呪いの解放
今は昔・・。
大上家に、千弐という青年がいた。
「どうして?愛していると、私だけだと・・。嘘よね?酷い・・。」
彼に問うのは、菜乃。一生に一人として選んだ相手。
これが、初めての禁忌。大上家自らが、呪いを科した。
呪いが増し、複雑な呪いの形態が生まれた。
全く同じ呪いが、受け継がれることはない。解放も、同じではなくなった。
「菜乃・・。あぁ、愛しているのは・・お前一人。でも、あいつを残しては行けない。
赦して欲しい・・。いや、赦さなくていい。君は、呪いの・・この目から解放されるだけ。
忘れて・・。幸せに、なって欲しい。いつまでも、願おう・・。
俺の心を君に残していく。いつか・・君に逢えたら・・返して。
必ず、君の許に・・還るから。」
オカエリナサイ・・。
大上家・・第一子長女。大上 円華
私立麻生学園 大学部一年生。
家族は、父・母・弟の長男保志高校1年生。
次男の采景中等部2年生。妹の次女麗季小等部6年生。
大上家は、おおかみの家系で呪いを受け継ぐ。
最近、保志は『かぐや姫』を見つけた。1つの呪いからの、解放の時を願う・・希望。
大上の本家は、他の呪いの解放に動き出した。
ある日。
私の前に一人の婚約者。
とても、嫌だと・・言える雰囲気ではない。
呪いは、普通の恋愛を赦さない。
本家の大上 諷汰。5歳ぐらいの男の子。
何だか異質な雰囲気に、無表情。
呪いからの解放のため・・本日、我が家にお泊り。
違和感があるが、小さな男の子。寂しいよね・・?
【クイッ】
服の裾を引っ張り「一緒に、お風呂入ろう?」と、諷汰。
・・・・。
一瞬悩んで「ごめんね・・。采ぃ~?一緒に・・」
弟にお願いしようとした時、声が重なる。
「「男は嫌だ。」」
ん?聴き間違い・・よね?
諷汰は、無表情で「やっぱり、一人で入る。」と。
何だか腑に落ちない・・?
私は「いい子ね。」と。諷汰の手を引いて、お風呂場へ連れて行った。
諷汰が出るまで、風呂場の外で待つことにした。
5歳児くらい・・。
何かあってはいけないと思った。そんな私に、父は・・ずっと目を合わさない。
・・?
何か、後ろめたいみたいだ。
そうだよね・・。
婚約なんて聞かずに呼び出され、こんな小さな男の子と・・。
だんだん腹が立ってきた。
「・・出たよ?」
か、可愛い・・。
「え?それ、保志のパジャマ・・?」
諷汰は、大人のパジャマを上だけ着ている。
「ううん。俺の・・。俺は、裸でもいいんだけど。」と、私を見る。
・・?
俺・・?可愛いな。
けど、本当に感情が欠如しているのか・・無表情だ。
「おいで・・」
諷汰を抱っこしようと膝を屈め、手を出した。
外見に、油断していた。
「・・え?」
顔が近づいて、唇が触れる。
・・?
「!!?!??」
契約の開始・・だった。
緑色の瞳。同じ呪いのおおかみには、心を惑わす力はない。
「円華・・。俺の一生に一人の相手。」
キスをした。
いや、正確には・・『された』だ。
私からしたわけではない。
私はつい「私の一生の相手に、選ばない。」と拒絶した・・。
『同じ呪いの家系。一生に一人を・・選び、解放を望め。
欠けたものを取り戻し、呪いを軽減せよ。』
呪いは、私に囁いた。
「俺を・・選んで欲しい。」
諷汰の目は、緑色のまま。
本家の伝承・・。呪いの効力が一番強い。
昔(『かぐや姫』の呪いの前)は、ある年齢まで狼だった。
呪いが軽減され、成長が遅くなった。5歳の子供の姿。
でも、本当は?
この呪いは、見つけた相手から・・感情を貰うことによって解かれる。
与えるのは、私・・。何度も呪いを受け継いできた大上家。
幸せになった者は、少ない。
一生に一人の相手。
その相手を喪った者や、見つけることが出来なければ・・一生独り。
ある者は、喪った悲しみに・・自ら呪いを科したのだとか。
「円華。
俺は、お前のことを選んだ。契約の開始。
俺に、感情を・・心を与えて欲しい。君を、愛したい。」
諷汰の言葉と同時。
諷汰の体が、大きくなる。
・・7歳ぐらいだろうか?
諷汰は「嬉しい。」と、にっこり笑う。
【ズキュン・・】
何かが、胸に突き刺さる。
可愛くて、しょうがない。愛しさが、私の何かを動かす。
「円華・・。俺、同い年だよ。
教育は、海外で受けた。」
諷汰は、自分のことを話す。淡々と・・。
「俺さ、円華に会って分かった。俺の相手だって。
出会わなければ、一生独りでいるつもりだったけど。
円華、お願い・・。俺を選んで欲しい。
胸が、痛いんだ。足りないものが多くて・・。お願い・・。」
諷汰は、力尽きたように・・私にもたれて眠る。
「諷汰・・」
胸が、締め付けられる様に痛い。
諷汰は、私を一生の相手として選んだ。
私は?諷汰を選ぶだろうか?諷汰の気持ちに、応えることが出来る・・?
私は、中途半端な気持ちで・・いつまでいられるだろう。
諷汰・・。
朝。
客間をノックして開ける。
「おはよう、諷汰。家に帰るんでしょ?
私・・大学に早く行かなきゃいけないから、声かけとこうと思って。
ごめんね、ゆっくり寝る?」
諷汰は、眠そうに目をこする。
その仕草が、とても可愛い。これがいつか、本当の大きさになる・・?
「起きる。俺も、会社に行かないと。」
・・?
「会社・・?」
キョトンと、首を傾げる私。
「社長だよ?」と、諷汰はサラリと言う。
「俺、同い年だって言ったろ?」
外見に囚われ、シャチョウという言葉に・・違和感。
変な気分・・ 実感が湧かない。
気を許してしまう・・
だから、契約の開始になった訳だが。
責任が重い。
いっそ、緑の目に・・心が傾けばいい。
私の心が、諷汰を選ぶ日が・・来るのだろうか。諷汰を・・。
「はっ・・遅刻する!!」
下の階のリビング。
「おはよう、麗季。」
妹は、朝食を食べ終えたところ。
くつろいでテレビを見ていたが、諷汰と目が合う。
「・・・・。」
少しの沈黙の後。
二人・・何故か、意味のある含み笑い。
「麗季、珍しいね。今のは、何?」
妹が、諷汰に反応したのが意外だった。
「「同類のニオイがする・・。」」と、二人同時。
あれ?昨日、采の時も・・同じことが。
二人は、くくく・・と笑っている。見なかったことにしよう・・。
「母さん、行ってくるね。」
時間に追われ、大学に向かった。
同類・・?
今、麗季は年上に付きまとっている。小学5年生で、一生の相手を見つけた。
緑の目は、あまり使わず・・楽しんでいると聴いた。
末恐ろしい少女に、うろたえる青年が目に浮かぶ。
ご愁傷様・・。て、私も・・同じ立場?
大学。
「円華ちゃん。こっち・・。」
天文サークルの先輩。嘉野 寛人さん。
呪いのせいで、男の人の顔の基準が良くわからないが・・。
周りから、『羨ましい』と・・よく言われる。
どうやら、男前?らしい。
いい人なのは分かるんだけど、恋愛感情が湧かない。
私の、一生の相手ではない。
「あっ、危ない!」
段差に、つまずいた・・。
【トン・・】
嘉野先輩に寄りかかってしまった。
「すみません・・。」
「いや。・・大丈夫?」
「きゃぁ~~!」
奇声が、響く。
同じサークルの女の子が、ざわめく。
慌てて、先輩から離れた。
「円華ちゃん。合宿、今日からは無理なの?」
距離を保つ私に、近づいて・・そっと囁いた。
「はい。以前から伝えていましたが、予定が・・。」と、私は一歩下がる。
「最終日に、顔を出しにきますね。」と、愛想笑い。
入るんじゃなかったかな?
天文学に興味があっただけで、先輩とお近づきになりたいとかは無い。
もっと、調べていたらよかった。
入ってから知った・・。ほとんどの女の子は、嘉野先輩を狙っている。
それに便乗するように男の人が集まって、別の目的が渦巻いている。
「じゃ、準備終わったみたいだし!」
この大学の宿泊設備は、充実している。
テント用の敷地・コテージが、学園の近くの海に新設したばかり。
しかも、歩いて10分の距離のところ。
大学の屋上には、天体望遠鏡がいくつも設置されている。
準備が出来たら、夜まで・・お遊び。
私の用事は終わった。
「円華ちゃん。最終日、必ず来てね。」
嘉野先輩は、私の興味が天文学だと知っている。
「はい。」
【携帯のコール音】・・
「はい。
・・?!
諷汰?・・何で番号?」
『・・会社、見て欲しいから。車を迎えに出している。
今すぐ、正門に行って。』
諷汰は、用件だけ言って電話を切った。
・・用事が済んだ後でよかった。
諷汰の会社・・?見て欲しい・・なんて、ちょっと可愛いこと言うよね?
何て、考えが甘かった。
「・・。」
車が案内したのは、大きなビル。
「さ、円華様。社長がお待ちです。」
案内されるまま、最上階へ。
中に入るように促され、ドアを開ける。
・・?
会社というより、家・・?
「入って・・。」
奥から諷汰の声。
まさか、ここ・・諷汰の家?
「・・円華・・。来いよ!」
・・?
何だか怒ったように、手を引かれ・・あるドアの部屋。
「諷汰・・?」
【バシャー】
シャワーのお湯が、私にかかる。
風呂場??
「ヤダ、止めて・・。ぶっ・・
諷汰、何で??」
・・?
訳が分からなくて、ずぶ濡れ・・放心状態。
「ぐっ・・」
【カラン】
シャワーの頭が床に落ち、諷汰はその場にしゃがみこむ。
「諷汰?・・あ」
体が、大きくなる。
「何だ・・これ。
んんっ・・声が。ぐっ」
成長が続く。
痛みに、諷汰は動けないようだ。
「大丈夫?」
この間と、様子が違うのでうろたえる。
やがて、成長が止まり諷汰は・・中学生ぐらい?の大きさ。
「円華・・。」
声がかすれ、話し辛そうだ。
落ち着いたはずなのに、諷汰は私を睨む。
「何?どうしたの・・?」
お湯の出ているシャワーを、また私に向ける。
「え・・?止めて・・よ。
・・こんなことする諷汰なんか、嫌い!!」
思わず叫んだ。
・・?
「酷い。何・・その匂い。落として、今すぐ・・。」
匂い・・?
【クンクン・・】
「あぁ、先輩の・・。」
て、ヤキモチ??
「こんな醜い、恥ずかしい気持ち・・いらない。
渦巻く黒い感情が・・次々に生れる。一気に成長するなんて・・」
・・あれ?声が・・違う。
【カァ~~】
何故か、赤面してしまう。
「円華?ごめん、風邪・・ひいた?」
諷汰の手を、払いのける。
「やっ・・」
・・・・沈黙。
「ご、ごめん・・。」
「・・?
円華、もしかして・・意識してる?」
【カアァ~~】
顔が真っ赤になり、目を逸らした。
「ははっ・・」
笑う声も、かすれ・・諷汰ではないようだ。
「うるさい、違う・・。
もう!代わりの服を用意しなさいよ!!」と、風呂場から諷汰を追い出した。
「俺も着替えるよ・・。」
私、こんな調子で・・大丈夫なんだろうか??
何もかも、後悔するには遅い。
「円華。着替えとタオル置いとくよ。」
風呂場のドアをそっと開ける。
服は透けている・・。
わぁ~~ん、恥ずかしい。今更、気付くなんて。
服は、私のサイズにぴったり。
下着も?なんでやねん!!
「円華、寝てるとき無防備だよね。」と、ドア越しに諷汰の声。
「!!?!??」
寝てるとき・・?
「バカ!ばかぁ~~」
何を言っていいのか・・とにかく叫んだ。
着替えが終わり、ドアを開ける。
「円華、可愛い・・」
少し短めのスカートが、気持ちを落ち着かせない。
「私の服は・・?」
乾燥したら、着替えたい・・。
「あぁ。クリーニングに出した。」
にっこり笑う諷汰。
「匂いも落ちたし。
俺が選んだ服を着てる円華が見れるなんて、幸せ・・。」
可愛いことを言う。
諷汰が大きくなったからか・・緊張して、顔が赤いまま。
「円華・・。聞きたいことがあるんだ。」
初めて見る男の表情。
「な、何?」
緑色の目が、私を見つめる。
ついさっきまで小学生だったのに。もう中学生・・
力では敵わないだろう。
「男は、あげた服を着た女を脱がす権利があるって・・本当?」
「嘘よ!!」
思わず、即答で叫んだ。
「・・聞こえない。
ね、円華・・。この身体さ、円華にどれくらい反応すると・・」
「ぎゃぁ~~。近寄るなぁ~!!」
手を捕まれ、諷汰の背が・・自分と同じぐらいになっていることに気付く。
怖くなった・・。
「円華、好きだ・・。」
低くなった声に、胸が熱くなる・・。
「駄目・・。
ヤダ、離れて・・。自分を見失いそうで、怖い・・。」
「いいよ。見失って・・。俺のことだけを見て、感じて・・。」
諷汰の唇が、私の唇に触れる・・。




