不安は。支えは。
今、美彩を癒せるのは俺ではない。甘えるのも。
知らないことが多すぎて。
人とかかわってこなかった。その代償。
独りで生きていくのだと虚勢を張って。
周りを見てこなかった。今までの俺。
では、これからは。こんなところで、とどまっているわけにいかない。
呪われたのは俺の家系。
その呪いが選んだ美彩は巻き込まれただけ。
それでも、俺の対……絶対に手に入れてみせる!




