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⑫-B 【 大上家シリーズ】おおかみはかぐや姫を食べた  作者: 邑 紫貴
【大上家シリーズ1】おおかみはかぐや姫を食べた

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13/77

今は昔・・


 私の上に、彼がいる。

両腕は、彼に・・強く押さえつけられたまま。


まただ・・。

彼を傷つけた。何度繰り返すの?


「・・好き。

好き・・よ。けど、あなた・・に、私の記憶がない・・。

記憶を消してしまったのは、私・・。知らなくてした事・・。

けど、・・。あなたに記憶がなくなって、ほっとしながら・・。傷ついて・・。

どうしていいか・・。」


「歌毬夜。記憶は、いらない。これから作ればいい。

俺を、受け入れて・・。

俺を、選んで欲しい。俺が、一生に一人として歌毬夜を選んだように。

歌毬夜、俺を・・選んで?」


私は、彼の押さえつけていた両手から自由になり・・

両手を床につけ、起き上がる。


彼の瞳が、緑色に光っている。


「保志・・。」


彼の頬に、手で触れる。顔を近づけ、私からキス。


【ズキ・・ン】


鈍い痛みが、頭に響く・・。

痛い・・。


「ぐっ・・何だ、これ・・?」


保志・・も?


・・私は、保志に・・

保志は、私に・・寄り添うようにして・・二人・・気を失った。



 デジャブ・・。


懐かしい・・。

あれは、いつのことだった・・?

二人の時間は、どれほど・・許されていたのだろうか・・?


想いを抱くことは、赦されないことだったの・・?




 それは、昔のこと・・。


120年を、何度かさかのぼった過去のことです。

呪いを受けた(その起源はまた別の話。)一匹の狼が、一生に一人の相手を探し旅に出ました。

その途中のある村。見つけました。呪いが増えると知らず・・出会います。


 狼は、匂いをたどり屋敷の壁を乗り越えました。

明かりの灯った部屋は、不思議な造りで・・牢屋の様に見えます。

中の匂いは、間違いなく探していた人。その他の匂いや気配はありません。

狼は、前足で入り口を開けようとしました。


【カリカリ】


開きません。


「誰・・?」


綺麗な声に、胸がざわつきます。

つい・・


「姫、中に入れて頂けますか。」と、話してしまったのです。


この狼、実は人の子。

呪いで、代々ある年齢になると狼になるのです。呪いを解けるのは、一人。


入り口は、自分がやっと通れるぐらいで止まります。それ以上は、開かないようになっていたのです。


「きゃっ・・」


狼は、中にいた姫に心を奪われます。何と美しい姫。


「あなた、大きな犬ね。しかも、人語を話せるの?

素敵・・。ね、どこから来たの?外の話をして頂戴!」


年齢に比べ、無邪気に質問する姫に・・狼は、色々な話をして聞かせました。


「ポチ・・。人知の及ぶところではない美しさ・・それは、どんなもの?

ここから見えるものは、限られている。春の、桜・・。新緑。紅葉に、冬の雪。

あなたの見た、その瞳に映った美しさ・・。私は、・・見ることが出来る?」


彼女は、この小さな部屋から出たことがありません。

この小さな世界に、いつも独りだったのです。

まだ見ぬ外は、美しい・・。

狼は、苦しんでいました。


『必ず見つける。一生に一人の、対なる者。

手に入れろ。どんな手を使っても。』


呪いが、狼に・・刻むような痛みを与えるのです。


そして、昼間に聞く・・噂。

姫の婚儀について。そして、姫の・・今ある境遇について。

逢うことを、次第に辛く感じておりました。

このまま、姫の許を去り・・一生独りでいることを何度考えたか。


これが最後と、姫の姿を見に行き「・・ポチ、いないの?」と小さい声で呼ばれます。

その悲しげな声に、答えずにいられません。


「これは、姫。私を呼んでくださるとは、光栄ですな。」なんて。


姫から見たら、いつもこの時間に餌を求めてやってくる、大きな犬。

ただ話すことが出来るので・・姫は、狼を必要としていたのでしょうか。

いいえ、違います。

実は、この時には姫は知っていました。

狼の呪いについて。


でも、まだ時が来ていませんでした。



 満月に近い月の夜。

月明かりの明るい庭に、いつものように呼びます。


「いらっしゃい。・・見つからないように、上がっていきなさいな?」


姫は、うすうす気付いていたのです。

狼が、密かに自分の許を去ろうとしていることを。引き止める権利はありません。

座敷の戸の隙間からスルリと入り、美しい瞳で「姫、食事は・・きちんと取られたほうがよろしいですよ?」と、身を案じます。


くすくす・・。

最近笑っていない姫の、幸せな時間でした。


「ポチ、今日は泊まっていく?それとも、いつものように・・私が寝てしまうといないの?」


「姫、私も・・獣とはいえオス。そう言う訳にも・・」


気持ちは、・・同じ。

いつ本当のことを言ってくれるのか・・。いつ、本当のことを言おうか・・。


そんな、日々が過ぎ・・ついに時が来ました。

婚儀の日が決まったのです。


「ポチ。お願いがあるの・・。

私を連れて、一緒に逃げて欲しい。」


姫は、覚悟を決めておりました。


「姫、今日は・・生憎の天気。

それに、逃げてどうするのです?その後の生活は・・。」


今日は、満月。生憎、今は曇って月が見えません。

でも、満月の日は・・呪いを解ける条件の一つでした。


「ポチ・・。いえ、本当は・・名があるのでしょう?

調べて知ったのよ。話すことが出来る狼なんて・・。あなたのことを、もっと知りたくて・・。

あなた、人に・・なれるのでしょう?」


ポチは、黙ります。


「私は、気持ちに気付いた。

あなたを愛しているの。お願い・・私を、選んで・・。」


姫の愛に、狼の心が決まります。


「姫、覚悟は在りますか?」


「はい。」


姫は、狼・・獣の口に唇を近づけます。

触れたと同時・・。

戸の隙間から、月の光が差し込みます。

その光の中、狼の体が変化していくのです。美しい容姿の・・男性。


「姫、名を呼んで下さい。定行さだゆきと・・」


二人の心が通い、求め合い・・体を重ね・・。



 明け方。


「姫、体が辛いのでは・・?」


「いいえ。

今、出ないといけません。追っ手がすぐに追いつくでしょう。」


姫は、逃げる準備を定行の前に出します。

そうです。この時を、ずっと準備していたのです。

身軽な服装・・男者の着物まであります。


「姫・・。一体、いつから・・。」


胸の熱くなるのを感じながら、少ししか開かない戸を勢いよく破り・・逃走。

姫の言う通り。追っ手は、手間取っています。

物事が順調に見えたのも、つかの間でした。


 ある竹林でのこと。


「姫、ここにいてください。すぐ戻りますから。

その後は、ずっと・・一緒・・です。」


・・イヤ・・ダ。ヒトリニ・・シナイデ・・。


一緒・・って、言ったのに。

置いて、行かないで。あなたを、愛しているの・・。


定行は、姫の許に戻りませんでした。

定行は、姫と離れたすぐ後・・捕らえられ・・無残な処刑に処されたのです。

姫は、恐らく知ったのでしょう。

姫は、連れ戻され・・病に倒れ・・16で亡くなりました。

屋敷に、美しい女の赤子を残して・・。



 呪いは言いました。

この呪いが加わる代わりに、以前の呪いが軽減される。

大上家よ、呪いは解かれるだろう。いつか、必ず・・。

それまで刻もう・・。




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