今は昔・・
私の上に、彼がいる。
両腕は、彼に・・強く押さえつけられたまま。
まただ・・。
彼を傷つけた。何度繰り返すの?
「・・好き。
好き・・よ。けど、あなた・・に、私の記憶がない・・。
記憶を消してしまったのは、私・・。知らなくてした事・・。
けど、・・。あなたに記憶がなくなって、ほっとしながら・・。傷ついて・・。
どうしていいか・・。」
「歌毬夜。記憶は、いらない。これから作ればいい。
俺を、受け入れて・・。
俺を、選んで欲しい。俺が、一生に一人として歌毬夜を選んだように。
歌毬夜、俺を・・選んで?」
私は、彼の押さえつけていた両手から自由になり・・
両手を床につけ、起き上がる。
彼の瞳が、緑色に光っている。
「保志・・。」
彼の頬に、手で触れる。顔を近づけ、私からキス。
【ズキ・・ン】
鈍い痛みが、頭に響く・・。
痛い・・。
「ぐっ・・何だ、これ・・?」
保志・・も?
・・私は、保志に・・
保志は、私に・・寄り添うようにして・・二人・・気を失った。
デジャブ・・。
懐かしい・・。
あれは、いつのことだった・・?
二人の時間は、どれほど・・許されていたのだろうか・・?
想いを抱くことは、赦されないことだったの・・?
それは、昔のこと・・。
120年を、何度かさかのぼった過去のことです。
呪いを受けた(その起源はまた別の話。)一匹の狼が、一生に一人の相手を探し旅に出ました。
その途中のある村。見つけました。呪いが増えると知らず・・出会います。
狼は、匂いをたどり屋敷の壁を乗り越えました。
明かりの灯った部屋は、不思議な造りで・・牢屋の様に見えます。
中の匂いは、間違いなく探していた人。その他の匂いや気配はありません。
狼は、前足で入り口を開けようとしました。
【カリカリ】
開きません。
「誰・・?」
綺麗な声に、胸がざわつきます。
つい・・
「姫、中に入れて頂けますか。」と、話してしまったのです。
この狼、実は人の子。
呪いで、代々ある年齢になると狼になるのです。呪いを解けるのは、一人。
入り口は、自分がやっと通れるぐらいで止まります。それ以上は、開かないようになっていたのです。
「きゃっ・・」
狼は、中にいた姫に心を奪われます。何と美しい姫。
「あなた、大きな犬ね。しかも、人語を話せるの?
素敵・・。ね、どこから来たの?外の話をして頂戴!」
年齢に比べ、無邪気に質問する姫に・・狼は、色々な話をして聞かせました。
「ポチ・・。人知の及ぶところではない美しさ・・それは、どんなもの?
ここから見えるものは、限られている。春の、桜・・。新緑。紅葉に、冬の雪。
あなたの見た、その瞳に映った美しさ・・。私は、・・見ることが出来る?」
彼女は、この小さな部屋から出たことがありません。
この小さな世界に、いつも独りだったのです。
まだ見ぬ外は、美しい・・。
狼は、苦しんでいました。
『必ず見つける。一生に一人の、対なる者。
手に入れろ。どんな手を使っても。』
呪いが、狼に・・刻むような痛みを与えるのです。
そして、昼間に聞く・・噂。
姫の婚儀について。そして、姫の・・今ある境遇について。
逢うことを、次第に辛く感じておりました。
このまま、姫の許を去り・・一生独りでいることを何度考えたか。
これが最後と、姫の姿を見に行き「・・ポチ、いないの?」と小さい声で呼ばれます。
その悲しげな声に、答えずにいられません。
「これは、姫。私を呼んでくださるとは、光栄ですな。」なんて。
姫から見たら、いつもこの時間に餌を求めてやってくる、大きな犬。
ただ話すことが出来るので・・姫は、狼を必要としていたのでしょうか。
いいえ、違います。
実は、この時には姫は知っていました。
狼の呪いについて。
でも、まだ時が来ていませんでした。
満月に近い月の夜。
月明かりの明るい庭に、いつものように呼びます。
「いらっしゃい。・・見つからないように、上がっていきなさいな?」
姫は、うすうす気付いていたのです。
狼が、密かに自分の許を去ろうとしていることを。引き止める権利はありません。
座敷の戸の隙間からスルリと入り、美しい瞳で「姫、食事は・・きちんと取られたほうがよろしいですよ?」と、身を案じます。
くすくす・・。
最近笑っていない姫の、幸せな時間でした。
「ポチ、今日は泊まっていく?それとも、いつものように・・私が寝てしまうといないの?」
「姫、私も・・獣とはいえオス。そう言う訳にも・・」
気持ちは、・・同じ。
いつ本当のことを言ってくれるのか・・。いつ、本当のことを言おうか・・。
そんな、日々が過ぎ・・ついに時が来ました。
婚儀の日が決まったのです。
「ポチ。お願いがあるの・・。
私を連れて、一緒に逃げて欲しい。」
姫は、覚悟を決めておりました。
「姫、今日は・・生憎の天気。
それに、逃げてどうするのです?その後の生活は・・。」
今日は、満月。生憎、今は曇って月が見えません。
でも、満月の日は・・呪いを解ける条件の一つでした。
「ポチ・・。いえ、本当は・・名があるのでしょう?
調べて知ったのよ。話すことが出来る狼なんて・・。あなたのことを、もっと知りたくて・・。
あなた、人に・・なれるのでしょう?」
ポチは、黙ります。
「私は、気持ちに気付いた。
あなたを愛しているの。お願い・・私を、選んで・・。」
姫の愛に、狼の心が決まります。
「姫、覚悟は在りますか?」
「はい。」
姫は、狼・・獣の口に唇を近づけます。
触れたと同時・・。
戸の隙間から、月の光が差し込みます。
その光の中、狼の体が変化していくのです。美しい容姿の・・男性。
「姫、名を呼んで下さい。定行と・・」
二人の心が通い、求め合い・・体を重ね・・。
明け方。
「姫、体が辛いのでは・・?」
「いいえ。
今、出ないといけません。追っ手がすぐに追いつくでしょう。」
姫は、逃げる準備を定行の前に出します。
そうです。この時を、ずっと準備していたのです。
身軽な服装・・男者の着物まであります。
「姫・・。一体、いつから・・。」
胸の熱くなるのを感じながら、少ししか開かない戸を勢いよく破り・・逃走。
姫の言う通り。追っ手は、手間取っています。
物事が順調に見えたのも、つかの間でした。
ある竹林でのこと。
「姫、ここにいてください。すぐ戻りますから。
その後は、ずっと・・一緒・・です。」
・・イヤ・・ダ。ヒトリニ・・シナイデ・・。
一緒・・って、言ったのに。
置いて、行かないで。あなたを、愛しているの・・。
定行は、姫の許に戻りませんでした。
定行は、姫と離れたすぐ後・・捕らえられ・・無残な処刑に処されたのです。
姫は、恐らく知ったのでしょう。
姫は、連れ戻され・・病に倒れ・・16で亡くなりました。
屋敷に、美しい女の赤子を残して・・。
呪いは言いました。
この呪いが加わる代わりに、以前の呪いが軽減される。
大上家よ、呪いは解かれるだろう。いつか、必ず・・。
それまで刻もう・・。




