少年はプライドを奪われる。
しばらくのあいだ、僕は地球破壊爆弾のことをすっかり忘れていた。
世界への呪詛は相変わらず、頭の中で渦巻いていたが、それが沸騰しなかったからだろうか。爆弾は引き出しの奥で眠っていた。
だけど、あの日、僕にとって爆弾が最後の希望のように思えた。有り体に言えば、すがるしかなかったのである。
いつも通り、ヨオゼルから爆弾をもらった二週間後のあの日も、僕はいじめられていた。
大塚英一と宇野龍二。こいつらが僕をいじめる主犯だった。と同時に僕たち三年生の中のやんちゃなグループの一員だった。その日も、あいつらは登校してきた僕のそばに寄ってきて
「おはよー。高見ちゃん。なんで来たの?」
「どうせ、いじめられるだけなのにバカだねー」
とすぐに罵倒を浴びせてきた。
僕は言葉を返さず、カバンの中の教科書を机にしまおうとした。しかし、無視に怒った大塚が僕の机を蹴飛ばす。
「おい、聞いてんのかよ!」
宇野は右手で僕の頭をつかみ、うつむく僕の顔を無理やりあげる。
「無視はよくないね、無視は」
教室内のほかの生徒たちも、その様子を遠巻きにして眺めているが、相変わらずなんの行動も起こそうとしない。
巻き込まれるのはごめんだ。僕が同じ立場でもバカみたいにボーっと眺めるだけだったろう。その点、クラスメートを責める気にはなれない。助けてくれるはずはない。まあ、そんなことははなから期待していないが。
そこで僕は思わず、藤崎さんの姿を探した。安堵した。彼女は教室にはいなかった。ならば、なにも恥ずかしいことなどない。
「お前も、偉くなったなー。俺たちを無視するなんて」
大塚は下卑た笑みを浮かべながら、宇野に目配せする。宇野はそれに応じて、首をさかんに縦に振る。
「そんな高見ちゃんにはきっついお灸をすえてやらねばならんなー。なあ、龍二?」
「ああ、そうだな。英一。罰がいるね」
鼓動が高鳴ったことに気づいた。僕の本能がいやな予感をかぎ付けていたのだろう。だげ、どうすることもできない。どうかする気も起きない。
「高見、下脱げ」
うってかわって平坦な声。それに伴って大塚の目から感情が消えた。
「はっ?」
精一杯の虚勢を張っても、これが限界だった。
「脱げって」
大塚の声にピリピリとした緊張が灯る。宇野はそのようすを面白そうに眺めるだけで、特になにも言わない。打ち合わせは済んでいるということか。
「下脱げって言ってんだろ!」
そう叫ぶと同時に、宇野が僕の背後に音もなく回り込み、両腕をしっかりと抑え込む。大塚は僕の制服のズボンのベルトをつかむと、強引にそれを奪い取ろうとする。抵抗しようにも、両腕ががっちりと固定されており、身動きが取れない。
「おい、やめろよ、おい!」
「はーい、騒がない、騒がない。うるさくすると、みんな見ちゃうよ」
宇野がまるで子どもをなだめる看護師のような声を出す。
「一気に行くぞ。よっと」
大塚が僕のズボンのチャックを外すと、下着の一緒にずり下げようとする。僕は必死で身体をよじって抵抗しようとするが、多勢に無勢、どうしようもなかった。
「あっ」
下半身が急に涼しくなり、僕はスローモーションがかかったようにゆっくりと視線を下に向ける。教室の風景にはそぐわないグロテスクなものが見えた気がするが、僕にはそれがなんなのか瞬時に理解することができなかった。
「あっ、あっ」
状況が把握できない。言葉にできない。ただわかることは、僕の醜態を見て男子は笑い、女子は顔を背けていたということだけだ。
そして、そこでようやく認識できたのは、僕の陰茎が露わになっていたということだけだった。
そいつは、大して寒い日でもないのに、弱々しく縮こまり、まるで僕の弱さを体現しているようだ。一瞬、陰茎を切り落としてやりたいくらいの不快感に襲われた。
しかし、すぐにそれは止み、僕の中には燃えるような羞恥心が萌芽した。
顔が火照り、冷や汗が流れる。一瞬、体温の調節機能がパンクしたかと思った。
大塚と宇野は、いつの間にか僕から距離を取り、僕の姿を見てほかの男子と一緒に笑っていた。むしろ、ほかの男子のようにまったく遠慮することなく、腹を抱えて笑い声をあげているぶん、はるかにタチがわるかった。
だが、そんなことはもう気にならなかった。気にする余裕がなかったといったほうが、より僕の心境を正しく伝えている。
「うわあああああああああ」
半狂乱になった僕は、ずり落ちるズボンを右手で引っ張り上げながら教室を出て行った。正直、じぶんの中にこんなにも激しい情動が残っていることが意外だった。
藤崎さんの姿は見えなかった。動転の絶頂にいながらも、そんなことだけ気にかけるじぶんがますますいやになった。




