迷い
いつもの使用されていない教室。
俺の前で、美味しそうにお弁当を食べる美彩。
その様子を、じっと見つめる。
食べ終わった美彩は、俺に首を傾げ・・額に手を当てた。
「熱は、ないね。どうしたの?」
心配する表情・・愛情を感じ、顔がほころびる。
この幸せも、一生手に入れず・・独り・・
「遠矢?」
この、声で・・名を呼ばれることもない。
匂いを味わうことも、触れた唇を味わうことも。
温もりに、幸せを感じることさえ・・一生・・
「美彩、俺のこ・・」
言葉が出ない。
「好きよ。
言わないといけない・・今、そんな気がするのはどうしてかな?
遠矢、私の事・・好き?」
口を開くが、言っていいのか戸惑う。
結局、呪いなんだ・・このまま、美彩を解放した方がいいのかもしれない。
美彩は、俺以外の男も選べるのだから・・
視線を逸らし、教室の壁にある時計を見る。
「美彩、そろそろ時間だ。行こ・・う!?」
視線を戻した俺に、制服のリボンを解きボタンをはずし終える美彩の姿。
「な!?」
「・・何が不安なの?
体を手に入れたら、安心する?だったら、触れて。いいよ・・」
上目で、少し緊張した笑顔。
夢?罠??
匂いが、美彩の心を伝える・・
愛情の・・俺を求める匂い。
俺は、美彩の座っている椅子の横にかがむ。
白い肌・・そっと、指で首元に触れる。
【ピクッ】
視線を、恥ずかしそうに逸らし・・それでも、拒絶はない。
顎に指を滑らせ、顔を近づけ・・キスを落とす。
もう片方の手を、わき腹に滑らせる。
「・・んっ・・」
ゾクゾクする・・
触れる美彩の肌は、温もりから熱に変わる。
重ねた唇を、舌でなぞった。
「・・ふぅ・・」
気を許したように、唇が開いて・・俺を誘う。
「・・遠矢・・もっと・・ぁ」
・・シアワセ・・
ウシナウカモシレナイ・・一生
「・・ッ・・
美彩、愛している。欲しい・・手に入れたい。」
「・・いいよ。どうして迷うの?」
君は、勘が良いんだね。
「・・呪いだから・・」
「言って・・正直に。
抱えないで・・私は願うわ。呪いさえ・・」
俺の腕の中、すべてを委ねる彼女の存在の大きさ。
「・・幸せすぎる。
このまま、死んでしまいたい・・」
「遠矢・・
奪わないで。今日は・・ただ、キスを頂戴。いっぱい・・
遠矢を感じることが出来るように。」
繰り返すキス・・
優しく・・深く、何度も・・求めるように。
ただ、今得ている幸せを感じるままに・・
俺の迷いが続くなんて・・呪いから逃げる道を望むなんて。
・・そんな弱い自分を知らない・・誰かを護れる強さが欲しい。
独りで生きていく決意なんかせず、周りと係わってきたら・・何かが違ったのだろうか?
今までの守れる自信が、何で出来ていたんだろう?
それも思い出すことができない・・
「遠矢、大丈夫か?」
「墨・・“彼女”のこと、教えてくれ。
それは、俺が知るべきことだろう?」
「・・情報料をもらう。」
「いくらでもいい。願うなら、俺のすべてを犠牲に・・」
【ぺしっ】
頭に軽い衝撃。
「ばぁ~~か!
ガキが、大人みたいなことを言ってんじゃねえ。可愛くない!」
「・・墨・・」
「いいか、誓え。
俺の主なら・・呪いを乗り越えると!!」
「はっ・・はは。」
笑いがこぼれてしまう。
「ふっ・・笑ってろ!俺の主は、堂々としてるのがいいんだ。
価値が下がるだろ?」
「くっ。下がる評価もないくせに?」
「最近は、あるんだよ!!
で、誓うのか?」
「・・あぁ、誓う。
乗り越えるためには、情報が必要だろ?」
「では、主・・遠矢様に、報告を。
雑種・・調べられましたね?」
「あぁ、自分のルートで。
しかし、隠されたかのように手に入らない。」
「時ではないのでしょう。
知るべき情報は、必要な時に必要な分だけ・・」
この言葉は、俺の一生に何度聞くことになっただろうか?
―― 雑種 ――
大上家の呪いで、相手を探し契約をする。
相手以外の契約は、呪いを増幅させる。
異種となり、ある者は緑色の目を持たず。ある者は、匂いさえ判断できずに。能力を失う・・
呪いの解放を願いながらも、呪いに苦しむ家系・・選んだ契約を無視し、他の者を選ぼうとした。
本当の幸せはない・・と聞く。
詳しいことは分からない。ただ、その雑種・・一人の男の話。
自分の相手だと思い、契約するが・・雑種には確信がない。
彼女の愛情も、“呪い”に感じるようになる。
取った道は、自由を彼女に与えること。
そして、独りで生きる覚悟もないまま・・命を絶った。
相手を選べる“彼女”を残して・・
「・・來名・・今、何て?」
「試練の始まり・・
手に入れられなかった魔女の話。
私も願う・・呪いのように。
あなたは、家系から遠い・・呪いの解放はできないけど、開放の道。
試練に耐え、乗り越える覚悟は・・」
「あるわ!!」
「・・知っている。
でも、くすくすくす・・“あなた”の道は、一つ・・私の道は二つあった・・」
・・呪い・・
俺の覚悟は、遅かった?もう、手に入らない?
すれ違う想いは同じなのに・・
緑色の目・・
心が目に見えて、秤で量れればいいのに・・
呪いが俺たちを試すなら・・それが、答えなのだろうか?