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少年は開き直る。

 

 そのまままっすぐ自宅に帰った。かばんを置いてきてしまったが、どうでもよかった。頭が混乱して、ぐちゃぐちゃになってしまいそうだった。


 母さんは、近所のレンタルビデオ店にパートに出ており、自宅には誰もいなかった。幸いなことだった。


 ベッドにもぐりこみ、顔まで布団をかぶりながら、今朝のできごとを反芻した。僕は男としてもっとも恥ずかしい仕打ちを受けた。プライドなんてとっくに失われたはずなのに、そのことが僕の心をさいなんだ。


「……もう死にたい」


 その言葉が引き金となり、僕は突然に二週間前の馬鹿げたできごとを思い出したのだ。喪服の男。ヨオゼル。地球破壊爆弾。ドクロマーク。


 しかし、すぐさま(かぶり)をふり、馬鹿げた思案を頭から追い出そうとした。あるはずない。そんな都合のいいものあるはずがない。


 一時間後、僕はふらふらと立ち上がり、勉強机の上のパソコンに向き合っていた。検索ボックスに「自殺」と打ち込む。ヒットした項目を適当にクリックすると、日本人の年間自殺者数のデータが表示された。


 漠然と想像していたのより、はるかに多かった。死の恐怖より、生きる苦しみが勝ってしまった人が、この国にこんなにもたくさんいることが衝撃的だったが、どこかで安心しまったじぶんがいた。


 大丈夫。全然、特別なことなんかじゃない。


 こう思うにいたって、じぶんの日本人気質の強さに皮肉な笑みを浮かべるしかなかった。死ぬにあたっても、誰かと同じがいいのか。


 さらに情報の海と向き合っていると、僕はひとつのホームページを見つけた。


「楽しい自殺大全」


 趣味がわるいとかいうレベルではない露悪趣味に溢れていたが、僕は引き寄せられるようにページを開いていた。赤字に真っ黒な背景なページは、素人(自殺に玄人などいるわけもないが)にもお手軽に実行できる自死の方法を

いくつか紹介していた。


 睡眠薬。首つり。リストカット。飛び込み。


 ホームページには誰にでも思いつく自殺の方法を、その苦しさや準備の手軽さなどの項目にわけて採点しているページがあった。もちろん、自殺成功率もそれぞれ紹介していた。そのあまりの生々しさに吐き気がこみ上げてき

た。だが、いまからじぶんが実行しようとしていることは、まさにこういうことなのだと思いだし、気を取り直そうといちど深呼吸をした。


 さらにそのホームページは、社会の自殺に関するニュースをまとめるページも存在した。いやな予感がしたが、おそるおそる開いてみた。後悔することはわかっていたが、どうしても手が止まらなかった。


 いやな予感は的中した。一か月ほど前のニュースだ。「埼玉県の中学生、いじめを苦に自殺」という見出しを目にしたとき、じぶんのこれからしようとしていることがどれほどありきたりなことかと、途端にバカバカしい気持ちになった。


 わかってはいた。くだんのニュースも、僕は朝のテレビニュースかなにかで見た記憶がある。そのときから、僕もいまと同じようなことを考えていたので、他人事だとは思えず、食い入るように画面に見入ったことを覚えている。


 母さんはその姿を不審そうに見つめていたが、特に声をかけてくることはなかった。


 もし僕が死んだら、母さんは涙で目を腫らしながら「そういえば……」とあのときのことに思いを巡らすのだろうか。そして、息子の気持ちに気づいてやれなかったじぶんを責めるのだろうか。


 そうなると、少し気の毒だ。




 おかしなはなしだが、自殺に関するインターネットの有象無象を気もそぞろに眺めるうちに、少し冷静さを取り戻すことができた。自殺という個人にとっては重大なイベントを記号的に処理した所産を洪水のように浴びるにつれて、次第に気持ちが覚めていったのだろう。だからといって、明日からもこれまで通り学校に行って、これまでの通りにいじめられるのはごめんだ。それだけはいやだった。


 そして僕は三度(みたび)、思い出した。机の奥に眠る爆弾のことを。


 引き出しをあけて、地球破壊爆弾を取り出す。まじまじと見つめる。やはりこんなちっぽけなおもちゃに世界を破壊するような火力が秘められているとはとうてい信じられなかった。


 だけど、不思議と僕の気持ちは落ち着いていた。


 安心感。ヨオゼルの言葉を字義通り信じるなら、そんな気持ちは正反対の代物のはずだが、なぜか僕はこいつに恐ろしさを感じなかった。


 なにかあれば、ぜんぶなしにできる。もしかすると、僕は地球破壊爆弾をテレビゲームのリセットボタンのように考えていたのかもしれない。いちどゼロにしてしまえばいい。まっさらな更地にしてやり直せばいい。少なくとも、このときの僕には、その爆弾はある意味で救世主のように思えたことはたしかだ。

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